47話 生きろ
翔はモールダンジョンから出ると、その先で広がる光景に目を疑った。
那月がスキルを使い、それでランクだけなら《狂乱》状態のハイ・オークに匹敵する程の力を持つミノタウロスを一撃で倒したのだ。
「那月……」
嘘だろ?という意味を込めた言葉が翔の口からこぼれる。
那月はそれが聞こえたらしく、翔の方を見る。
「ーーッ!」
次の瞬間、翔の胸がドクンと強く跳ねた。
全身を真っ赤に染めた那月が、翔達のいる方に右手でピースをつくり、笑って見せたのだ。
那月からすれば、それはただ単純に勝利した事を伝えたかっただけの行為。
だが、翔からしてみれば挑発以外の何物でもない。
━━くそっ!どうして毎度毎度お前は俺の上を行く!
━━どうして俺は下でいることを許容する!!
━━どうして、どうして、どうしてーー!!!
翔の頭に血が上る。
が、それは直ぐに冷めることとなった。
「…………ーーーー」
「那月!!」
那月は翔達に笑って見せた後、白目を剥き、事切れたように、その場に倒れ込む。
翔は急いで那月へと駆け寄る。
「那月くん!!」
それと同じタイミングで百花が走って、那月の傍までやってきた。
「百花!」
「わかってる!《天女》!」
百花が那月の胸に手を当ててスキルを唱える。
百花の手が緑色の光に包まれ、それが那月に伝染する。
「…………!……だめ、だめだよ、治せない……」
十秒程そのままでいた百花が、嗚咽混じりの声で呟く。
その言葉に全員が背筋に寒いものが走る感覚に襲われた。
「だめって……嘘だよな……嘘だろ!嘘だって言えよ!!ーーッ!」
憤慨した様子で百花の肩に手を置いた紅蓮。
だが、百花の目尻から大粒の涙が幾つも流れ落ちる様子を見て、自分の愚行に気づく。
「……百花。だめってのはどういうことだ?那月の怪我はそれほど重症なのか?」
見たところ、那月の全身は血に染っているが、大きな外傷があるようには見えない。
翔の言葉に百花は静かに首を振る。
「……怪我はそうでも無い。かすり傷が幾つかある程度……」
「……じゃあーー」
「でも!……出血が多すぎる。私のスキルじゃ傷は直せても、流れた血を戻すことや増やすことは出来ないの……」
「そんな……」
百花の言葉に紅蓮が絶望の色を顔に映す。
朝日も言葉にこそ出さないが、同様の顔色だ。
「それなら」
全員が重たい空気に口を閉ざした時、翔が口を開いた。
「どうにかなるかもしれない」
「本当か!?」
「あぁ」
紅蓮の問に翔は肯定を示す。
そして、翔はポケットの中の物を掴み、取り出した。
それは、黒色の液体が入った黒色の小瓶だった。
「これは……?」
「『変血の液体』って言って、魔力を血液に変換するアイテムだ。飲めば自動的に飲んだ人間の魔力を血液に変えてくれる」
「そんなものどこで……?」
朝日が尋ねる。
翔はそれを受け、ある方向に指を向ける。
全員の視線がその方向を向く。
そこにはモールダンジョンの玄関である、厳つい扉があった。
「まさか、トレジャーボックス!?」
いち早く、気づいた朝日が問いかける。
それに翔は首肯する。
「トレジャーボックスってなんだ?」
紅蓮は、初めて聞く単語に首を傾げる。
それに対し朝日が説明を加える。
「トレジャーボックスっていうのは、そのダンジョンのボスを倒すと、忽然と現れる箱の事で、その中には宝石やらアイテムやらが入ってるの」
「へぇ」
「ハイ・オークを倒した後、ゴタゴタしてたから忘れてたけど……よく取り出せたわね」
「まぁな……そんなことより」
翔は手に持つ小瓶を百花へと差し出す。
「百花、これがあればそいつは助けられるか?」
「え、あ、ちょっと待ってね……うん。魔力は十分に巡ってるからなんの問題もないと思う」
「そうか、じゃあ使ってやってくれ」
「うん」
百花は翔の手から小瓶を受け取ると、小瓶の口を閉ざす栓を抜く。
栓を抜くと、小瓶の中から独特な臭いが漏れ出るが、百花は気にすることなくそれを那月の口に流す。
「……お願い。生きて……」
百花が祈るように那月の顔色を伺う。
すると、液体を流し込んでから一分ほどすると、青くなり始めていた那月の顔色が生気のある薄橙色に戻っていく。
「……!良かった……」
「百花、喜んでいる暇はないぞ。直ぐに回復させないと、また出血が始まるだろ」
「う、うん!そうだね!」
百花は目尻に溜まる涙を腕で拭うと、再度、那月に《天女》をかける。
「……ふぅ、これで安心だな」
「だな……しかし、まさか一人でミノタウロスを倒しちまうとは、こいつ本当に最下位か?」
那月の安全に安堵の声を零す翔。
そして、同じく安堵した紅蓮が、先刻の光景を思い出し、感心する。
「ほんとね。もしかしたら本当に最強のプレイヤーになれちゃったりして」
「ハッ!そんなことある訳ねぇだろ!な!翔!」
「…………」
紅蓮に同意を求められた翔は少し考えるように口を閉ざす。
が、直ぐに静かに呟くように、言葉を紡ぐ。
「……あぁ、なれるわけがねぇ」
「だろ?だからいったろーー」
紅蓮が同意を得て、得意げに朝日に向き直ると、それを翔の声が遮った。
「何故なら、最強は俺だから」
「…………」
翔の言葉に紅蓮と朝日が言葉を失った。
だが、翔は言葉を撤回する気はないのか、紅蓮たちに背を向けたまま、那月の顔を睨みつけていた。
「今回は俺の負けだ……だが、次は絶対に勝ってやる。俺と同等とはまだ認めない……」
小さく呟いた言葉は誰にも届くことは無く、空気に消えていった。
だが、翔の中でその言葉は幾重にも重なって、延々と響き続けていた。
これにて二章完結です。
今回は那月の成長回という事であまり大きな変化はありませんでしたが、これで那月が本当に覚醒しました。
さて、次回からは三章になるわけですが、ここから本格的にストーリーが始まっていきます。
是非ご期待ください!!
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