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53話 女湯

 「ったく、これだから男子は……雫玖、ここ閉じといてね」

「うん……」


 天斗の悲鳴を壁の向こうに聞きながら、天斗の目を潰した朝日は、雫玖にお願いをする。

 壁は木製のため、雫玖のスキルで少し操作すれば、小さな穴くらいならば、閉じることが可能だ。


 雫玖が頷くのを見て、朝日は湯に浸かる百花の横に行き、同じく湯舟に肩を沈める。


「ふひぃぃー」

「おじさん臭いよ、朝日ちゃん」

「いいんだよ、誰が聞いてる訳でもないから」

「私が聞いてます」


  百花が先生然とした口調で言う。

 朝日は百花の言葉に、不敵な笑みを浮かべる。


「あんたは家族みたいなもんだからッ!」

「ひゃっ!!」


 そして、百花の胸を鷲掴みにし、揉みしだく。

 百花は甘い声を出しながら、逃げようと試みるも、朝日の拘束が完璧なため、それは出来なかった。

 暴れることしか出来ない百花が辺りに水しぶきを飛ばす。


 しばらく、それが続いていたが、ふとかけられた声に朝日は腕を休める。


「おやおや、仲がよろしいですな〜。もしかして、そういう感じ〜?」


 ニマニマ顔の翠である。


「そんなんじゃないよ!」

「ほんとに?じゃあそれはなにかにゃ?」


 朝日は否定するが、翠の後ろから出てきた愛莉の示す指の先を見て、固まる。


 そこには、顔を真っ赤に染め、タオルで胸を隠し、涙目で朝日を睨む百花の姿があった。


「酷いよぉ、朝日ちゃん……」


「「「か、可愛い!!!」」」


 百花の言葉に、朝日のみならず翠と愛莉も硬直する。

 少しの間、三人が口を開けたり閉じたりしていたが、一番先に我に戻った朝日が謝罪を述べる。


「ご、ごめんね?ちょっとやり過ぎたよね……!」

「もう、しないでね?」

「わ、分かった」


 そして、同じく自我を取り戻した二人も謝罪の念を伝えた。


「それはそうと」


 愛莉が言う。

 彼女たちは、百花に謝るためにここに来た訳では無い。

 別の用事があるのだ。


 二人は含みのある笑みを見せると、ずいっと百花との距離を詰める。


「!?」


 百花は驚き、反射的に逃げようとして、後退するも、腰が岩を叩き、それは出来なかった。


 百花がもたもたしている隙にその横を固めた翠と愛莉が、その笑みを一層深くする。

 その顔は女子特有のそれで、そこから出る話題は一つしかないだろう。


「百花ちゃんって〜」

「好きな人とかいる感じ〜?」


 そう、恋バナである。


 思春期の女子にとって、恋バナは蜂蜜。

 極上のスイーツなのだ。


「え!?い、いないよ!!」


 顔を赤らめて答える百花。

 それがまた二人の顔を歪ませる。


「うそ!いるの!?」「だれだれ??」「言うてみ言うてみ?」「ぐへへ、おじさん怖くないよ?」


 などと、獣の如き形相で迫る二人。

 流石の百花も、そこには恐怖の念を抱かざるを得なかった。

 結果、


「ご、」

「「ご?」」

「ごめんなさいぃぃぃ!!!」


 湯船からガバりと飛び出すと、一目散に脱衣所へと逃げていった。


「あちゃー、やり過ぎちゃった?」

「やりすぎだね。後で謝っときなよ」

「「はーい」」


 朝日に嗜まれ、一応は反省する翠と愛莉。

 だが、それも一瞬。

 次の獲物を見つけ、一目散に駆けていく。


「全く、あの二人は……」


 後に残された朝日は、ため息をつくのだった。




 ガラリ、と格子戸を横にスライドさせ氷華が脱衣所に入る。


「ふぅ」


 と、ため息をつくのは、氷華も翠と愛莉の獲物となったからだ。

 当然、一瞬で逃げてきた訳だが。


「ん?」


 髪を乾かす前に下着をつけようと、脱衣籠の置いた場所に足を向けると、浴衣姿の百花がしゃがんで何かをしていた。


「……何してるの?」

「あわひゃ!?……なんだ、氷華ちゃんか」


 突然声をかけられ、肩をびくりと跳ねさせる百花。

 変な声を出して、振り返り、氷華の姿を見てホッと安堵の息を漏らす。


 その時、百花の後ろから一人の少女が顔をのぞかせる。

 青い瞳に氷華に似た水色の髪。

 百花の浴衣の裾を握る手は小さく紅い。


 五歳くらいの少女が、訝るような目で氷華を見る。


「……だれ?」

「あ、こちら女将さんの娘さんの」

冬雪ふゆき 碧海うみです」


 氷華が尋ねると、百花が紹介してくれた。

 碧海と名乗る少女は百花の後ろに隠れたままじっと、氷華を見つめる。


「……漣 氷華。よろしく」


 氷華はそれに答えるように右手を差し出す。

 対する碧海は訝るような顔から少女らしい笑みを浮かべた顔へとなり、その手を握る。


「それで、何してたの?」

「えっとね、この碧海ちゃんとお話してたんだ」

「……話?」

「うん」


 氷華が首を傾げると、碧海が、宣告百花にもしたであろう話を話し始めた。

 氷華は下着をつけながらその話を聞いた。


「私のお母さんの事なんだけどね……お母さんは元気があるように振舞ってるけど、実は病気なんだ」

「……病気?そうは見えなかった」

「無理してるの。お客さんに心配はさせられないって……」


 碧海は苦しむ母を思い出したのか、辛そうな顔を見せる。


「……医者には診てもらったの?」

「うん。……でも、珍しい病気みたいで……治る見込みはほとんど無いって……」

「……そう」


 氷華はただそう返事を返すのみ。

 だが、少女は言葉を続けた。


「でも!治る方法はあるの!」

「その方法は……?」

「あるダンジョンに生える特別なお花。そこから採れるお花の蜜だけが最後の希望なの……」

「そう、なんだ……」


 百花もそこは初めて聞くのか、真剣な眼差しで耳を傾けていた。


「そのお花が生えるダンジョンっていうのはーー」


 百花が「どこ?」と尋ねようとした瞬間、女将さんの声が響く。


「碧海ー!どこにいるのー?ちょっと手伝って欲しいんだけど?」


 碧海はその声を聞き、百花の浴衣の裾から手を話す。

 そして、そそくさと脱衣場の扉を開け、廊下に出る。


「お姉ちゃん達お話を聞いてくれてありがとう。さっきの話お母さんには内緒ね。それじゃあ!!」


 それだけの言うと、碧海は扉を閉め、ドタドタと廊下を駆けて行った。


 閉じられた扉を見つめ、氷華と百花は動けなかった。

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