26話 覚醒
百花の悲鳴が辺りに木霊する。
しかし、その後百花から間抜けな声が漏れる。
「え……」
ゴブリンセイバーの高々と掲げられた剣は振り下ろされ、翔の目の前の空を切ったのだ。
「ギギ……?」
己の目測を外れ、手前に落ちた剣を見つめ不思議そうに首を傾げるゴブリンセイバー。
翔も自分を両断すると思われた銀色の剣先が鼻先を掠めた事に驚きを隠せないでいる。
「おいおい、大丈夫かよ?腰でも抜けちまったのか?」
静寂を、吐息混じりの低い声が突き抜ける。
百花、翔、ゴブリンセイバーの視線が同時に一箇所に集まる。
「え、どうして……」
ゆらゆらと体を起こして、ゆっくりと歩き出す。
黒色の髪はボサボサで着ている服もボロボロ。
頭からは血が流れ、身体中の至る所に傷がある。
「ーーー那月くん……!」
そんな状態で薄く笑う少年の名前を百花が叫ぶ。
那月は百花を一瞥すると、大丈夫だと言うように片手を振る。
「白浪よ。そんな所で寝てると風邪ひくぜ?」
「うるせぇ。今まで寝てたくせによく言うぜ…」
今までで一番緊張感の無い会話に思わず今が戦闘中だということを忘れてしまいそうになる。
「ギギャァァァ!!!」
しかし、ゴブリンセイバーの咆哮でその場に緊張の空気が流れる。
「!?……黒滝、百花を連れて逃げろ。ここは俺が……」
「なんだ、お前にしてはやけに弱気じゃねぇか?」
「そんな事を言ってる場合じゃないだろ!このままじゃ全滅だ!」
「それが弱気だっつってんだよ!……いいからそこで見てろ」
那月は立ち上がろうとする翔を押さえつけて無理矢理に座らせると、大きく距離を取ったゴブリンセイバーに向き直る。
「こいつは俺が倒す……!」
「ーーっ!」
直後、那月の体から、まるで空気に雷が落ちたかのようなピリピリとした威圧感を感じる。
ゴブリンセイバーもそれを感じたようで、長剣を強く握りしめる。
「さぁ、やろうぜ」
「ギギ、ギギャァァァ!!」
那月が手を素早く二回上下に揺らして挑発をする。
挑発を受けたゴブリンセイバーは気合いを声に乗せ、足に力を込め地面を蹴る。
「ギャァァァギァァァ!!」
剣を腰の横に据えると、那月の目の前で水平に薙ぎ払う。
「ーーー遅いな」
それをしゃがんで回避すると、剣が頭を通り過ぎるのを確認して、無防備に晒された腹部に手を当てる。
「《:重力》」
那月の言葉が静かに響く。
すると、ゴブリンセイバーの体が轟音を発して地面に落ちる。
「ギギ、ギギギ……」
体が突如として鉛の如き重さになり、指の一本も動かせないのだ。
百キロを超える重さの岩をも軽々と持ち上げる筋力を持つゴブリンセイバーが動くことも出来ないのだから、そこにかかる重力は相当に重たいのだろう。
那月は地面に這いつくばるゴブリンセイバーに目を向けると、次いで足元に落ちている身の丈ほどの大きさにもなる剣に移す。
「《:重力》」
再度同じ言葉を告げると、その長剣を軽々と持ち上げる。
「終わりだな……」
最後に小さく呟くと、長剣を頭の上に掲げ、振り下ろす。
銀色に光る長剣は風切り音を伴って、ゴブリンセイバーの首を綺麗に両断した。
切断された部分は一瞬遅れで、赤黒い液体を噴水の如き勢いで辺りに撒き散らす。
血の雨に濡れながら振り返る那月は翔を見てニヤリとする。
「終わったぜ、白浪」
「………………………」
唖然として、目の前の光景を見つめる翔。
暫くして、はっと我に返ると、その事態を起こした那月に目を向ける。
「お前、どうやって……うおっと!」
翔の言葉が最後まで続く前に、糸が切れたように那月の膝が折れる。
翔はそれを受け止める。
「はは、あれ?おかしいな、力が、入らねぇ」
「当たり前だろ、お前の体ズタボロだ」
翔の言葉に那月が吹き出すと、大粒の涙を目に浮かべた百花が走りよってくる。
「那月くん!大丈夫!?」
「うお!百花!?大丈夫だって…!」
百花は那月を無視して、その体に触れる。
そして、驚きと怒りを瞳に宿す。
「那月くん!両足両腕、それと肋骨を三本の骨折!どうしてこれで動けたの!?」
「え、いやぁ?なんでだろ?」
百花はその言葉により一層怒りを表して、那月に床に横になるように命令する。
「全くもう!こんなになって……でも、ありがとね」
那月の体に触れながらスキルを使う百花が感謝の言葉を零す。
「那月くんがいなかったら私も翔くんも死んじゃってた。ほんとにありがと」
「ありがとう」という言葉にあまり慣れていない那月は頬をかこうと腕を動かして、百花に怒られる。
そんなやり取りを横目に翔が呟く。
「……お前は弱い」
「あ?」
突然弱いと言われ、那月は拳を当ててやろうかと握り拳を作るが、続く言葉に笑いを零す。
「だから、せいぜい俺のライバルになれるように頑張りやがれ……那月」
「は?……ぷ、アハハハハ、ハハハハハ!!」
顔を背ける翔の背中で腹を抱えるほど笑うと、激痛が体に走る。
しかし、それでも笑いは止まることを拒み、那月の体を痛めつける。
やっとの思いで、笑いが止まると、息を整える。
「ふー、悪い悪い。……いいぜ。絶対なってやるよ。翔、お前のライバルにな」
那月が体を起こして、翔に拳を向けると、翔も振り返り拳を伸ばす。
互いにニヤリと口を半月型にすると、伸びた拳をぶつけるのだった。
「もう!那月くんは動かない!」
漢の空気など読めるはずも無く。
百花は那月の肩を掴むと床に叩き込むのだった。
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