31話 新芽
早朝。まだ夜明けの薄暗さがのこる時間帯。
那月は深更に寝たとは思えない程、早くに目が覚めた。
いつもの休日ならば、昼近くまで眠っているのだが、何故か今日に限って目が覚めてしまったのだ。
「はぁ、退学とか考えてたら、こんな早くに目が……」
どうやら那月は考え事や気になる事があると、目が早くに覚めるようだ。
「あぁ!!変なこと考えんな!……気分転換に散歩でもするかな」
那月は邪念を振り払うと、ベッドから飛び降り、散歩に向かった。
動きやすい軽装に着替えると、寮を出て、玄関の前で準備運動をする。
屈伸や、伸脚、前屈などを済ませると、その場で三回ほど軽くジャンプをして、気合いを入れる。
「あ、そういえば薬飲むの忘れてた」
那月はポケットに入れて置いた錠剤を手に取ると、一口に飲み込む。
すると、体の芯が熱くなるのを感じて、それが活力として全身へと拡がり馴染んでいく。
「うぉぉぉ!!なんか力がみなぎってきた!!」
那月は大きく叫ぶと、全力でフォローダッシュを決める。
「しかし、ほんとにどうやったらスキルを使えるようになるんだろ……」
走りながらも、やはりその思考は消えず那月の頭に負荷をかける。
「センセは魔力を増やせば使えるみたいなこといってたけど……そもそも魔力ってどうやったら増えるんだよ……!」
那月は知らないのだが、魔力を増やす方法は大きく分けて三つある。
一つは、ダンジョンから取れる『魔草』を加工して作る薬を飲むこと。これは那月の持つ魔力活性薬などが当たる。
次に、これまたダンジョンから取れる、魔力を収納した『魔力結晶』なる結晶を手で握り潰す事で魔力の増強が見込める。
最後に、ダンジョンでモンスターを倒すという方法がある。モンスターは元来、ダンジョンの魔力から生成されるとされており、そのモンスターを倒すことでモンスターの持つ魔力が自身に流れ込み、魔力が増強されるのだ。
魔力を吸収して強くなるため、その傾向は戦士系のモンスターより、魔法系のモンスターの方が強くなるのだ。その分魔法系のモンスターの方が強力なのだが。
そのいずれも知らない那月は、しばらく考えた後、諦め走ることに専念する。
「あぁもう!やっぱり考えてもわからん!後で図書館にでも行こうかな」
今日は土曜日で、学校も休みなため時間は有り余っている。
那月は図書館で魔力の勉強をしようと考えた。
本来であればダンジョンに潜りたいところだが、一年生のダンジョン探索は校則で禁じられている為それは出来ない。
先日のように無断で入ることも可能ではあるが、バレた時の罰を受けるのはもうコリゴリである。
「一週間掃除とか……地獄かよ。来週は何も問題を起こさないようにしないとな……」
来週の目標と本日の予定を決めた那月は、足に力を入れると、先程よりも速いスピードでランニングをするのだった。
結局、那月は散歩程度に済ませようと考えていたのだが、漲る力に任せて、学校の塀伝いに敷地内を二十周した。
気がつくと、あたりはすっかりと明るくなり、たまたま近くにあった時計は短針が真下を示していた。
「やべ、もう六時!?朝食に間に合わなくなる!!」
那月は急いで寮に戻ると盛大に扉を開く。
中からはトーストの芳ばしい匂いが流れ出て、那月の鼻を刺激する。
「めっし、めっし、めっしっし」
「ん?うお!?那月お前汗だくじゃん!風呂はいってこいよ」
「え?うわ、ほんとだ」
リビングにいた颯に言われ、体を見てみると、汗に濡れた服がひったりと張り付いていた。
那月は別に気にしないといった風だったが、朝日に臭いとトドメをさされ、渋々風呂に入った。
風呂から上がり、リビングに戻ると、そこにはテーブルを囲みトーストを頬張るクラスメイト達の姿がある。
那月もその場に混ざると、横に居た日奏に本日の予定を聞かれる。
「俺は図書館に行こうかなって思ってる」
「那月が図書館?そっか、なら僕も行こうかな。ちょうど暇だし」
「まじで!?じゃあよ、魔力の事とか教えてくれよ」
「うん!いいよ!」
日奏と図書館に行く約束をすると、手元のトーストを胃の中へと放り込んだ。
那月は出かけの身支度を整えると、寮の玄関の前で日奏を待つことにする。
「……ん?」
静かな青空を眺めていると、どこかからバチバチという音が聞こえる。
音の鳴るほうへ足を進めると、そこは寮の庭に当たる部分で、玄関からは、出て右に歩けば見えるところからだった。
そして、音の正体は目を閉じ胡座をかいて瞑想をする翔の周りに走る黄色いスパークの弾ける音だった。
那月はついそれに見とれて、近づいてしまう。
「ーーっ!」
翔が近づく那月を指さすと、そこから黄色の糸が発生し、那月の鼻先を掠めて焦がす。
「ーーいっっっ!!」
那月は驚き、足を数歩後退させる。
直後、鼻を押さえた那月は鋭い視線を翔に向ける。
「ってぇな!何しやがんだ翔!!」
「お前こそ、俺の邪魔をするな」
「邪魔だとぉ!」
「あぁ、邪魔だ」
頭にきた那月が翔に掴みかかる。
いつもならここで誰かしらが止めに入るのだが、あいにくここには音淵先生も紅蓮も日奏もいない。
那月は力に任せ、翔を寮の白壁に叩きつける。
「なにしやがん、だ!」
次に翔が、那月の顔面にストレートを決める。
少しよろけた那月は、直ぐに体勢を立て直し、反撃する。
翔の腹部にも見事な一撃が入り、那月と同じく数歩後退する。
そこからは二人の殴り合いが始まった。
だが、直後冷たい声が二人を止める。
「ねぇ」
「「ーー!!」」
驚き振り向くと、そこには喋るのが苦手でいつもおどおどしている雫玖の姿があった。
しかし、どこかいつもと違う。
いつもの雫玖ならば、もっと言葉につっかえつつも、優しく暖かな言葉を投げかける心優しき少女である。
だが、今はどうだろうか。いつものそれとはまるで逆。言葉は滑らかに繋がり、それでいた怒りを内包した冷たい視線と言葉を放っている。
「ど、どうした?」
「下」
那月の質問に雫玖は下を指さす。
まるでガラクタ玩具のような動きで下を向いた翔と那月は雫玖の怒りの原因を見て、顔を青ざめる。
そこには湿って黒みがかった土から、ひょっこりと顔を出す小さな新芽が、無惨にも踏み潰され、葉を散らしていた。
その新芽は雫玖が入学式の日に植えた、菜の花の種から出たもので、入学から四日目の今日、やっと発芽したものだった。
「ねぇ、謝って」
「す、すまん。まさか雫玖がここではな育ててたとは知らなくて……ほんとすんませんした!」
「私じゃなくて、お花さんに謝って」
「「は?」」
那月たちは疑問符を頭に浮かべるが、雫玖の吊り上がった目で睨まれ、足元にある菜の花の新芽に土下座を決め込む。
「この度は誠に申し訳ありませんでした」
「申し訳ない」
誠意一杯の土下座を見て、満足したのか雫玖は、いつものおどおどした様子に戻る。
「あ、あの…ごめんなさい。こんなことで怒っちゃって……」
「いや、こっちこそほんとにごめんな。俺たちに出来ることがあったら何でもするからよ」
「あぁ。こいつの不始末だが、俺に出来ることがあれば」
「あぁ!!」
「じゃ、じゃあーーー」
那月が、翔に絡もうとしたその時、雫玖は静かに自分の望みを伝えるのだった。
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