2話 近未来
電車に揺られること二十分。電車は隣駅に着き、その動きを止めた。
ドアが静かに横にスライドし開くと、車両の中にいた学生達が雪崩のように駅のホームに降り立つ。
那月もその流れに沿って電車を降り、改札口の列に並ぶ。
列に並ぶ学生達の目には闘志の色が浮かんでいるが帰る頃には燃え尽きていることだろう。
そんなことを考えながら那月は改札口を抜けるのを待つ。
改札口を抜けると学生達は一直線に駅を出るが、那月は駅内の弁当売り場へと足を運んでいた。
時間的には十時を過ぎていないが、朝食を抜いた弊害としてお腹が唸り声を上げているのだ。
しかし、あまり多くの物は食べられない。
それは試験が筆記試験と、実技試験に別れているからである。
筆記試験は国、数、社、理、英の基礎五教科にプラスしてスキル学の全六教科となっている。
対して実技試験はどのようなものか、試験が始まるまで知ることは出来ない。
マラソンなのか、試験管との模擬戦なのか、それは誰にも分からない。
ただひとつ言えることは、たった五年で名門と言われるようになった高校が、生ぬるい試験を行うはずがないということである。
那月はおにぎりを二つほど手に取ると、店員に百円硬貨を三枚渡して、売店を後にした。
駅を出ると、そこには近未来的な光景が広がっていた。
「おぉ.........」
那月はつい感嘆の声を漏らしてしまう。
さらに、周囲の何処を見ても人々がスキルを使って商売をしているではないか。
スキルの使用は元来禁止されおり他の場所で使用しようものならば『スキル不使用法』によって裁かれてしまう。
しかし、ここはダンジョンプレイヤー育成機関の近くということもあり、周囲に被害を与えないのであればスキルの使用を許可されている。
よって、ここら一帯では『スキル商売』というものが行われており、一駅隣の那月の住む都市より大きく発展しているのである。
普段見ない光景に那月は唖然と立ち尽くしてしまった。
気を取り直し、駅から弾校へと延びる大通りへと足を踏み入れると那月はまず、おにぎりの封を解く。
戦場へと赴く前のエネルギー補給である。
味海苔の香りを鼻で感じながら、三角形の一角に齧り付く。
シャキシャキとした海苔とモチりとした白米の食感、噛み進める毎に口いっぱいに広がる白米の甘みと口を窄めたくなる梅の酸味が合わさり、那月の頬がつい緩む。
梅おにぎりを瞬く間に平らげると、二つ目のおにぎりに手を出す。
こちらは鮭おにぎりであったが、白米と焼き魚の塩味が絶妙にマッチし、二口、三口と、食べる手が止まらない。
「上手いな.........流石、駅おにぎり。コンビニのとは一味違う.........む、あれは?」
那月が、おにぎりに舌鼓を打ち、普段食べるコンビニのものとの比較を始めると、何処からか香ばしい香りが漂い始めた。
つい香りのする方へと視線を向けるとそこには食品街が広がっていた。
数多の食品が互いを牽制するかのようにジューシーでフルーティーで、時にスパイシーな香りを漂わせている。
左には焼き鳥屋、右にはカレー屋、さらに奥には中華料理屋とどれもとても美味しそうである。
思わず足を向けたくなる光景にしかし、那月は踏みとどまった。
それは食品街が大通りから逸れた道にあるからである。
弾二四高校は大通りを真っ直ぐ行った先にある為食品街は寄り道となってしまう。
さらに一歩食品街に入ると度重なる魔の誘惑によって恐らく、いや確実に入試の時間に間に合わないだろう。
その考えに至ると那月は渋りに渋り、目尻に溜まる熱いものを拭い顔を背ける━━ついでに口元の液体も忘れずに拭き取る━━と再び大通りを歩き出す。
それから数分後、那月よりも早くに駅を出ていった受験学生の集団が見えてきた。
どうやら何かあるようで、そこには受験学生だけでなく観光客も沢山いた。
近くによると、人だかりの中心には一人の男がおり、芸をしているようだ。
炎系のスキルを巧みに扱い、その炎でお手玉をしたり、小さな花火を出している。
よくよく周りを見ると、至る所に大道芸人がおり、肉体強化系のスキルで重そうなダンベルを持ち上げている人や氷系のスキルで小さなスノードームを再現する人など様々である。
先程まで歩いてきた道が売店エリアだとするならば、ここから先は観光エリアと言うべきだろう。
観光エリアを歩くこと数十分。道の端にビニールシートや踏台を置いて芸を行っていた大道芸人達は奥に進むほど数を減らしていき、遂に見られなくなった。
代わりに道の端には多種多様、色とりどりの花々が咲き乱れ、まさにフラワーロードと言うのが相応しい光景である。
誰が手入れしているのか、枯れ花、折れ花の一つ無い花壇は見る者を魅了し、目を釘付けにするだろう。
余りの美しさに受験学生は時間も忘れてその花壇に見入っていた。
もちろん那月も綺麗だとは感じていたが、花に興味の無い那月にはどれも同じに見え、足を止めることは無い。
横を通り過ぎる花々は寂しそうに那月を見ているがそれは知らないことである。
フラワーロードをものの数分で通り過ぎると目の前に大きな建物が現れる。
白を基調とした大きな建物の左右にはこれまた大きな建物が屹立している。
左の黒い建物は訓練棟。ダンジョン探索をする事の出来ない下級生の訓練や上級生達の研鑽の場として使われることが多い。
一階建てで部屋数も五部屋しかないが、一部屋の大きさはとても大きく、全校生徒全員が入っても狭くない広さである。
続いて右に見えるのが寮棟である。寮棟は各クラスごとに別れており、今年は右から一年A組、一年B組、二年A組となり一番左に三年B組がある。六棟もあるこの学生寮は完全に生徒のプライベート空間である。各寮にはそれぞれ三つのフロアがあり、一階はキッチンや風呂などの公共スペースで二階、三階は各フロア十五前後の部屋数がある宿泊施設となっている。
最後に正面に佇む白い建物はこの学校━━弾二四高校の本館であり、生徒達の学び舎である。
一番大きな本館の部屋数はこれまたいちばん多い。しかし、ほとんどが教師の宿泊施設や実験室として使われ実際に生徒が教室として使うのは、三学年合わせて六部屋しかないという。
これらの建物全てが弾二四高校のものであり、国営だからこそなせる業といっても過言ではない。
敷地面積など数えるのも馬鹿らしく、掛かった費用など想像することも出来ないことだろう。
百聞は一見にしかずとは言うが、これほどまでに格が違うとは思わず、さしもの那月もその場に立ち尽くしてしまった。
本日二度目の驚愕的光景に脳の整理機能がフリーズし、瞬きも忘れ校舎を睨む。
「━━━━ここが.........弾二四高校.........!」
目に憧憬の念を浮かべ独り呟いた那月は、はっと我に返り己の背丈の十数倍も大きな校門に気づく。
校門より先の光景があまりにも常識から外れていて気が付かなったが、この門も明らかに常識の埒外である。
背丈の五倍以上大きくても目を疑うほどであるのに、それが二桁ともなると文句の付けようもなくなるというものだ。
考えることを放棄した那月は、さらに高まった緊張で、重くなっている足を持ち上げ、校門の前に出来た受験者の列に並ぶ。
列が進み那月の番が回ってくる。
そこには黒縁の丸メガネを掛けた受付嬢然とした女性が椅子に腰を掛けており、目の前にはテーブルが置いてある。
テーブルの上には紙の束が置いてあり丁寧に揃えられていた。入学願書である。
「次の方ー。願書と、身分証の提示をお願いします。」
「身分証は『スキル証』でもいいんすよね?」
スキル証とはその名の通り、己のスキルを証明するカードである。
カードには名前とスキル名が書かれており国民の誰もが持っている。
役所から発行されるそれは、当然身分証となるだろう。
「はい。問題ありません」
受付嬢然とした女性の確認が取れると、那月は背後に背負うバックから入学願書とスキル証を取り出し、それを提出する。
「黒瀧 那月君。スキルは.........重力......?珍しいスキルね、強そうだわ」
「そっすね.........。」
スキル証を見た受付嬢は率直な感想を述べた。
しかし、受付嬢の言葉を受け取った当の本人は何処か遠い目をしていた。
確かに那月のスキルは珍しいものである。
重力を操るスキルなんて強そうに見えるかもしれない。
それが物体の重さを上下五百グラム変化させるなんて効果じゃなければ。
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