6話 金髪の少年と黒髪の少年
門を潜ると、そこには一つの街があった。
道路があり、標識があり、家があり、ビルがある。
少し家を出れば毎日目にするそれは、今那月の目の前にあった。
試験場として使用されるこの街は、まるで本物。
そう、本物の実物大の等身大の、精巧精密精妙精緻な模型。
道路の脇の植木は程よく伸び、歩道の脇の雑草は程よく刈り取られている。コンクリートには年季の入ったひび割れがあり、雨風に晒されたであろう瓦は錆びつき、欠けている。
しかし、何処か造り物。
人の気配は一つも無く、聞こえてくるのは生活音ではなく、戦闘音。
普通の人であれば否応も無しに思い知らされるだろう。━━ここが戦場であると。
生活を身近に感じた上での戦闘。
それは遊びでも、試験でもない。実戦に限りなく近い殺し合い。
だが、今の那月にはそれが分からない。
那月の瞳は虚空を映し、那月の耳は幻聴を流す。
リアルな情報は瞳の奥で跳ね返り、耳を左から右へ通り抜ける。
魂無きにも等しい身体は空となりても未だその足を止めず、走り続けていた。
門を潜って十数分。
辺りには戦闘を行った跡と、ゴーレムと思われる残骸がちらほらと見られるようになってきた。
しかし、ゴーレムの姿はまだ見えない。
今那月がいる場所は門付近に比べると、道も細く建物も背が高いため死角が多くなっている。
那月は運良くゴーレムにあっていないだけなのだ。
戦闘音も遠くない場所で鳴り響いている。
つまり、どこからゴーレムが出てきてもおかしくないのだ。
そんな中を那月は全速力で駆け抜ける。
まるで何かから逃げるかのように。
「……はぁ、はぁ、はぁ……」
息が切れても、足がもつれても、頭が痛くなっても、那月は足を止めない。
━━逃げるなよぉ
「……だまれ」
━━やい、落ちこぼれ〜
━━消えろよ、目障りなんだよ
━━がっかりだ、この落ちこぼれ
「……だまれ、だまれ」
━━きゃはははは!
━━しししししし!
━━あははははははは!
━━プッ!クククククク!!
━━だはははは!ひー……クスっだはははは!!
「……やめろ、五月蝿い、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、だまれ、だまれ、だまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれ、だまれぇぇぇぇぇぇぇええええ!!!!」
幻聴に那月は声を張り上げる。その声は狭い通路に反響して、何重にも重なって返ってきた。
周り建物の背丈が段々と低くなっていく。道幅も角を曲がる度に広くなる。
死角ゾーンを抜け、大通りに出るのだろう。
角を曲がり、直線を進み、また角を曲がる。
道がさらに広くなり、次の角を曲がれば大通りに出る。
那月は明かりの濃くなる方向へと進む。
そして、角を曲がり、壁に突撃をする。
「……あいたッ!!」
突然頭に襲いかかる衝撃に那月は我に返る。
「……あれ?俺は……なにを?ここは……?」
両脇にはコンクリートの壁があり、目の前には茶色の壁。
「行き止まりだな……なんでこんな所に?俺は確か試験に来ていたはず……。街……?もしかしてこれが試験なのか?」
那月が頭を回転させているとゴゴゴと音を立てて何かが回る。
それは行き止まりのはずの壁から発せられた。
「ウゴ、ゴゴゴ、ウゴゴルル!!」
「え、あ……ゴ、レム…………」
那月が驚き、振り返る。
茶色の壁の様なものは、ゆっくりと百八十度回転すると、叫び声を上げる。膨らんだ前腕で巨体を支えた体勢で立つゴリラのようなゴーレムがそこにはいた。
「ウゴゴ、ウゴォォォォ!」
「ーー危ねッ!」
ゴリラゴーレムはもう一度大きく叫ぶと、左の腕を天高く持ち上げ、那月目掛けて振り下ろす。
大きな腕から放たれた一撃は、地面に埋め込まれ、コンクリートを粉砕する。
「なんて馬鹿力、だよ……!」
「ウゴ、ゴゴ、ゴゴゴ……!」
那月はゴーレムの攻撃を左に跳んで避けると、ゴーレムの脇に出来た僅かな空間へと飛び込む。
「なんだよ、これ……!なんなんだよ!試験だか何だか知らねぇけどよ……!死ぬやつだろこれ!」
大通りに出た那月は愚痴を零しながらも逃げる足は止めない。
ゴーレムの腕がコンクリートに埋まっている間に少しでも距離を離さなければならないからだ。
「ウゴゴオォォォォ!!」
「もう抜けたのかよ!」
コンクリートから腕を抜いたゴリラゴーレムが地面を揺らしながら追いかけてくる。
那月は地力には多少自信があるため、ゴリラゴーレムから大きく距離を離すことが出来た。
しかし、それでもゴリラゴーレムの方が足が速いため徐々に距離が詰められる。
規則的に響く音が段々と大きくなる。
後ろは振り向かずとも、その音が、すぐ近くまでゴーレムが迫っていることを伝える。
「……はぁはぁ……うぉぉぉぉおお!!!」
切れる息を、気合と叫び声で無視すると、限界に近い足を更に酷使し、速度を上げようと試みる。
しかし、限界は越えられなかった。
「ーーえ?」
足に硬いものが当たる感触を脳が理解するのと同時、那月の視界には地面が映る。
次の瞬間、顔を地面に強く打ちつけ、数回バウンドした後、背中から電柱に激突した。
「ーーかはッ……!」
肺の中にある空気が全て吐き出される。
大きな怪我は無いが、視界がぼやけて、焦点が定まらない。
「ウゴ、ウゴルルゥゥゥ!!」
視界が元に戻ると、地面を揺らしながら那月の元へと走ってくる、ゴリラゴーレムの姿があった。
「う、あ……あ……」
声は途切れ、言葉にならない。
足は酷使し過ぎたせいでしばらく動きそうにない。
腕も怯えて上がらない。
スキルは弱すぎて使えない。
そこまで考えて、那月は思う。
━━あぁ、俺ここで死ぬのか……
覚悟を決めて瞼を閉じると、走馬灯の様なものが映る。
虐められている自分。見放されている自分。見限られた自分。裏切られた自分。無視されている自分。憐れまれている自分。恨まれている自分。憎まれている自分。ーー涙を堪えている自分。
━━ここで……ここで……こんなところで…………俺は、俺は……死ぬ……死ぬ、死ぬ……死んで、死んでしまって……死んで………………………しまう。
━━いやだ、いやだ、いやだ!死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!!
「……ッ!」
瞼を思い切り開け、ゴーレムを睨む。
どうにかして打開策を見つけようと睨む。
しかし、そんなものはどこにもなく、見つけられたのはゴーレムの拳と、最期の瞬間。
それから、一筋の閃光。
「……え?」
光が見えたと理解する間もなく、目の前にいたゴリラゴーレムが轟音と共に消滅した。
訳が分からないといったふうに那月は呆然としたまま虚空を見つめ続ける。
すると、横から男の声が聞こえる。
「こんな雑魚すら相手に出来ないのか」
嫌味が百%を占めるその言葉はどこか聞き覚えがあった。
那月は声のした方に首を回す。
そして、顔を歪める。
「……お前は……!」
そこには門の前で那月にぶつかった、金髪の少年がいたのだ。
「確か……黒滝那月、そんな名だった気がするな……お前」
「……だったらなんだよ」
「俺はな……口先では威勢の良い事を抜かし、態度だけは大きく、しかしその癖実力を示すことが出来ない。そんな奴が嫌いだ……お前のようにな」
「なん、だと……!やんのかよ!!あぁ!!」
「……それだよ」
金髪の少年は、まるで馬鹿を見るかのような目を那月に向けると、やれやれといった感じに首を横に振る。
「お前のそこが気に食わない」
「どういう━━」
「ここには観光にでも来たのか……?」
那月の言葉を遮ると少年は静かにそう告げた。
「お前はここに何をしに来た?観光か?思い出作りか?……まさか受験をしに来たとは言わないよな……?」
「馬鹿にしやがって……もちろん受験にきたに決まってんだろ!そして、受かってこの学校に通うために来た!!」
金髪の少年は那月のその言葉を聞くと、怒りに顔を赤くする。
「お前の方こそ馬鹿にするな……!今のゴーレム一体も倒せずに、何が受かるだ!笑わせるな!!」
「……ッ!」
「お前のような弱者が、どうしてこの高校を受験する?受かる可能性もないのに何故……?」
那月はその問へ逡巡の迷いもなく答える。
「……見返すため」
「見返す……?」
「あぁ、俺を無能と蔑んだ同級生を、俺を落ちこぼれと裏切ったあいつを、そして俺を弱者と呼んだお前もだ……!そいつら全員を見返すために俺はプレイヤーを目指す。最強のプレイヤーをな!」
「……無理だ」
「いいや、無理じゃない」
「無理だと言っている!!お前のような雑魚が合格なんてできるわけが無いだろ!」
「……してやるよ」
「何?」
「合格してやるよ」
「だから━━」
「いいや、してやるよ……合格して、お前の面をぶん殴る……!」
「ーーッ!」
金髪の少年は一瞬背中に寒気が走るような感覚を受けた。
だが、すぐに気のせいだと頭を降って目の前の那月を睨む。
そして、不敵な笑みを見せて言葉を投げる。
「……いいぜ、お前が合格したら土下座でも何でもしてやるよ……!万が一にも無いと思うがな」
それで話は終わりだと言うように背を翻し、歩き出す。
しかし、数歩歩いた所で立ち止まり、背を向けたまま那月に声を掛ける。
「……白浪 翔。俺の名前だ、覚えとけ」
それだけ言うと、翔は次の獲物を求めて走り出した。
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