56話 暇な時間
「…………………………………………」
氷華はそれはそれは不服そうな表情で浴場の扉を開けた。
結局一度も勝てなかった氷華は、最後の試合でフィールドを氷漬けにすれば勝てるのではないかと考え、それを実行に移した。
結果は空に逃げられ失敗に終わったのだが、その際大量の魔力を消費し、魔力切れを起こしてしまったのだ。
魔力とは無限に供給される訳では無いので、使い過ぎれば無くなるのも当然。
無くなったからといって死ぬ訳では無いが、軽い貧血のような状態になり、体が鉛のように重くなってしまう。
その為、氷華のこれ以上の特訓は無理と判断した夏帆先輩が早めに特訓を切り上げ、氷華は早めの自由時間を手に入れたのだ。
だが、早めに終わったからと言って魔力切れを起こして怠い体で出来ることなどほとんど無い。
何をしようか考えたところ、自分の汗や砂埃にまみれた体を見て、それらを洗い流すのが先決との結論に至り、こうして温泉に浸かりに来たわけだ。
氷華はスキルのせいもあってか、体温が低いため、温まれるお風呂は数少ない好きな物の一つなのだ。
特に温泉の更に一番風呂は開放感も相まって至極の時間と言えよう。
だから、すっからかんの露天風呂を見た時は先程までの怒りを忘れかけたのだが、残念ながら先客がいたようだ。
湯気に隠れるようにいた少女の体はとても小さく、温泉のせいか、それともその歳特有の肌感か、肌色よりも赤みがかっていた。
「……碧海ちゃん……?」
少女ーー碧海はビクッと肩を震わせると、恐る恐るといった様子で振り返り、氷華の姿に安堵する。
「なんだ氷華お姉ちゃんか……びっくりしたよ」
「……?休憩中……?」
「お母さんに内緒でね」
悪戯っぽく笑うその顔に氷華は碧海がとった先程の行動に得心が行った。
要するに母に内緒で一番風呂を楽しんでいたらそこに声をかけられ、母だと思い、驚いたということだろう。
「お姉ちゃんは?もう特訓は終わったの?」
「…………一応」
「……?」
歯切れの悪い氷華の返事に碧海は首を傾げる。
氷華はなんでもないとそっぽを向くが、碧海が知りたい知りたいと目を輝かせて迫ってくるので氷華は渋々、夏帆先輩との特訓について語ることになった。
その間、碧海が背中を流してくれると言うので氷華はお言葉に甘えることにした。
ゴシゴシと背中を洗われながら氷華は珍しく饒舌に語り始める。
余談であるが、碧海は旅館の娘というだけあって、その腕前はとても上手いものであった。
「へぇ、大変なんだね」
「そう、とても大変」
氷華の話が終わると碧海は率直な感想を述べた。
そして、話が終わると同時に背中を洗い終わったらしく碧海は氷華の背中に湯をかけ、泡を流して行った。
「それにしても驚いちゃったな」
「……?」
突然の碧海の言葉に髪を洗っていた氷華は片目を開けて首を傾げる。
「お姉ちゃんも氷系のスキル使いなんだね!」
「も、てことは碧海ちゃんも……?」
「うん!ちょっと運命的だね!!」
頭の泡を洗い流しながら、氷華は確かにと思ったが、直ぐにそれを否定する。
その際少しだけ影が落ちたのだが、碧海には見えていなかったようだ。
体も頭も洗い終えた氷華は碧海と共に湯船に浸かる。
「「はふぃ〜〜〜」」
二人してそんな声を漏らすもんだから、二人とも顔を合わせて吹き出してしまった。
それから暫く湯船に浸かりながら、雑談をして、二人とも露天風呂を出たのだった。
氷華は桃色の浴衣に身を包み、脱衣場を出た。
一緒に碧海も出たのだが、食事の手伝いがあるとかで急いで駆けて行った。
「…………」
また一人になった氷華は一度、入口の近くの待機所みたいなところへと行った。
向かう途中で、赤のカーペットからフローリングに変わったため、靴下を履いた状態では少しだけ摩擦を感じられなくなり、転びそうになったのは氷華だけの秘密だ。
そんなこんなで着いた待機所の入口正面。
そこには大きな古時計が振り子を左右に揺らしながら客を出迎えている。
とても年代を感じる時計だが、時間はしっかりとしているので、きちんと役割を果たしている。
「五時五十分……」
氷華は古時計を見ながらそう呟く。
林間学校の訓練はだいたい六時から六時半まで行われ、七時まで入浴などが許可されている。
もちろん七時以降でも入浴は可能だが、大体の人はその時間で入浴を済ませる。
理由は七時からは晩飯の時間だからだ。
晩飯を汗まみれで食べる趣味が無ければ、その状態での食事は気乗りしないだろう。
よって、たった三十分程度でも汗を流すには十分な時間と言えよう。
だが、氷華はもう入浴も済ませてしまって、晩飯までの一時間を暇にしている。
温泉に浸かり、多少魔力が回復したと言っても、特訓に戻るほどには戻っていない。
氷華は少しだけ考え、一時間くらい座って待っていよう、という考えに至った。
そして、古時計の前を横切り、入口から見て右の廊下を真っ直ぐ進む。
再び、赤いカーペットが足を支えるので、少し安堵する。
ずっと真っ直ぐ進んで、突き当たりの襖を開くと、そこには大きな宴会場があった。
二十人程度で使用するには少しだけ大きいかなといった大きさだが、人がいない今に限ってはとても広々としている。
「…………広い」
どこに座っても居心地は悪そうだが、既に樹脂製の平安善と座布団が人数分置いてあるので、女子列の最奥にちょこんと腰を下ろす。
料理などはまだないが、目の前には大きな窓があり、いい景色が広がっている。
これが林間学校という名の訓練で無ければ、普通に良い旅行の思い出となっただろう。
そんな事をぼー、と考えていると襖が開く音が聞こえた。
次いで、畳をふむ音が聞こえ、忙しそうな声が続く。
「ぱぱっとやらないともうみんな来ちゃうよ……!」
「……百花?」
「ひゃあ!……ひょ、氷華ちゃん?どうしてここに?」
声をかけられた百花は変な声を上げると、氷華を見て首を傾げる。
少しだけ失礼に当たりそうだが、誰もいないと思ってたのに人がいたのだから当然といえば当然の反応だ。
氷華もさほど気にしない様子で百花の百花の質問に答える。
「特訓が、早めに終わったから……」
「そっかぁ」
「百花は?」
「私はこれが特訓みたいなものだから」
あはは、と笑う百花に氷華が「どういうこと?」と尋ねようとするが、その前に百花が出ていってしまった。
「それじゃあ、私まだ仕事あるから。また後でね〜」
百花が仕事に戻った後、暫くすると他のクラスメイトたちもぞろぞろと入ってきて、いつも通りの夜になった。
「あ、あがっ……あ゛ぁ゛ぁぁあ!!」
少女の叫びが部屋を満たす。
敷布団は氷で床に貼り付けられ、窓には霜が走っている。
「まだ、……まだダメ……っあぁぁぁ!!!」
少女の声はか細く、今にも消え入りそうで、誰にも届くことなく、後の叫びにかき消された。
その後も一晩中、少女は凍りつく体とそれに伴う痛みに叫び苦しんだ。
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