7話 一点
翔と別れた後、那月はすぐに走り出した。
ゴーレムを求めて戦闘音のする方へ。
走り出して十五分。一体のゴーレムが那月の目に入る。
ゴツゴツとした体を二本の足で支える姿はまるで人のようである。
「ーー見つけたッ!」
那月は人型ゴーレム目掛けて足を速める。
しかし、那月がゴーレムの間合いに入ろうとした瞬間、ゴーレムの体が火を吹いて崩れる。
「しゃあっ!討伐!!」
ゴーレムを倒した少年が勝利の声を上げ、次の獲物を探して駆けていく。
那月はそれを耳にし、しばらくゴーレムの居た場所を見つめていたが、首を横に振り、走り出す。
「くそッ!次ッ!」
暫く走ると、前方に新たなゴーレム。
四足歩行で、突進の構えをとるその姿はまるでイノシシだ。
イノシシゴーレムは那月を視界に入れると、頭を振り、地面を片足で数回削る。
数秒、那月とにらめっこをしていたイノシシは地面を削っていた足で強く地面を蹴る。
前脚、後脚、前、後ろ、と地面を蹴り、徐々に加速するイノシシゴーレム。
「ブルゴッ!」
しかし、マックススピードに達せようかという瞬間、イノシシゴーレムの前右脚が砕け散る。
「囮役。ありがとねぇ」
「誰だ……!」
妙に高い声のした方を見ると、人差し指と親指だけを立てた右手をイノシシゴーレムに向けた体勢で立つ少年がいた。
少年は那月を一瞥すると、ピストルの様な形の右手の人差し指に意識を集中させる。
次の瞬間、少年の人差し指が紫の光を発し、それがゴーレムに向けて射出される。
打ち出された紫の光はイノシシゴーレムの腹の中心に当たり、貫通。
見事ゴーレムの核を貫いたようで、イノシシゴーレムはひと鳴きすると、ガラガラと音を立てながら崩れていく。
「ーー次ッ!」
それからも那月はゴーレムを探し、ひたすらに懸命に走り続けた。
「次!」
「次!」
「次!次!!」
「次ぃぃぃぃ!!!!」
しかし、どのゴーレムも見つけた瞬間に他の受験生の手によって物言わぬ石塊へと変えられる。
ボーン、ボーン、ボーン、ボーン
教会の鐘のような太く低い音が、残り時間が十分を切ったことを伝える。
「くそッ!せめて一体、せめて一点でも……!俺にもゴーレムが、魔物が倒せることを証明しないと……!!」
那月が、鐘の音を聞いて更に焦り出す。
その時だったーー
「きゃぁぁぁ!!」
女性の高い悲鳴。
それが那月の耳に入ったと同時、那月の頭の上を何か黒い物体が高速で飛んでいく。
黒い物体は大きな音を立てて電柱に突撃し、その動きを止める。
那月が驚き、振り返ると、そこには折れた電柱の前に横たわる、血濡れの少年の姿があった。
その光景を見ていた他の受験生はしばらく唖然としていたが、沢山の悲鳴を聞き、正気に戻る。
「助けてくれ!!」「いや、いやぁぁぁ」「化け物だァァ!!」「誰か、誰か、誰か助けて!!」「みんな、逃げろォォォ!!」「聞いてねぇ、聞いてねぇよ!!」
前方から顔を青くして駆けてくる少年少女。
その姿はまるで何かから逃げるようであった。
「ーーどうしたんだよ!?」
那月が逃げ惑う少年を捕まえて問いかける。
「ーーッ!……知らないゴーレムが暴れてるんだよ!命が惜しけりゃ、あんたも逃げた方がいい!」
それだけ言うと、少年は那月の手を振り払い、全速で逃げていく。
「……知らないゴーレム……?」
那月は怪訝そうな声を出して、受験生達が逃げてくる方を見る。
すると、遠くの方にゆっくりと歩いて来る物影があった。
「まさか、あれか……?」
砂煙でよく見えないが、身体が茶色いような気がする。
しかし、明らかに他のゴーレムと違う。
「ウガララララララララララァァァァ!!!」
空気が軋むような咆哮。
それによって砂煙が消し飛ぶ。
咆哮の勢いに押され、つい目を閉じていた那月が瞼を上げると、そこには咆哮を上げた張本人と思しき者がいた。
砂や岩で出来ているのだろう茶色い体からゴーレムだということは推測出来る。
しかし、その姿はあまりにも人に似すぎていた。
殆どが砂で出来ているのか、流線的なフォルムに、全体を二本の足で支えた見事な二足歩行。
右足、左足、それに連動して左腕、右腕と振る様は人間以外の何に例えられようか。
「あれが、ゴーレム……!?一、点……!!」
那月は衝動に駆られて走り出そうとする足に、思い切りブレーキを踏む。
「……え?」
それは、那月の意思では無く、本能。
本能が告げているのだ。
━━こいつと殺り合えば……死ぬ!!
しかし、那月の意思も強固なものだ。
━━死んででも、こいつだけは……一点だけでも……!!
意思と本能の譲らぬ意見が対立し、那月は足を動かせない。
「どうすれば、どうすれば……」
「………………助けて…………」
「ーーッ!」
那月の中で意思と本能の殴り合いが始まろうとしたその時、那月の体が動いた。
━━助ける……!!
それは、意思でも本能でも無い『記憶』。
自分を庇って、虐められた少年から聞いた最後の言葉が那月の体を動かした。
━━……助けて、那月くん……
あの時伸ばせなかった手を今この瞬間に伸ばすために。
那月はゴーレムと少女の間に入り、ゴーレムを睨む。
「よお、ゴーレム……俺の未来の足掛かりになってくれよ」
「ウガラ?」
「き、君は……?」
ゴーレムと少女の疑問の声を聞いて、那月は少女を一瞥する。
「あんた、動けるか?」
「う、うん……」
「そうか。だったら逃げてくれ」
「……うん。分かった」
少女が後方へ走っていくのを確認すると、那月はゴーレムと対峙する。
「ウガルラ?」
「おう、待っててくれてサンキュな」
待てやったぞと言わんばかりのゴーレムに返事を返す。
「さて、それじゃあ始めましーー」
「ーーウガラ!!」
腕が消えた。
そう那月が錯覚した直後、腹部に強烈な重量感。次の瞬間には足が地から離れ、吹き飛びーー
「ーーぐはッ!」
瓦礫の山に激突した。
轟音が聞こえ、少女は思わず振り返る。
砂煙が立ち込める大通り。
そこには自分と、ゴーレム、それからツンツン頭の男の子以外の影がない。
いやーーそのツンツン頭の男の子の影も今となっては見つけることが出来ない。
「ーーッ!」
少女が那月を探して、辺りを見回していると、背中に寒気が走る。
直感に従い、少女は後ろに飛び逃げる。
ドゴォォン!!と、つい先程まで少女が居た地面が粉砕される。
何事かと少女が顔を上げると、そこには茶色の流線ボディを持った人型ゴーレムが存在する。
「え……?」
━━まさか、この一瞬でここまで来たの……!
「ウガガガ……!」
のっぺらぼうのように何も無い顔が少女の顔を覗く。
そして、微かに笑う。
少女はそれを目にした時、足から力が抜けて、その場に尻もちをついてしまう。
━━死ぬ……死ぬ……?
「ウガガルガガゴ!!」
ゴーレムが拳を振り上げ、重力のおまけ付きでそれを少女に向けて振り下ろす。
「ーーッ!」
なんとか動いた腕を体の前にクロスして、防御の体勢をとる。
しかし、それだけで止まるほどゴーレムの拳も軽くない。
少女は腕から乾いた音を聞いて、体が地面から浮いて、後ろへ飛ばされる。
「きゃぁぁぁ!!」
そのまま、電柱にぶつかり、それでも勢いは止まらず、瓦礫の山にーー
「……え?」
そう思われたが、いつまで経ってもその瞬間は訪れず、それどころか浮遊感もない。
数瞬遅れて、少女は誰かに助けられたという事実を理解する。
「あ、え、あの、ありがとうーーッ!」
少女がお礼を言おうと顔を上げる。
しかし、その顔が青く染まる。
「一点、一点、一点、一点、一点、一点、一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点一点…………………………」
そこには、呪文のように同じ言葉を重ね、頭から血を流し、目を赤く染めて、頭を角のように尖らせた少年が居た。
そして、後にこの状況を見たものは口を揃えてこう言った。
『鬼が出た』と。
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