54話 政宗先輩の特訓
林間学校二日目。
那月と翔は本日もスキルの使い方について頭を悩ませていた。
相も変わらず良い案は出ず、片や黒焦げになり、片や自らの体重に苦しんでいる。
だがそれは那月達だけに限らない。
ここにも一人、頭を抱えた少年がいた。
「わっっっっっっっっかんねええぇぇぇぇぇ!!!!!」
赤髪を逆立てた少年━━紅城紅蓮の声が辺りに木霊する。
その様子を見た侍然とした黒髪の青年━━政宗先輩が立ち上がる。
「何度目だ……お前は俺より優秀だ。最強の剣士にだってなれるってのに……。忍耐力と理解力が欠如してるみたいだな」
「忍耐力は百歩譲って認めるが、理解力はある方だよ!ないのはアンタの教える力だろが!!」
紅蓮はこの二日で溜まった鬱憤をついに爆発させた。
そして、頑張って意識の外に追いやっていた記憶も怒りと共に浮上してきた。
遡ること一日。林間学校初日のこと。
政宗先輩のグループに配属された紅蓮は、先生達のいる砂地とは別の砂地へとやってきていた。
砂地といっても多少木がなく地面が砂なだけの殺風景な開けたところだ。
広さも先ほど見た砂地の二十分の一にも満たない。
殺風景とは言ったが、何もないわけではない。
砂地の中央。そこに一本の大きな丸太が寝転んでいた。
丸太には、上部と下部に無数の切り傷があり、誰かが斬りつけた事が窺える。
だが不思議なことに真ん中には不自然なくらいに傷がなく、それどころか表皮すらも残っていた。
「どうよ?」
「不気味っすね」
政宗先輩に尋ねられた紅蓮は率直な感想を述べる。
その答えに満足したのか政宗先輩は、くくく、と笑うと、腰に差した木刀を右手で撫でる。
「そうか、不気味か。お前はこいつがどうやって出来たかわかるか?」
「……いや、想像出来ないっす」
少し考える素振りを見せるが、これまた素直な感想を述べる。
「ならばそこで見ていろ。そして覚えろ。……これから見せる技を体得することが俺がお前に与える特訓だ」
「は…………?」
政宗先輩はそう言うと、腰から木刀を抜き取り、困惑する紅蓮を置き去りにし、丸太の方へと歩いていく。
丸太の前に立つと、政宗先輩は右手で握っていた木刀を左手でも握ると、頭上へと持っていき、静止する。
「シィィーー」
静止した状態で肺の中にある空気を鋭く吐き出す。
次いで深く息を吸い、取り込んだ空気を鼻から出す。
精神を統一しているのだろうか、身動き一つとらず、しばし静止する。
何十秒か経った後、カッと目が見開かれる。
そして次の瞬間、上段に構えられた木刀が全力で振り下ろされる。
「ハァァァアアアーー!!!!」
身を奮い立たせるように放たれた声が周囲を囲む木々の間を走り、葉を揺らす。
政宗先輩の筋肉が盛り上がり、ゆったりとした和服が引っ張られ、シワが伸び、肌にピッタリと張り付く。
木刀が風を斬り、刀身が猛る声を上げる。
木刀は勢いを徐々に増していき、遂に丸太の上部を捉える。
「ーー!!!」
まさに一瞬の出来事だった。
木刀を振り下ろした姿で止まる政宗先輩。
新たに二つの切り傷がついた丸太。
その二つが一瞬にしてその場に現れたのだ。
紅蓮が驚いていると、木刀を腰に差し直した政宗先輩が戻ってくる。
「わかったか?」
紅蓮はもう一度丸太を見やる。
先刻、政宗先輩がつけた二つの切り傷は、他と同様に上部と下部についていて一直線上にある。
まるで刀を一直線に振り下ろしたかのような、そんな傷だ。
しかし、それらは確かに二つに分かれている。
二つの切り傷を一つの線で結び、それを三等分した時、真ん中にあたる三分の一だけがないのだ。
それはつまり、上と下から切りつけたという事だ。
斬った瞬間は速すぎて分からなかったが、だがその二つの切り傷が同時についたことだけは分かった。
紅蓮は政宗先輩の顔に視線を戻し、一つ頷く。
それに政宗先輩は笑みを浮かべ、頷き返すと、木刀を紅蓮に放り投げる。
「ならば、やってみろ」
「……う、うっす!」
木刀をキャッチした紅蓮は政宗先輩と同じように丸太の方へと歩き、丸太の前に立つ。
「スゥゥ、はぁぁーースゥゥ、はぁぁ」
深呼吸をして、精神を集中させる。
思い出すのは先刻見せた政宗先輩の妙技。
「…………」
紅蓮はまるで政宗先輩の残した線を追うようにその型を再現する。
刀を上段に構え目を瞑る。
風を感じるように、時を待つように。
「………………」
じっと待つこと数十秒。
その間、静寂が場を支配する。
ビュオォウ……!と風が静寂を切り裂いて走る。
「ーーッ!!!」
瞬間、紅蓮は目を見開き、木刀を振り下ろす。
「ハァァァああああああああぁぁぁ!!!!」
気合十分に振り下ろされた木刀は丸太に吸い寄せられるように近づき、丸太上部を抉る。
「ーーくっ!!!」
次いで、返された木刀が先刻よりも弱い力で丸太の下部に傷をつける。
ガンっ!!かんッ!という音が響き、後には木刀を切り上げた形で静止する紅蓮の姿のみ。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
一撃で限界まで削がれた体力に驚きながら、紅蓮は丸太を見つめる。
上部と下部に傷がついているのは政宗先輩と同じだ。
しかし、傷の位置はバラバラで一直線上では無く、大きさも上部は深く大きいが、下部は小さく浅い。
それに、木刀を当てる瞬間だって目に見えて異なっていた。
政宗先輩の技と比べると、全くもって出来が悪い。
呆れてため息が紅蓮の口から零れる。
「全くダメダメだな」
紅蓮が思っていたことを政宗先輩が言う。
反論の言葉も出ず、紅蓮が顔を顰め、それでも何かを言おうとしたが、それを遮って政宗先輩が言葉を続ける。
「だが、筋は良い。一回でここまで出来るたぁ、流石だ。こりゃあ習得までは時間の問題だな」
「え……」
思いもよらぬ褒め言葉に一瞬、紅蓮の思考が停止する。
だが、その言葉が体に染み渡り呪縛が解けたとき、紅蓮の口からはするりと言葉が漏れていた。
「あ、あざっす……」
「おうおう、なんだ?気持ちわりぃな」
「な、……!んでもねぇよ!!おっさん!!」
「おっさ、…………!俺はまだ十七だ!!次おっさんって言ったらぶっ飛ばす!!」
前言を塗り消すように紅蓮が罵倒の言葉を並べるが、政宗先輩が木刀を腰から抜こうとするのを視認して、即座に口を閉ざす。
「お前にはこれから一週間その技を覚えるための特訓をしてもらう。覚えられるとは思えないけどな!」
「んだと!やってやるよ、おっさん!!ーーってぇ!!」
「…………」
紅蓮は昨日の痛みを思い出し頭をさする。
「なんだ?どうした?」
急に呆けて頭をさすりだした紅蓮に、政宗先輩は怪訝そうな目を向ける。
「…………ふん」
紅蓮は口をとがらせると、鼻を鳴らして、素振りへと意識を戻す。
「……なんなんだ?」
意味がわからない政宗先輩は頭を傾げるが、直ぐにその考えを排除し、紅蓮の特訓へと視線を注ぐ。
そして、その後延々と続く素振りを無言で見続けるのだった。
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