68話 彷徨う少女
草の匂いが鼻をつく。
もう何時間歩いただろうか。
流石にそろそろ足の限界だ。
「はぁ、はぁ、はぁ…………」
息を切らした少女が森を一人、彷徨っていた。
向かう先は未定。
それでも少女はーー碧海は歩き続ける。
そう、母親のために。
「あ………………!」
だが、それもここで終わりだ。
碧海が足を引っ掛けて、その場にコケる。
「ーーいッ〜〜」
その拍子に足を挫いてしまったのだ。
動きやすいように着てきた黒地に白いラインの入ったジャージの裾を捲ると、見事に足首が青くなっている。
指で軽く突くだけでも全身に痛みが走る。
立つことは出来てもこれでは歩けない。
どうしようかと視線を巡らせると、幸いにもここには木が沢山ある。
それに手をつけば歩けないことは無いだろう。
「うーん…………」
だが、碧海は悩むように唸る。
それもその筈、ここはダンジョンでモンスターの生息地。
いつモンスターに会ってもおかしくは無い。
もし今、出歩いて、モンスターにでも見つかったら一巻の終わりだ。
二度と日の目を見ることは無いだろう。
それに比べ、現在碧海が居るのは大きな木の下。
草の丈も高く、地面が窪んでいるので、万が一モンスターがやって来ても、小さな碧海ぐらいなら隠れてやり過ごすことが可能だ。
「………………………………」
思考の時間が続く。
遠くで狼の咆哮が聞こえるが、近くからは音がしない。
「うん。ここまでモンスターに合わなかったし、大丈夫だよね…………」
碧海は頷くと、太い木の幹に手をついて、立ち上がる。
片足を軽く浮かせて、もう片足でけんけんと進んでいく。
速度はそれほど出ないが、歩いていればいずれ見つかるだろう。
幻の『ファフネルの花』が。
ーーーーーカサカサ。
「ーー!?!?」
その時、草の揺れる音が碧海の耳朶を打つ。
碧海のものじゃない別の何かが近くの草を揺らしたのだ。
「だ、誰……?」
迂闊にも碧海は声を出してしまった。
だがそれは、完全なる愚策。
碧海の声に反応して、草の擦れる音が大きくなって近づいてくる。
碧海が固唾を飲んで見守る中、草の間から姿を表したのは、緑色の狼だった。
「キ、キャァァァァ!!!」
碧海が甲高い悲鳴を上げた。
そして、即座に狼に背を向けると、その場から逃げようとする。
しかし、足を踏み込んだ瞬間、そこから痛みが走り、全身を硬直させた後、膝を折って倒れさせる。
「ーーッ」
碧海は酷く腫れ上がった己の足首を見て、怪我を忘れていたことに気が付いた。
「……ゥワォゥルルル……」
碧海が苦悶の表情を浮かべ、足を押さえていると、自分を見ろと言わんばかりに緑色の狼が低く唸る。
それに対し、碧海はひっ、と小さく呻くと、地面を手でこいで、後ずさる。
一メートル下がるのに十秒ずつかけながら、一歩、一歩と後ずさる。
狼も獲物を見定めるように鋭い眼光を飛ばしながら、ゆっくりと距離を詰めてくる。
「…………あ、」
何メートルか後ずさった後、碧海は何かに背中を打ち付けた。
一瞬、誰か人間が助けに来たのかと、期待を胸に抱いたが、振り返った先にあったのは絶望だった。
緑色の狼が三匹、悠然と立っていたのだ。
更にそのうちの一匹は他の狼よりもガタイが良く、恐らく上位の個体と思われる。
碧海は前と後ろに死が迫っているのを見て、思考が停止した。
手がぶらりと、力なく地面に落ち、足の力が一気に抜ける。
━━あぁ、ここまでか。
そんな考えが脳内を満たしていく。
しかし、本能はまだ諦めていなかった。
口が自然と開かれる。
頭では絶対に無いとは分かっているが、叫ばずにはいられなかった。
喉の奥から込み上げ、口を満たして、唇をこじ開けて、声が空気を揺らした。
「助けてぇぇぇ!!!!!!!!!!!!」
ーーえぇぇぇ
ーーーーぇぇ
ーーーーーーぇ
ーーーーーーーー…………
━━やっぱり……
「《氷凍》」
瞬間、碧海の目の前に迫っていた狼が氷の棺に包まれる。
続いて、その横にいた普通個体の狼二匹が、氷の矢に頭を貫かれ、絶命。
最後に上位個体の狼が銀色に光った鋭利な物で首を切断された。
まさに一瞬の出来事に碧海の思考が追いつかない中、瓶覗色の髪の少女は手に持つ赤い氷を投げ捨てると、碧海に向かって手を伸ばしてくる。
「助けに、きた…………」
「…………氷華、お姉ちゃん……!!!」
碧海は氷華の存在と、自分が生きていると言う事実とを噛み締めると、大粒の涙を流して、さし伸ばされた手を握った。
その手はとても冷たかったが、優しい温もりも感じた。
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