134話 渇望せし戦い
試合が終わっても日奏は拍手を送る気にはなれなかった。
それは他の観客たちも同様だった。
姉弟同士の対戦ということで、ただでさえどちらが勝利しても寝覚めが悪くなるのに、試合を振り返ってみると玲生が一方的に朝日を苦しめる展開が何度も繰り返さる始末。むしろ観客の方が疲弊していた。
「朝日の弟だかなんだか知らねぇが、姉貴をボコす奴が良い奴だとは思えねぇ! 試合で当たったら朝日の分までぶん殴ってやる!」
「俺も同じ気持ちだぜ!!」
どこか疲れた空気が漂う観客席でありながら、那月と紅蓮は燃えていた。
怒り狂う感情が熱気となって二人を包み込んでいるのだ。
日奏が暑いな〜なんて思っていると、那月の目が日奏を捉える。
「日奏はムカつかねぇのかよ! 来栖流に努力の全てを捧げた朝日が、適当な野郎に負けたんだぞ!」
「僕だってムカついてるよ。目の前に彼がいたら、きっとビンタだけじゃ済まないだろうね。──いいや、もっとかな」
日奏はその場から立ち上がると、廊下へ消えていきそうな玲生に向かって大きく叫んだ。
「玲生!! 僕と勝負しろ!! お前をボコボコにして、そのひねくれた根性を叩き直してやる!!」
言い終えてふんすと鼻を鳴らす日奏。
それを見た那月と紅蓮は二人で顔を見合わせ笑った。
しかし、日奏の声を聞いた当の本人は、笑ってなどいなかった。
「……お前ごとき小物は最早俺の敵じゃねぇ」
玲生は観客席には届かない小さな声で呟くと、今度こそ廊下へと姿を消した。
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玲生が闘技場から姿を消し、朝日が担架で運ばれる。
羽攘によって破損した闘技場の修繕が行われ、その間約十分。
新品同様真新しくなった闘技場の上に浮かぶモニター。そこに整理されたトーナメント表が映し出される。
一分後、画面が切り替わり、真っ暗な二つのシルエットが表示された。
『さあさあ、各選手第一回戦を終え、体は疲れて悲鳴を上げていることでしょう。しかし、まだまだ試合は続きます。ここからは一回戦を勝ち抜いた猛者共がぶつかり合う二回戦! 観客の皆様はその目を閉じぬようご注意ください! それでは始めましょう! 二回戦第一試合はこの二人!!』
放送で熱の篭った実況が観客席、闘技場──そして選手が待つ廊下に響く。
その声を聞いて、少年は不敵な笑みを浮かべる。
背中がぶるりと震えた。
恐怖しているのでは無い。緊張しているのとも違う。
悦び。──それは正しく武者震い。
獲物に食らいつく瞬間の獣のような表情を浮かべ、少年は廊下と闘技場を隔てる影をくぐり抜けた。
『まず初めに現れたのは第一回戦をまさかの一発KOで突破した男! 一年A組黒滝那月だぁ!!』
実況の声に当てられて、観客がドッと歓声を上げる。
拍手喝采に包まれながら、那月は珍しいことにはしゃぐこと無く闘技台に上がる。
少年はただ真っ直ぐに反対側の廊下の奥の闇を見つめる。
『対するは──白熱した一回戦を飢えた獣のように眺め、その牙はかつてないほど研ぎ澄まされた! 今回唯一のシード枠にして、その実力は未だ不明! 同じく一年A組白浪翔ゥ!!』
那月の対戦相手の名前が声高々に叫ばれる。
那月の全身にイカヅチが落ちた。武者震いが全身を震わせる。
那月と翔の戦いは入試の時より続いている。
あの時は勝負に勝ちさえしたものの、結果は那月のボロ負けだった。
その後に行われた模擬戦も那月は辛酸を嘗めさせられた。
そこから直接戦うことはなかったが、那月は翔との勝負を夢に見ない日はなかった。
翔と戦う──その夢が今日、叶えられる。
「────」
実況に名前を呼ばれ、闇に包まれた廊下の奥から足音が響く。
誰もがその音を聞こうと息を呑み、場は静寂に満たされた。
一歩、また一歩近づく足音。
それはついに境界線を跨ぎ、翔の顔が陽の光に照らされる。
金色の髪がそれらを反射し、虹色の輝きを放った。
静寂の中、彼は堂々と階段を登った。
そして、那月の前に立ちはだかる。
「やっと、やっと──やっとお前を倒す日が来たぜ!!」
感極まった那月が翔に向けて拳を突き出す。
それが合図だったかのようにせき止められていた客席の熱気が解き放たれる。
拍手喝采が万雷のごとく闘技場に降り注ぐ。
実況の声さえ聞こえないその中、那月は翔の声をはっきりと耳にした。
「──俺はお前を超えていく」
「超えていくのは俺の方だ!」
客席の声が徐々に小さくなっていく。
そのタイミングで、試合のゴングは鳴らされた。
▼
試合の熱に浮かされる闘技場。その上空に三人の人影があった。
「ホントに上手くいくのかよォ?」
白い下地に左目を赤いバツで表現したデザインの仮面を被った小柄な人物が言う。
「上手く行こうが行くまいが、我々は我々のすべき事をするだけだ」
同じく白地に右目があると思われる部分に青い円をペイントした仮面を被った長身の人物が答える。
「…………」
その二人の会話に耳を傾けながら、真っ白の仮面を被った女は闘技場を見下ろしていた。
果たして彼女は仮面の下で何を見ているのだろうか。
主君から授かった贈り物をくれてやった金髪の少年の成長ぶりか、それとも何やら嫌な予感を漂わせる黒髪の少年か。
あるいはこれから起こる災厄の、その一端に過ぎぬ微災の行く末か──。
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