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52話 男湯

 ーーカッポォォォン


 木桶が御影石のタイルを強く叩く。

 心地良い音が耳朶に響き、余韻がそっと鼓膜を撫でる。


 それに続いて、思春期特有の高くもなく低くもない声が幾重にも重なり合い、喧騒に変わる。


 とりわけ、赤髪の少年の無駄に大きな声が、真っ黒に染まっているが、無数の灯りが灯る夜空に鳴り響く。


 「ーーダハハハ!!だから、お前そんな感じなのか!?」

 「う、るせぇ……!!」


 足にこれでもかと力を入れて、自重を支える那月は苦しそうに返事を返す。


 枷鎖先輩に課せられた『十倍の重力の中で動く』というものは、訓練時間内のみに限らなかった。

 時間外でもそれは解かれることはなく、那月の自由を奪い続ける。


 常に自分を十人抱えているようなものなのだから、体を洗うのも一苦労。

 宣告食べたご飯は、そのせいで美味の『び』の字も感じられなかった。


 「紅蓮、そのくらいにしときなよ。那月だって疲れてるんだし」

 「ヒー、ヒー、そうだな。悪かった」


 腹を抱えて笑う紅蓮は、日奏に嗜められて、那月に頭を下げる。


 タオルを縦にし、上半身から下半身までを隠した日奏が、那月の隣に腰を下ろす。


 日奏は、湯舟にタオルをつける訳には行かないので、不服ながらも足を湯につけるだけだ。

 タオルはどうしても手放したくないようだ。


 那月はそれを深く追求はせずに、日奏と紅蓮に尋ねる。


 「お前達はどうなんだ?」


 紅蓮が初めに答える。


 「俺の所は、よく分からん技を見せられて、いきなり『やれ』って言われてよ。出来るわけも無く、一日中素振りしてたぜ」


 肩を回しながら話す紅蓮は、とても疲れた顔をしている。


 「なるほどな。やっぱり生徒会って変わってるんだな」

 「…………」

 「…………」

 「な、なんだよ?」


 那月が呟いた何気ない一言に、二人がジト目を向けてくる。


 「……いや、一番変なやつがここにいるなってな」

 「んだとーーォボボボボ!!」


 紅蓮に飛びかかろうと立ち上がった那月。

 しかし、足に力を入れのを忘れ、膝から崩れ落ちて、湯舟に顔を沈めた。


 不格好に暴れる那月は、上半身を持ち上げようとするも、肝心な頭が上がらない。


 那月が一人で格闘していると、慌てた様子で紅蓮と日奏が肩を引っ張って起き上がらせる。


 「ーープハァッ!!」


 「はぁ、はぁ」と肩で息をする那月は、喉に詰まったお湯を吐き出すと、助けてくれた二人に感謝を述べる。


 「ところで、日奏はどんな特訓したんだ?」

 「今日は特訓はしてないんだ。ずっと、陸王先生の話を聞いてたよ」

 「へぇ、あの人が一番スパルタ感強く感じるけどな」


 紅蓮の言葉に那月は首肯をもって賛同する。

 日奏は微妙な面持ちで続きを話す。


 「そうなんだよ。世間話とかじゃなくて、『武術家』の心得みたいなのを延々と聞かされてね、その内容が全部精神論なんだよね」

 「うわぁ、脳筋」

 「……明日から、スパルタ訓練するって言ってたし……強くはなりたいけど、早くも帰りたいよ」


 日奏が、タオルをキュッと握りしめる。

 だが、それは恐怖ではなく覚悟。

 口では帰りたいと言っているが、その前の言葉の方が意思としては大きいようだ。


 みんなが、それぞれの訓練について語っていると、遠くから颯が歩いてくる。

 湯気から現れた颯の体はとても引き締まっている。


 那月と紅蓮も筋肉はバキバキだが、颯のそれはとても綺麗に引き締まっていた。


 「なんだ?特訓についてか?」

 「おう、お前んとこはどんなだった?」


 音淵先生が担当したグループの人は三人の中にはいなかったので、丁度いいとばかりに紅蓮が尋ねる。

 颯は三人の前で体を湯舟に沈めると、言葉を紡ぐ。


 「そうだな。感想としては音淵先生凄いって感じかな」

 「……?」

 「いやね、十人以上の生徒を担当しててさ、スキルの特色だって十人十色だろ?それで、それぞれのスキルにあった訓練を用意してるって……」

 「ヤバいな」


 紅蓮が颯の言葉を続ける。

 颯はそれに頷く。


 「僕の特訓は持久力を上げる感じのやつだったけど、天斗とかは、ずっと瞑想させられてたよ」

 「可哀想に……」


 天斗のスキルが《集中》というものだから、仕方がないのだが、本人の性格からしたら辛いものだっただろう。

 何せ、天斗は根っからの陽キャで静かにしてるところは授業以外で見たことがない。

 授業中は寝ているから静かなのだが。


 と、天斗に思いを馳せていると、当の本人が那月を呼ぶ。


 「おい、那月、響。こっち来いよ!!ここに」


 次に、発した天斗の言葉に、那月と金髪で長髪の少年ーー響が立ち上がった。


 「ーー覗き穴があるぞ!」


 男子たるもの、男湯と女湯が隣接していたら、まず覗き穴を探すことだろう。

 だが、那月達は疲れておりそれどころでは無かった。

 しかし、ここにそれを実行した勇者がいたのだ。


 「まじか?」

 「まじだ!!」

 「リアリィ???」

 「リアリィ!!!!」


 「ヒャホォォイ!!」と立ち上がる二人。

 しかし、それを止める声が男湯に響く。


 「だめだ!それは、駄目だ!!」

 「おいおい、颯……どういうつもりだ?」


 天斗がメガネの奥から鋭い眼光を颯に向ける。

 颯はそれに臆すること無く、止めるように言葉を投げる。


 「覗きはクラス副委員長として、許容出来ない。それは、女子に失礼にあたるし、信頼を失う事に繋がってしまう」

 「バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ」

 「そういう問題じゃないだろう!もし、君が止めないのなら、武力を行使させてもらう」


 颯が前傾姿勢になり、今にもスキルを使って走り出しそうだ。

 天斗は少し考え、それから手を上に上げる。

 降参の合図だ。


 「はぁ、冗談だよ。流石にそこまでする度胸はねぇよ」

 「そうか、よかったーー」


 颯がその様子を見て、警戒を解く。

 すると、天斗が不敵な笑みを浮かべた。

 その笑みに、颯は自分の行いの愚かさを悟った。


 「なんてな!ーー《集中》!!」

 「やめろぉ!!」


 颯が叫ぶ。

 しかし、引き伸ばされた時間の中で、その言葉は天斗の耳に入らない。

 天斗は極限まで引き伸ばされた時間を有効に利用し、目に全神経を集中させ、その穴を覗き見る。


 ━━待ってろ!桃源郷!!


 天斗がそんなことを考え、穴の奥に意識を集中させる。

 後ろでは誰かが叫ぶ声が聞こえるが意味は頭に入ってこない。


 入ってくるのは、壁の奥の女子の声と、目の前まで迫った肌色のーー


 ━━指?


 瞬間理解した。

 瞬間と言っても、体感的には一分程にもなる時間の中で、天斗は理解した。

 目の前に迫る指。

 この指が迫る先にあるのが自分の目である事を。


 回避は不可能。

 意識は引き伸ばされた時間を通常通り動けるが、肉体はそれが出来ない。


 頭では理解出来ても、体は動かない。

 これぞ生き地獄。


 少年は一分以上もの時間で覚悟を決めた。


 そして、天斗以外からすれば、一瞬の後に、男湯に絶叫が響き渡った。

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