66話 失踪
「変態…………」
氷華は伸びる那月を見下ろしながら、冷ややかな視線と共にトドメの言葉を吐き捨てると、ピシャリと格子戸を閉める。
その後、浴衣に身を包むと浴場へと続く扉を眺める。
その先にはクラスメイトが三人ほど入っているが、気になるのはそこじゃない。
碧海の事だ。
この旅館に来てから三日目の昼、偶然湯舟を共にした時から氷華がお風呂に誘うと、決まって碧海は一緒にお風呂に入ってくれた。
当然今日も誘ったのだが、碧海はとても申し訳なさそうな顔をして、「ごめんなさい。今日は、用事が……」と言って断わられてしまった。
別に不思議な事は無い。
女将さんが倒れた事は氷華の耳にも届いていたし、その間の仕事を碧海がしているのも当然知っている。
だから仕事が忙しくてお風呂に入る暇がないのかもしれない。
だが、それでも氷華の胸の奥がざわついて仕方がないのだ。
『女の勘』そんなものを信じる氷華では無いが、今度ばかりはそうはいかなかった。
胸騒ぎがだんだんと大きくなっていく。
不安がみるみると膨らんでいく。
その時だったーー
「智也くん」
女将さんの声だ。
どうやら格子戸の前の廊下で音淵先生と話しているようだ。
声が震えていたのが気になったが、氷華は聞いちゃいけないと思い、格子戸から離れようとした。
しかし、続く女将の言葉に足が止まった。
「智也くん。碧海を知らないかしら。あの子ったら夕食の後から姿が見えなくて……」
碧海がいない。
その言葉に氷華は自分の胸の内のざわめきが一層うるさくなるのを感じた。
しかし、早とちりは良くない。早とちりをして、万が一違った場合、それはただの迷惑にしかならない。
そう頭に言い聞かせ、女将さんと音淵先生の会話に聞き耳を立てる。
「碧海ちゃんが……?」
「えぇ。いつもなら氷華ちゃんとお風呂に入っているはずなのだけれど……」
突然出てきた自分の名前に氷華の心臓が跳ね上がる。
一瞬聞き耳がバレたのかと焦ったが、そんなことは無いと直ぐに気づく。
しかし、バレていたとは……碧海もまだまだ甘いところがある。
「家中のどこにも居ないんですか?」
「居ないのよ。……もしかしたらあの子……ダンジョンに行っちゃったり……」
「はは、そんな訳ありませんよ。碧海ちゃんももう五歳。危ない事とそうでない事の判別はできるでしょうしね」
「そう、ですよね……」
二人がその考えを否定して笑う声が格子戸越しに氷華の耳朶を打つ。
しかし、氷華の脳にその内容は届かない。
氷華の脳を埋め尽くすのは、思い返される林間学校初日の碧海との初めての会話である。
━━お母さん、実は病気なんだ
━━治る見込みは無いって……
━━でも!治る方法はあるの!!
━━ダンジョンに生える……特別なお花……
その言葉が脳内で無限にリピートされる。
顔が青ざめていくのが目の前の鏡に映る。
額から頬を伝い顎先に汗が流れる。
息が詰まる。
酸素が足りないせいか、思考が上手く回らない。
そのせいだろうか、嫌な考えが脳裏に過ぎる。
「碧海……ちゃん……!!」
その瞬間、氷華は脱衣所を飛び出していた。
向かう先はもちろんダンジョン。
行ったことは無いが、感覚が研ぎ澄まされているせいか、氷華は迷うことなく、ダンジョンにたどり着くのだった。
氷華が飛び出して、一時間後。
お風呂から上がった百花は女子の部屋があるフロアを回って首を傾げていた。
氷華がいないのである。
「あ、音淵先生!」
「ん?どうした、百花」
すると、そこへ見回りに来ていた音淵先生と遭遇する。
そして、百花は氷華が居ないことを伝えた。
「そうか……碧海ちゃんといい、氷華まで……」
「え、碧海ちゃんも居ないんですか?」
「あ、あぁ。夕食の後から居ないそうだ」
百花に尋ねられた音淵先生は詳しい事を全て話した。
「それ、脱衣所に近い所で話してたんですよね?」
「ん?あぁ。そういえばそうだな」
「…………!!」
百花の顔が神妙になる。
「ど、どうした?」
「もしかして、氷華ちゃん……碧海ちゃんを追ってダンジョンに……」
「なに!?どういうことだ!」
「…………水海さんが病気という事を私は碧海ちゃんから知りました」
突然語り始めた百花に音淵先生は怪訝そうな目を向ける。
「同時に治る見込みがないことも」
「……………………」
「でも、話はそれで終わりじゃなかったんです」
「……それはどういう……?」
「ダンジョンに生えるという特別な植物。それが唯一、水海さんの病気を治せるんです」
その発言に音淵先生が固まった。
しかし、直ぐに正気に戻ると、今度は顔を青くするのだった。
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