49話 訓練
バスで走ること数時間。
バスは森の中に入り、目的地へとたどり着いた。
「う、うぉぉ……」
那月を含めた、一年A組の面々から感嘆の声が漏れる。
視線の先には、荘厳で歴史を感じさせる旅館があった。
入口にはタヌキの像が置かれており、そのタヌキが持つ木札には『海無しの森』と記されていた。
全員が旅館に目を向ける中、入口から一人の女性が姿を見せる。
女性は緑色の和服に身を包んでおり、髪は頭の上で丸く纏められている。
女性は、バスの横に集まった一年A組の面々の前に立つと、腰を折って深々と頭を下げた。
「ようこそいらっしゃいました。私はこの旅館の女将、冬雪 水海と申します。以後、お見知りおきを」
女将さんが丁寧な挨拶を終えると、音淵先生が女将さんの横に出る。
「冬雪さんは元々プレイヤーだったんだ。だが、子供を身ごもった為、引退。その後、実家である旅館の女将となった」
「もう、十年前の話ですけどね」
うふふ、と上品に笑う女将さん。
「まぁ、その話は置いておいて、林間学校を始めるぞ」
音淵先生は、旅館の部屋に荷物を置いたら、外に出るように、と指示を出すと、そのままどこかへ消えていった。
後に残されたのは、女将さんと、A組の面々のみ。
「それではご案内しますので、しっかり付いてきてくださいね」
女将さんはそう言うと、身を翻して、旅館の中に入っていった。
A組の面々も、委員長であるメメを先頭にそれについて行った。
部屋に荷物を置いた那月は、直ぐに旅館の外に出た。
速攻で出てきたと思ったのだが、どうやら那月が一番遅く、既に音淵先生や他のクラスメイトが列になって並ぶ姿があった。
「遅いぞ」
「すいません」
平謝りをして、那月もその列に加わる。
「揃ったな。それじゃ、場所を移すぞ。ついてこい」
音淵先生はそれだけ言うと、そそくさと歩き出した。
那月達もそれに続いていく。
旅館から少し離れると、そこは木々が生い茂る森となる。
鳥のさえずりや木々の隙間を縫う風の音が心地よい。
梢から漏れる太陽の光が、辺りの草石に当たり、神秘的な印象を受けさせる。
那月はあまり癒しなどには興味が無いが、その光景には心が休まるのを感じた。
時折見かける野生の動物や、見た事の無い植物などに目を配らせている内に那月達は目的の場所へとたどり着いた。
「ここだ」
音淵先生が先を指差す。
そこには周囲に広がる森と対照的で、木が一本も生えていない砂地が顔を出した。
「ここで、訓練をするんですか?」
「あぁ、そうだ。ここで訓練を行う」
確かに訓練には向いていそうな地だなと翔は感じた。
大抵のスキルには有利にも不利にも働かない立地。
開けているため、一度にたくさんの生徒を監視出来る。
これ程訓練に向いている場所はそうそう見つからないだろう。
「さて、早速訓練を始めたいところだが……流石の俺でも全員を見て、一人で指導する事は出来ない。そこで、特別コーチを呼んだ。来てくれ」
音淵先生が声をかけると、前方の木の影から四人の人が姿を現した。
左から、ガタイの良い老け顔の男。刀を帯刀した青年。メガネの青年。そして、薄緑色の髪の娘だ。
老け顔の男だけが周りに比べて二回り程歳をとっていそうだが、ほか三人は同じくらいの年齢だろう。
「彼らがお前たちの特別コーチだ。陸王先生から自己紹介をお願いします」
「おう!」
陸王と呼ばれた、ガタイの良い男が一歩前に出る。
どうやら先生のようだ。
「陸王 聡だ。普段は武術を教えている。この合宿でも、肉体戦闘に向いたスキルを持つ奴を鍛えてやるつもりだから、よろしく!!」
気合いのこもったよろしくに、日奏や朝日が唾を飲む。
陸王先生は強ばった笑みを浮かべる生徒に笑みを返すと、一歩下がる。
次いで前に出たのは刀を腰に下げた青年である。
黒い髪を侍のように後ろで結び、これまた侍のような服装をしている。
白の熨斗目に黒の半袴。腹部を回る帯は灰色と、まるでグラデーションのようになっている。
腰には二本の刀が差されており、一本は黒の鞘に、もう一本はオレンジの色の鞘にと、まるで昼夜を表しているかのようだ。
「俺の名前は諸刃 政宗。お前らの一個上だ。見てのとおり刀を使う。教えるのも勿論、刀術だ」
青年ーー政宗先輩は、そう言うと悪戯っぽく笑みを浮かべる。
「ーー因みに俺は生徒会で副会長をやっている……!」
「「「「「ーー!!!」」」」」
一同の目が驚愕のあまり点となる。
その表情がツボだったらしく、ケラケラと政宗先輩は笑い出す。
その姿からは生徒会副会長という姿は見て取れないのだが、事実その役職に就いているのだから実力はあるのだろう。
政宗先輩はひとしきり笑うと、一歩下がり元の位置に戻る。
「んじゃ、次はあたしね〜」
綺麗な声だがギャルっぽい口調で一歩前に出たのは、薄緑色の髪の娘だ。
髪は肩ほどに揃えられて、一見真面目そうに見えるが、気崩された制服や、爪のネイル、胸元に光るハートのネックレスがその印象をガラリと反転させる。
「あたしは生徒会書記。二年の盆東風 歌帆。是非、下の名前で!歌帆先輩って!呼んでね!!」
相当苗字が嫌いなのか、美形な顔が崩れかかるほど目に力が込められていた。
全員がコクコクと頷く事に満足したのか、歌帆先輩は言葉を続ける。
「あたしはこれといって教えられる物が無いけど、得意なのは対人戦かな。そんなわけであたしに教えられる子は覚悟してね〜。……それじゃあ最後、カセカセ〜」
『カセカセ』と呼ばれたメガネの青年は歌帆先輩と変わるようにして前に出る。
「その呼び方はやめてくれといつも言っているだろう」
文句を垂れながら出てきた男はまさに『真面目』の具現化のような人物だった。
黒縁のメガネをかけ、青髪をその上で短く切っている。
制服にはシワのひとつもなく、裾の先まで綺麗に揃えられており、言葉遣いはむず痒くなるほど他人行儀なものとなっている。
「俺は生徒会会長。二年、連結 枷鎖。スキルは《鎖鎖》だ。俺の訓練を受けるものは覚悟しておけ。以上だ」
那月は一瞬、肩を震わせた。
枷鎖先輩の視線が那月の体を射抜いたような錯覚に陥ったのだ。
枷鎖先輩は那月から視線を外すと、また別のところにそれを送り、元の位置に戻った。
全員の自己紹介が終わったところで、音淵先生が特訓のメンバーを口頭で伝える。
「さっきも言ったが、お前達を俺一人で見ることは不可能だ。よって、それぞれの能力に応じて、グループを分けようと思う」
音淵先生は、手元の紙に視線を落とす。
「まず、朱桜、来栖、熊川。お前達は陸王先生のとこだ」
「「「はい!」」」
「続いて、俺のグループだが……五百雀、薫風、稲荷……ーーーー」
それから音淵先生は十二人の生徒の名前を呼んだ。
どうやら、全員を音淵先生が担当するようだ。
そして、残ったのは、那月、翔、紅蓮、氷華、百花の五人である。
「お前たちには、特別訓練を与える」
特別訓練という言葉に全員の息が詰まる。
「まず、紅城。お前は諸刃とだ」
「……は、はい!」
紅蓮が政宗先輩の方を向くと、政宗先輩はまたもや悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「よろしく……!」
「よ、よろしくお願いします……」
紅蓮が政宗先輩のところに行くのを見届けた後、音淵先生は次のグループを言う。
「次に、漣。お前は盆東風だ」
「ちょっと!音淵センセ!歌帆って呼んでよ!」
非難の声が上がるが音淵先生は知らん顔だ。
「まったくもう……あ、よろしくね〜氷華ちゃん」
「……よろしく」
次に、と音淵先生は言いかけて、言葉を詰まらせる。
「あぁー、九九。お前は旅館に戻れ。そして、自分のやるべき事を見つけろ」
「え……?……は、はぁ」
唯一旅館に帰り、更に抽象的な指示を出された百花は頭に疑問符を浮かべていたが。
音淵先生のそれ以上何も言わない、というスタンスを知っているので、それ以上は何も聞かずに、先生の言うことに従った。
音淵先生は百花が旅館に戻っていくのを一瞥すると、残る二人、那月と翔に視線を移す。
「さて、お前達二人だが……二人とも連結に特訓してもらえ」
「「…………」」
言葉が出なかった。
那月は宣告の枷鎖先輩の視線を思い出し、身が竦む思いに苛まれた。
翔はと言うと、何故か那月と同じような顔をしている。
那月はそれを不審に思うことなく、枷鎖先輩に視線を向ける。
「よろしく頼む。俺の特訓は甘くないぞ」
そう言った枷鎖先輩の声は酷く冷たかった。
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