17話 第七、第八試合
「九九 百花、大祓 禊。準備しろ」
音淵先生が闘技場を下りると、逆に二人の生徒が闘技場へと登っていく。
手前の段から登るのは、口元を黒いマスクで隠し、深くフードを被った少年ーー禊。
フードから覗く白髪が長いせいで顔がよく見えないが、青い瞳で、口元を隠すマスクには白い幾何学模様が描かれている。
対して反対側から登るのは桃色の髪を肩にかかるくらいに伸ばした少女ーー百花である。
そこまで大きくない胸は、ジャージに隠れて更に小ささを際立たせている。
「あれ?あいつ……」
「………!」
那月の言葉が聞こえたのか、百花が那月の方を向く。
しかし、視線が合うとぷいと顔を逸らされてしまった。
「なんか、顔そらされなかった?」
「お前が風呂を覗いたことに腹立ててんじゃねぇの?」
「なっ!」
からかうように紅蓮が言う。
先日、那月はとある女子生徒の下着姿を偶然にも目撃してしまった。
その相手が百花なのである。
那月に非が無いとはいえ、紅蓮の言った事は合っていると言っていいだろう。
紅蓮の言葉に那月が反応すると、それと同時に日奏も振り返り、那月を睨みつける。
「那月……下着ってどういうこと!」
「いやいやいや、事故だから事故!」
ほっぺを赤くして睨みつける日奏に、那月は大きくかぶりを振って、それを否定する。
日奏は怪訝そうな目を向けるが、那月が必死に首を縦に振る姿を見て、ほっと胸を撫で下ろす。
「良かった。もし那月が女子の下着姿を覗くような変態さんだったら……どうなるかわからいところだったよ」
笑みを浮かべる日奏の姿を見て、今度は那月が安堵する。
「ははは、ところで先生、いつものお願いします」
「はい。禊くんは《言霊》という言葉を使うスキルみたい。詳細は分からいないかな」
「ふむふむ」
「百花さんは《天女》。回復系の珍しいスキルだね」
「回復系?じゃあ、ゴーレム相手の戦闘は難しかったんじゃ?」
「忘れたのかい?紅蓮。あれはゴーレムを倒す試験じゃなくて、実力を示す試験だ」
「そう。むしろ実力を示すという点では回復系ほど示しやすいものは無いよね」
颯の答えに日奏が続く。
それに対して紅蓮がたしかにと頷く。
「でも、今回は対人戦。彼女のスキルじゃすぐに降参かな?」
「うーん、どうだろ。百花さんはただのヒーラーじゃない気がするな……佇まいとか」
日奏が百花をなぞるように見る。
立ち姿は至って普通であるが、どこか強気なオーラを纏っている。
可愛らしい顔には似合わない雰囲気を纏う少女は静かに語りかける。
「大祓君。私は戦闘が苦手だけど、出来ないわけじゃないの。朝日ちゃんの家で武術を少しだけ習ってたんだ。だから、降参してくれると助かるかな、なんて」
百花が可愛らしく手を顔の前で合わせ、首を少し傾げる。
しかし、禊も違う意味で手を顔の前に持ってくる。
「ごめん。僕も戦闘は苦手だけど勝負の前から降参するのはちょっと……」
歯切れの悪くそう言うと禊は音淵先生に視線を向ける。
音淵先生は小さく頷くと試合開始を宣言する。
「第七試合。レディ、スタート!」
「どうなっても知らないよッ!」
開始と同時、百花が地を強く蹴る。
しかし、その拳は禊に届くどころか、身体が走り出してから五十センチも行かないところで止まってしまったのだ。
「束縛札」
百花の四肢に四枚の札が絡まり、同時に百花の動きが止まる。
『束縛札』、その名の通り生物の動きを拘束する札である。
どうしてそれを禊が持っているのかは謎だが、今は関係ない話である。
動きの止まる百花に近寄ると、そのまま禊は降参を促す。
「分かった。私の負け、降参します」
その言葉を聞き、音淵先生は試合を終わらせる。
「第七試合。大祓 禊の勝利」
あまりに呆気なく終わった試合に、辺りがしんと静まりかえる。
そんな中一人の少年は静かに耳を赤くする。
「強気なオーラねぇ」
「ただのヒーラーだったな」
「日奏……」
「ッ〜〜〜〜〜〜〜ーーーーー」
日奏が頭から煙を噴いたところで、煽っていた四人がフォローを入れる。
「次、第八試合。無花果 結夢、橘 花恋。準備しろ」
音淵先生によって、第八試合のメンバーが指名される。
これによって、残る生徒はあと四人。
影谷 鵺、熊川 獅雄、白浪 翔、そして黒滝 那月である。
「あと四人……翔の野郎との試合が見えてきた」
那月が不敵な笑みを浮かべる。
翔の方も似たような顔をしている。
次の試合、またはその次の試合で那月と翔が戦う可能性が夢から現実に近づいているためである。
二人に炎のような雰囲気が纏わり始めた頃、闘技場に一人の少女が現れる。
小柄な少女。白く短い髪を左側で結んで、それをフリフリと揺らしながら、段を一つ一つ登っている。
手には何も持たれていないが、腰には一本の短剣が吊るされている。
赤い瞳を持つその少女は花恋である。
スキル《標的》。対象の標的を変化させるという特殊系のスキルである。
「強いの?」
日奏の説明に翔との戦闘に思いを馳せていた那月が問いかける。
確かに、一聞するだけでは強いのかどうか分からないスキルではある。
しかし、その効果は弾校に入学できるほど強力なものと予想できる。
「でもよ、どちらかと言うと盾役じゃね?」
盾役とは、プレイヤーがパーティーという複数人で組むダンジョン攻略チームを組んだ時にそのスキルや得意武器に応じて決める役職の一つである。
《標的》は、盾役の中では使えるスキルに分類されるだろう。
しかし、少女が握るのは盾ではなく、短剣である。
盾役に向いているスキルで盾を使わないのは、これが個人戦であるからか、はたまた小柄であるからか、それとも本当に《標的》というスキルを戦闘に活かすつもりなのか。
いずれにせよ、考えても答えは出ないものだと、日奏は首を振り、花恋に注目する。
「あ、あいつ……」
那月の言葉に、花恋から視線を外して手前の階段を見ると、たどたどしい足取りでそれを登る少女の姿が目に入る。
無花果 結夢。今朝、那月がうっかりぶつかってしまった相手だが、ぼーっとしているのは朝だからという訳ではなかったようだ。
ボサボサの髪を揺らして登る少女は武器を携えておらず、氷華のようにスキルで攻撃するのか、朝日のように体術で攻撃するのかのどちらかである。
結夢のスキルは《錯乱》であるため、恐らく前者だろう。
足取りも素人ーーどころか酔っぱらいのそれよりも危なっかしく、体つきもとても鍛えられたものとは思えない。
しかし、これで体術を使うと言うのならば、どれほどの達人だろうか。
一人で推理を進め、ゴクリと喉を鳴らす日奏の目の前に、二人の姿が並ぶ。
闘技場に登った二人を見て、音淵先生は試合開始を宣言する。
「第八試合。レディ、スタート」
掛け声と同時に動いたのは花恋であった。
スっと腰から短剣を抜くと、腰の辺りに左手と共に持ってくる。
そのまま地面を蹴ると、勢いよく結夢に向かって突進していく。
「ふーん、それが結夢ちゃんのスキルね」
しかし、動きが止まる。
それは、結夢が七人に増えたからである。
どれも本物そっくりであるが、うち六人は幻である。
それはスキルから推測出来る事なので花恋にも直ぐに理解出来た。
「なるほど、なるほど。でも、ボクには効かないよッ!《標的》!」
花恋がカッと目を見開くと、目の前にいる結夢がゆらゆらと揺れて、煙のように空気に溶けて消える。
これが花恋のスキル《標的》である。
対象の標的を変化させるというのは自分も例外では無い。
自分の標的が結夢の幻を捉えているのならば、別のものに標的を定めれば良いだけの話。
花恋は咄嗟の判断で、地面に標的を定めたところ、見事に成功したため少し気分が上昇する。
しかし、直ぐにそれが油断に変わる。
花恋にスキルが効かないと判断した結夢がどこからか取り出した短剣で背後から斬りかかって来たのだ。
「ーーッ!」
前髪が一ミリほど削られたが、何とか躱すことに成功。
一歩大きく距離も取ると、短剣を両手で力強く握り直す。
「スキル使うの諦めたの?」
「………………………?」
花恋の問に結夢は首を傾げる。
考えていることは読めないが、花恋の周りを囲む分身達が消えないところを見ると、スキルを使う事を諦めた訳では無いようだ。
「本人の居場所が分かってるなら、あっても無くても変わらないよッ!」
力強く地面を蹴ると、両手で握る短剣を素早く前に突き出す。
刃は付いていない為、当たっても死にはしない。
全力の刺突は見事にノーガードの結夢の腹部に突き刺さる。
勝ちを確信した花恋は意図せず頬が緩む。
しかし、直後驚愕に顔を歪める。
━━手応えがない……?
結夢に刺さったと思われる短剣は衝撃と共に止まるどころか空気を切り裂いたように軽い。
更に、花恋の体が結夢の体を通り抜けたのだ。
思わず振り返ると、結夢の体がゆらゆらと揺れて先程同様に消える。
「まさか分身!?でも、さっきのは確実に本体……」
短剣と虚空を交互に見る花恋。
━━分身と場所を変えられる?でもそんなの錯乱で片付けられるの?
違うとばかりにかぶりを振る。
「考えちゃダメ。ややこしい事は考えないのがボク!そう、一つ言えるのはさっきのは偽物だったこと。つまり、また本体探し!」
再度目を見開く花恋。
今度は二人の結夢の間に標的を定める。
二人同時に見破る作戦である。
「え?嘘……」
だが、どうだろう。今、花恋の目の前には二人の結夢がどこから取り出したのか分からない短剣を腹の前に構え突進してくる姿である。
━━まさか、どちらも本物?ありえない。じゃあ、スキルの不発?それこそありえない。スキルの不発なんて聞いたことも無い!
「もう!わかんないなっ!」
思考を放棄した花恋は右の結夢に短剣を投げつける。
短剣は結夢に当たると当然のように結夢を煙に変えて直進していく。
続いて、左の結夢に向けて駆けると、短剣の刺突を掻い潜り、その腹部に拳を当てる。
「また!?」
当然拳は空を切る。
「何度も何度も……だったら全員消せば、いつかは倒せるでしょ!」
文句を飲み込むと、短剣を拾い、やけくそのように近くの結夢に向かっていく。
何度も何度も結夢の分身を煙に変えていく。
そして、とうとう残るは二人になる。
「あぁぁぁ!!」
気合いとともに一人の結夢に斬り掛かる。
読めてはいたが、やはり煙になって消える。
だが、先程までとは違い、残りは一人。次で終わりである。
「はぁ、はぁ……やっとおわり……!」
大きく踏み込み、徐々に加速する。
結夢との距離が目と鼻の先となったところで花恋は地面を強くける。
跳躍と共に短剣を頭の上に掲げると、気合いとともに振り下ろす。
「終わりぃぃぃぃぃいい!!!」
本作をお読みいただきありがとうございます。
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