62話 百花の特訓?
同じく林間学校四日目。
昼の頃。
百花は本日も忙しなく動いていた。
「ふぅ、ここは終わったから……次はあっちかな」
百花は綺麗に磨かれた木製の廊下を見下ろし、満足気に頷くと、次に目星を付けた所へ雑巾のかかったバケツを持って駆けて行く。
すると、そこへ声がかかる。
「あ、百花ちゃん」
「水海さん!?」
「お疲れ様。……おぉ、綺麗な廊下。ありがとね」
百花が振り返ると、そこには女将の水海がいた。
水海は百花に労いの言葉を述べると、足元を見て感嘆の声を上げた。
「でも、ごめんなさいね。本当はあなたにも訓練があったでしょうに。智也くんったら……」
水海は音淵先生がいるであろう砂地に困ったような視線を向ける。
それを見た百花はそれを否定する。
「いえいえ、私は気にしてませんよ。それにこれも何かの修行みたいで楽しいです」
百花がそう言うと、水海は驚いた顔をすると、次いでニマニマとした笑みを浮べる。
「なるほど。確かに『花嫁修行』みたいで女の子にとっては楽しいかもしれないね」
「………………!?〜〜〜〜ッ!!!!」
百花は一瞬意味を理解出来なかったが、直ぐに分かると、顔真っ赤にし、肩を震わせる。
その様子に水海は何か言いたげだったが、昼が近いこともあって、それ以上の追求は無かった。
「気になる人がいるようだけど、まぁ、それはまた今度ね。さて、お昼ご飯を食べましょう。午後もがんばーー!」
水海が移動しようと百花の前に出た瞬間、それは起こった。
「グッ!ア゛ァ゛……っ!!ぁあ!!!」
「水海さんッ!?!?!?」
水海が突如、胸を押さえて苦しみ出して、その場に膝から崩れ落ちたのだ。
百花が急いで駆け寄り声をかけるが、聞こえていないのか、焦点の合わない目でどこか別の所を見て、必死に手を伸ばす。
「ぅ゛あ゛……う、……み…………」
「水海さん!みずうみさぁん!!!」
水海はか細く碧海の名を呼ぶと、そこで力尽き、その場で気を失ってしまった。
百花は気を失った水海を彼女の自室に運ぶと、布団を敷いてそこに寝かせた。
今の水海は顔を青くし、汗を大量にかき、辛そうに呼吸を繰り返している。
それを見た百花が水海に手を翳す。
「《天女》」
百花の手のひらに緑色の光が集まり、そして水海の体を覆い尽くす。
光が安定すると、荒れた呼吸が静まり、顔色がすっと良くなった。
百花が安堵の息を漏らすと、襖がノックされる音が鳴る。
「失礼します」
「先生!?」
入ってきたのは、音淵先生だった。
音淵先生は水海を見て、次いで視線を百花に移す。
「冬雪さん……。……九九、すまなかった」
「え?」
音淵先生に唐突に頭を下げられ、百花は困惑の声を上げる。
音淵先生は座布団を持ってきて、水海の横に座る。
「冬雪さんとは、昔同じギルドに入っていた事がある。ダンジョンにだって一緒に潜ったし、命の恩も互いに幾つかある」
「……はぁ」
突然始められた昔話に百花は微妙な顔で相槌を打つ。
「だが、その頃から体が悪くてな。医者に見せたところで病状の悪化は防げても、完治は不可能と言われた。スキルによる回復も同じくな」
「…………」
いまいち意図が汲み取れない百花は首を傾げている。
「それでも、少しでも苦しみを和らげられるならと、お前に訓練を与えず、冬雪さんの近くに置いてしまった。なんの説明もせずに申し訳ない。そして、ありがとう」
「あ……」
再び頭を下げられ、百花はついに理解した。
音淵先生は、ただ心配していただけだったのだと。
表情をあまり見せない音淵先生だが、知人が苦しむのを黙って見てるほどの鬼でも無い。
だから、回復スキルを持つ百花を旅館に置いていたのだと。
百花がその考えに至り、口を開いて何か言おうとするが、言葉は出てこない。
百花が口をぱくぱくさせていると、布団がモゾモゾと動き出す。
「……ん、んぅ……」
「水海さん……!」
視線をそちらに向けると、水海が小さく呻き、瞼を上げたところだった。
百花が顔を近づけると、水海は視線を動かし、百花を見ると、頬を綻ばせる。
そして、重たい動きで体を起こす。
「……あら?智也くんも来ていたのね」
音淵先生の姿を視認すると、驚いたような顔をする。
それに対し音淵先生は無言で会釈を返す。
「生徒さんはいいの?訓練をつけてるんじゃ?」
「あいつらには別の訓練を与えましたから、今は暇なんですよ。……それと、まだ本調子じゃあ無いでしょう?あまり喋らない方が良いですよ」
音淵先生の言葉に水海は可愛らしく頬を膨らませる。
暫くそうしていたが、音淵先生の顔に何の変化も見られないとわかると、百花に視線を向け、感謝を述べる。
「……百花ちゃん、ありがとね。お陰様で楽になったわ」
百花ははにかみ、恥ずかしそうに頬をかくが、目元にそっと影が落ちる。
「ーーお母さん!?」
その時、襖が勢い良く開かれる。
息を切らして入ってきたのは、不安気な表情を浮かべた少女。
「碧海……!」
「お母さん!お母さん、大丈夫!?やだよ、死んじゃヤダよ!!」
碧海は母の姿を見るなり、目から大量の涙を流して水海に抱きついた。
「大丈夫、大丈夫よ。お母さんは大丈夫」
何度も言い聞かせるように、水海は碧海の背中を擦りながら言う。
碧海は真っ赤に腫らした目で水海の顔を見上げる。
それに対して水海は安心させるように笑うと、顔を百花に向ける。
「百花ちゃんのおかげですっかり元気よ」
「百花お姉ちゃんのおかげ……」
その視線を追うように碧海が百花の顔を見る。
そして、感謝の言葉を述べた。
「お姉ちゃん。ありがとう。ほんとにありがとう……」
土下座のような形で「ありがとう」を言う碧海に百花は慌ててしまう。
「碧海ちゃん!?わかったから、頭を上げて!私は私に出来ることをしただけで、そんな頭を下げられるような事は、ほんと、何も……」
言葉が尻窄みに消えていく。
百花は自分の行いが頭を何回も下げられる程重大な事とは思えなかったのだ。
なんせ、百花が行ったのは病気の治療じゃなく、病状の先延ばし。
いつかは同じ、いやそれ以上の苦しみに苛まれる。
そう考えた時、自分が頭を下げられる資格があるのだろうか。
そんな思いが胸中を彷徨う。
百花が何か暗い顔をしていると、水海が碧海に声をかける。
「碧海。お母さんはこの通り大丈夫だから、あなたは仕事に戻りなさい」
「でも……」
碧海は心配そうな目を向ける。
だが、水海はそれを無視して話を進める。
「碧海には迷惑かけるけど、お母さんの分の仕事も頼めるかな?」
「ううん。迷惑じゃないよ!……わかった。私、お母さんの分も頑張るから、ゆっくり休んでね」
水海のお願いを受け、碧海は熟考し、そして了承する。
水海の顔に疲れの色が見え始めたからだ。
水海は頷くと、次に百花の方を向く。
「百花ちゃんも頼めるかしら?この子一人だと少しだけ不安なので」
「……そんな心配しなくても、大丈夫だし」
水海の言葉に碧海が頬を膨らませ、不満を垂れる。
その微笑ましい光景に、百花は考えていた事を脳の奥まで追いやって、水海の頼みを受ける。
「はい。喜んで」
「ふふ、ありがと」
水海は感謝を述べると、そのまま眠りについてしまった。
碧海はその寝顔を暫く眺めると、覚悟を決めた目で立ち上がった。
「じゃあ、百花お姉ちゃん行こっ!」
「う、うん」
百花が立ち上がる前に、碧海は駆け出して行ってしまった。
百花も直ぐに追いかけようと立ち上がるが、走り出しはしなかった。
襖に手をかけ、少し止まる。
「先生、この林間学校が終わったら……お話いいですか?」
「あぁ」
音淵先生が簡素な返事を返すと、百花は満足いったのか、襖をそっと閉じ、仕事へと向かった。
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