30話 退学
「頼むよ!!どうにかしてくれよセンセ!!!」
「ちょ、ちょっと………!」
鬼気迫る表情で、那月は白衣の教師の肩を乱雑に揺する。
整えられたコルク色の短髪が揺れに耐えきれずに四、五本外に跳ねたところで、色白の手が那月を止める。
「落ち着きなさい!」
那月が大きく深呼吸をして、息を整えるのを待つと、先刻の言葉を繰り返す。
「だから、さっきも言ったけれど、あなたの魔力神経は既に完治しているのよ」
「じゃあ、どうして、スキルが使えないんだよ!」
那月は音淵先生の言いつけ通り、保健室に行き、初峰先生の診断を受け、結果は魔力神経の怪我自体は既に完治済みとうものだった。
そう、怪我自体はーーー
「それは、あなたの魔力神経が強化されたからよ」
「強化……?」
「そう。あなたの魔力神経は急激な負荷、そして急速な回復を経て、その大きさが大きくなり、更に数が増えたの」
「……うん」
「それで、あなたの魔力神経全てに流すための最低魔力量が、あなたの最大魔力量を超えてしまったために、体全身に魔力が供給されず、スキル発動に必要な魔力のバランスが取れずにスキルが使えなくなってしまったの。……わかった?」
「…………………」
「分かってないわね」
苦笑いを浮かべる那月に、初峰先生はつまり、と続ける。
「つまり、あなたの魔力神経に必要な魔力……仮に10としましょう。元々、十の魔力が必要だったのが、強化され事によってそれが四十も必要になってしまった。しかし、あなたの魔力は二十しかないから、足りなくてスキルが使えないということよ」
「……!なるほど!よく分かったっす!」
「私は算数を教えたくて教師をしているわけじゃないのだけれど……」
初峰先生はぼやきながらも、次には真剣な眼差しで那月を見る。
「でも、智也くんの言うことも最もなのよね」
「というと……?」
「本来、スキルというのは魔力神経の発達によって強化されるものなの。そして、特殊なケースを除いて、魔力神経の発達に乗じて、魔力の総量も上昇するわ。だから、人はスキルを使えなくなることが無い。むしろ強くなり続けるわ。でも、あなたは違う。魔力神経が発達しすぎてしまった。魔力を置き去りにしてね。……魔力神経と魔力量の上昇が比例するならば、その逆もまた比例するわ。これが意味することは、あなたがいくら魔力量を上げる訓練をしようと、魔力神経に必要な最低魔力量には届くことは無いということよ。それこそ今回あなたがやった急速な成長をしない限りはね……」
「ま、マジすか……」
どうすることも出来ないという現実を改めて突きつけられた那月は瞳を伏せ、明らかに落ち込んでいた。
だが、こればかりは初峰先生にもお手上げなようで、上手い言葉は出てこない。
代わりに引き戸から、魔力活性薬を取り出す。
「はい、これ。無駄だとは思うけど、一応魔力を活性化させる薬を渡しておくわ。魔力の成長を手助けしてくれるから、それを毎朝服用すること。くれぐれも一日二錠以上飲まない事!分かった?」
「う、うす」
流石の那月も、死ぬから!と念を押されれば絶対に一日一錠の服用にとどめようと心に誓うのだった。
保健室から出た那月は寮へと一直線に向かった。
ランプブラックに塗装されたアルミ製の両開き扉に手をかけると、自分の体側に引き寄せる。
扉の隙間から白光が、茜色に染まりかけている外界に漏れる。
「あら、那月くんおかえりなさい」
優しげな微笑みを浮かべ、新妻のような包容力のある感じで、迎え入れるのはめめである。
手にはサラダの入った皿を持っており、どうやら夕食の準備をしているようである。
めめの声で那月に気づいた紅蓮と日奏が、ソファに腰をかけつつ那月に声をかける。
「よっ。やっと帰ってきたか……んで?どうしたんだ?昨日まで「やべぇ、俺最強になっちゃったかも!」とか言ってたじゃん」
微妙に似ている紅蓮のモノマネに那月は少し恥ずかしさを覚えたものの、プレイヤーを辞めるかもしれないという現実に、視線が下がる。
那月はかぶりをふって、無理矢理顔に笑みを貼り付けると、紅蓮の横に腰をかける。
「いやぁ、なんでもねぇよ。ただ……進路相談……そう!進路相談をしておりまして」
「ダウトだよ那月」
「ぐっ……なぜ……?」
日奏に嘘だと言われ、目に見えて狼狽える那月。
それに対して、日奏は笑いを抑えられず、吹いて漏れる。
「まず、笑い方。無理してる笑いだよ。言い訳も入学して一週間も経ってないのに進路相談なんてあるわけないじゃん。口調もおかしいし、よくそれで嘘をつく気になれたね」
呆れたという口調で、しかし続く言葉は少し悲しみの色が浮かんでいた。
「会って数日しか経ってない僕たちだけど、嘘をつかれるのは少し……いや結構傷つくよ」
「すまん。実はなーー」
那月はスキルが使えないこと、その原因や、もしそれが解決しない場合は学校を退学することなど、包み隠さず洗いざらい吐いた。
「えぇー!!那月っち辞めちゃうの!?」
いつの間にか那月の周りには翔を除いた全員がおり、最初に愛莉が驚きの声を上げる。
「まぁ、可能性はあるけど……辞めねぇよ、辞めてたまっかよ!!」
那月は意志の籠った視線で、そう宣言する。
何も言えずにいるクラスメイト達は、めめのパンと叩かれた手に、視線を集中させる。
「じゃあ、今日は週末ですし、親睦会も兼ねて、『頑張れ、那月くん会』をしましょう」
「おぉ!いいじゃん!」
「やろうぜ!やろうぜ!」
愛莉と紅蓮を筆頭にパーティー雰囲気がリビング全体に広がる。
「那月もやるよね?」
「………おぅ!やろうぜ!」
日奏が、那月に声をかけると、数瞬の間を開けて、紅蓮たちの輪に混ざりに行く。
元気になった那月を見て、日奏も心配そうな顔を笑みに帰るのだった。
その後、一年A組寮のリビングは、深夜までどんちゃん騒ぎだったとか。
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