24話 厄災の魔女
「ん……ここはどこだ……」
目が覚めると、視界は白く染まり、見知らぬ天井が那月を出迎えた。
「おや?お客さんとは珍しい」
静かな空間に一つ女性の美しい声が響く。
那月は驚き、体を起こして声のした方へ振り向く。
声の主は白ばかりが広がる空間には異色の黒の椅子に座り、黒のテーブルに頬杖をついて、那月をじっと見つめていた。
女性の髪は黒色で、サラリと腰の辺りまで伸びていた。
毛先まで手入れの整ったそれは一瞬、天使のベールと見紛うほどである。
瞳はまるでルビーの様に紅く美しい。
鼻は小さく、唇も桃色に輝いている。
どれをとってもこの世のものとは思えない程に美しく、だからこそ那月はここが天国かと錯覚を起こしてしまう。
「えと、誰ですか?」
何とか出た質問は当たり障りのないものだった。
「ふふ、なるほど。君は積極的な人なのだね……黒滝 那月くん」
「え!?どうして俺の名を……」
名前を知られていることに驚きの声を上げるが、それ以上何かを聞く前に女性の声によって遮られる。
「失礼。私の名はクロエ。ここの管理人にして、かつて厄災の魔女と呼ばれた少しおっかないお姉さんです」
にっこりと笑う女性ーークロエは手招きをして那月を椅子に座るように勧める。
那月は木製の椅子に腰を下ろすと、出された紅茶を飲み、クロエを見る。
「ここは天国ですか?」
「わお、直球だね。駆け引きとかはしない感じかい?」
那月の言葉に少し驚いた顔をしたクロエは優しそうに微笑む。
「安心していいよ。ここは天国じゃない。強いていえば心の中……かな」
「なる、ほど。つまり俺はまだ死んでないってこと?」
「そうそう。まだ、ね」
含みのある言い方に那月は次いで質問をしようとするが、クロエに手で制される。
「君ばっかり質問するのはずるいと思う。私からも一ついいかな?」
「いいっすけど…」
「では、君の両親の名前を教えてくれるかい?」
那月はよく分からないという様な顔をするが、クロエは本気で知りたがっているようだった。
「俺の両親の名前……正直よくわかんねぇんだよな。確か母ちゃんは黒滝 桜って名前だった気がするけど父ちゃんは知らねぇな」
「よく分からない、というのはどういう?」
「俺の両親は俺が産まれたすぐあとに交通事故で死んじまったらしい。誰も両親の事は話したがらないから、よくわかんねぇんだよな」
「……なるほど」
クロエは顎に手を当てると、小さく頷き、何かを考え始める。
暫くして、クロエはなんでもないという風に笑ってみせる。
「まぁ、お互い聞きたいことは沢山あるだろうけど、一つ重大な事を忘れてないかい?」
「重大な事?」
那月は首を傾げると、直ぐにそれを思い出す。
「あ!デカゴブリン!そうだ、俺こんなことしてる場合じゃねぇんだ!今すぐ行かねぇと!」
那月が慌てて椅子から立ち上がり、駆け出そうとする。
しかし、クロエの言葉に動きを止める。
「行って、どうするんだい?」
「そりゃあ戦って……」
「戦ってまた負けて、今度こそ天国に行くつもりかい?」
「でも、急がねぇとそれこそ取り返しのつかないことになっちまう!」
「あぁ、その辺は心配しなくていいよ」
クロエは一度言葉を区切ると、再度那月に座るように促す。
那月は渋々といった顔で椅子に腰をかける。
「さっきも言ったけど、ここは心の中みたいなものだ。心とはつまり思考のことだね。人は考えるとき必ずしも同じ時間を進んでいない。時には一瞬で複数の物事の答えを導き出したり、時には何年もかけて一つの答えを導き出す」
「……?」
「簡単に言うと、今ここで私と一日中語り合っても現実では一分もしない出来事だということさ」
「なるほど、じゃあここでめっちゃ修行して、あいつを倒せるくらいまで強くなればいいって訳だ」
那月は立ち上がると直ぐに腕立て伏せを始めた。
「君は飲み込みは早いけど、頭が悪いのかな?」
「は!?」
「何度も言うけどここは心の中。夢でいくら鍛えても実際の体にはなんの変化もないでしょ」
たしかに!と、那月が落ち込む。
すると、クロエが質問をする。
「君はどうしてあのゴブリンセイバーに勝ちたいのかな?」
「……決まってんだろ。俺は最強のプレイヤーになる男だ。だからモンスターには負けられねぇし、目の前の仲間をみすみす死なせたりは出来ねぇ!」
クロエは今度こそ本当に驚愕を顔に浮かべる。
そして、ふっ、と吹き出す。
「ふふ、あはは、アハハハハ!!」
「な、なんだよ…!」
「あはは、ごめんごめん。そっか最強のプレイヤーか……なるほどね」
クロエは目尻に浮かぶ涙を拭いながら那月の言葉を咀嚼する。
那月は笑われた事に少し不機嫌そうに頬を膨らませる。
「そりゃあ確かに、あいつを倒さなきゃだね」
「…!そう!だから早くこっから出してくれ!じゃないと仲間が死んじまう!」
「でも、今の君の実力じゃあ、死ぬのが関の山だよ」
「う……」
クロエの体の芯を掴むような低音に那月は事実を突きつけられ、呻き声を上げる。
那月が顔に影を落としたところで、パンとクロエが手を叩く。
「そんな那月にわたしから一つ提案があります」
「提案……?」
「そう。君にとって、いい話だと思うよ?」
那月は無言でそれを受諾する。
「私の提案というのはね……君に力をあげるというものさ」
「力を、くれる……?」
那月は言葉を一つ一つ咀嚼するが意味がわからず、首を傾げる。
「そう。きみに私のスキルを譲渡するのさ」
今度こそ本当に分からない。
本来スキルとはその人一人のものであって、受け渡しも変更も出来ない。
仮に出来たとして、自分の一つしかないスキルを他人に渡したいという物好きがいるだろうか。
いや、きっと世界広しといえどいないだろう。
那月は怪訝そうにクロエを見つめる。
「あんた、何者だ?」
「ん?何を今更、私は人さ……半分はね」
「半分?」
「そう。私は半人半魔。魔物と人間の間に生まれたモノだよ」
「魔物……!」
直後、那月は警戒心を顕に椅子を立ち上がる。
対するクロエは残念そうに紅茶を啜る。
「でも信じて欲しい。私は君に好意を抱いている。いや、好奇心を。だから君の害となるような事はしないと約束しよう」
「信じられるわけ……」
「まぁ、信じられないのも無理は無い。ならば、この話は無かったということで。今すぐに君を現実へと返してあげるよ。でももし君にその気があるのなら目を瞑ってくれないかい?」
那月は最後までクロエの存在を計り兼ねていたが、とうとう観念してゆっくりと目を閉じる。
「全部信じろというのは出来ないが、あんたが俺になにかするとも思えないからな」
「ありがとう。とても嬉しいよ」
クロエの声は少し弾んでいて、心から嬉しく思っているようだった。
そして、クロエはそのスキルについての説明を始める。
「今から君に渡すスキルの名は《反帝》。この世の全ての断りに反することが出来るスキルだよ。使い方によっては君を最強のプレイヤーへと導いてくれるだろう」
でも、とクロエは続ける。
「君ならほぼ確実に成功するだろうが。もし失敗したら君は死んでしまう。最後に聞くけど、ほんとにいいのかい?」
「死ぬ覚悟ならここに来る前に決まってる。いつでもいいぜ」
那月が笑ってみせるとクロエはそうか、とだけ答え、沈黙する。
静寂の間が二人の間に流れ、那月が焦れったく思えてきた頃唇に柔らかい感触が伝わる。
驚きに目を見開くと、クロエの閉じられた瞳が目の前にあり、少しだけ、その顔が赤くなっているのが見て取れた。
数刻後、離れたクロエの顔はとても赤く、二人の間には銀の糸が一本繋がっていた。
「……これで、譲渡は完了したわ。君とはもう少しお話していたかったけれど……」
クロエは名残惜しそうに顔を伏せるが、大きく顔を上げるとにっこりと満面の笑みを那月に見せる。
「今度来る時は、お土産話よろしくね」
那月は何か言葉を返そうと喉に力を入れるが、直後体の芯が焼けるような激痛に苛まれる。
「うあぁぁぁぁぁぁがァァァ!!!」
激痛の中、最後に見たクロエの顔はとても心配そうで、それがとても印象的だった。
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