129話 弱い決意
木菟vs紅蓮の試合は誰も予想しない展開を見せたが、秘められた才能は年単位で積まれた研鑽には遠く及ばず、結果は紅蓮の勝利に帰着した。
「木菟っ!!」
保健室の扉がノックもなしに開かれる。現れたのは亜麻色の髪が特徴的な少女──ルナだ。勢いよく登場した彼女は息が上り、目尻には大粒の涙が浮かんでいた。
ベットに横たわる木菟はその少女の姿を見て、彼女を安心させるように柔らかい笑みを浮かべた。
「ごめん、負けちゃった……」
「──びびずぐぅ〜〜〜……!!」
ルナは木菟の笑みを見るやいなやぶわっと滝のように涙した。ベットまで駆け寄ると、勢いそのままに飛び込んで、木菟へ抱きついた。
「グエッ!!」
「ミミズク! みみずくぅぅ!!」
ルナが木菟の名前を呼びながら彼のお腹の辺りに頭をグリグリと押し付ける。
まだ試合の傷が残っている木菟にとってそれはトドメの一撃に等しかった。
しかし、ルナのありったけの愛情が感じられ、彼はその温かな痛みに身を委ねた。
しばらくしてルナが落ち着くと、その時を見計らって木菟が彼女の抱擁を引き剥がした。
「ルナ」
「……?」
「ありがとう」
木菟がそういうと、ルナはキョトンとした顔で彼の目を見つめた。
その際に見せた表情があまりに愛おしくて木菟はつい彼女の頭に手を置いた。滑らかな髪を優しく梳いて、もう一度感謝の言葉を口にする。
「ルナがいなかったら、きっと僕は未だに殻に閉じこもったままだっただろう。でもそんな僕をキミが大空へ連れ出してくれたんだ。感謝をしてもしきれないくらいだよ」
「ううん。わたしは何もしてないよ。木菟が飛べるようになったのは木菟ががんばったからだよ。──がんばって、えらいえらい」
ルナはまるで子供にするかのように木菟の頭を撫でた。
木菟は一瞬驚き、気恥しさから彼女の手を振り払おうとした。
しかし、ルナは撫でる手つきを止めようとせず、次第に木菟は抵抗の意志を放棄した。
「……あれ?」
不意に木菟の頬を一筋の涙が伝った。
自分を信じ、応援してくれる人が身近にいる。
その安心感が木菟の硬く縛られた拘束を解き放った。
木菟の涙はある種の緊張が解れた証だった。
こぼれ落ちる涙を眺めながら、そこに映る最愛の少女を見て、想う。
少年は再び決意した。試合の時もしたあの決意を。
「キミだけはこの命に変えても──」
その声は果たして少女に聞こえたのだろうか。
願わくば聞こえていないことを祈りたい。
この決意は弱さの現れだ。
命に変えることでしか彼女を守れないという弱音である。
だからこれは決意だ。この言葉を彼女に言わなくて済むように、彼女を守る時には「帰りを待っていて」と言えるように。
そのための力を手に入れるための決意だ。
スキルを覚醒させた少年は、ただ一人の少女を守るために大きな決意を胸に抱いた。
けれど、今の彼はまだまだ臆病な雛鳥だ。
決意のことはひとまず忘れ、木菟はいま、小さな、しかし彼にとっては大きく広い胸の中で負けた悔しさに涙を流した。
気がつけば保健室の中から養護教諭である初蜂先生の姿が消えていた。
中に残されたのは大きな声を上げ、さも赤子のように泣く木菟と、それを慈愛の表情で抱くルナの二人だけだった。
▼
『舞台の修理が終わりました。続いて第四試合を始めます。選手の二人は舞台へ登壇してください』
しばらく泣き続けた木菟は校内放送を聞いて顔を上げた。
「次の試合が始まるみたいだね」
「もう大丈夫なの?」
「うん、ありがとう」
ルナが心配そうに木菟の顔を覗き、木菟はそれに笑みを返した。
ルナが満足そうに頷いた。
「それは良かったよ。それじゃあ試合見に行く?」
「もちろん。次の試合は僕のクラスの来栖さんが出るからね」
「来栖……? わたしのクラスの選手も来栖って人だよ?」
「え? 下の名前は?」
「レイくん。来栖玲生くんだよ」
「来栖……れい…………」
ルナが言った名前を木菟は口の中で反芻した。
来栖玲生。名前は聞いたことがないが、間違いなく朝日の血縁者であろう。
つまり次の試合は顔見知り通しの戦いということか。
「来栖さんはやりずらそうだね」
木菟が呟くと、ジャージの袖をついついと軽く引っ張られる。
見ると、小柄なルナが上目遣いで木菟を見ていた。
「もうすぐ始まるよ? 行かないの?」
「あ、ごめん。行くよ」
木菟はルナの手を取ると急いで保健室を飛び出した。
そして──
「うわっと!」
「ご、ごめんなさい! ……って、紅蓮!?」
「……よお、元気そうだな」
保健室を出ると扉のすぐ横に紅蓮が立っていた。
木菟はあわやぶつかりそうになったところで何とか踏みとどまり、紅蓮の顔を見て驚いた声を上げた。
対する紅蓮はどこか気まずそうな雰囲気をしていた。
紅蓮がちらと木菟から目を外し、隣のルナを見る。
「邪魔しちゃ悪いと思ってな」
「あ、なんかごめん」
「いや、謝るのは俺の方だぜ。手加減するつもりが熱くなって思い切りやっちまった。まさか気絶させちまうとは……ほんとすまなかったな」
紅蓮が深々と頭を下げる。
それに木菟は慌てて彼に頭を上げさせた。
「やめてよ紅蓮。それにそのことに関しては僕が感謝したいくらいなんだ」
「感謝?」
「手加減をせずに僕を負かしてくれてありがとう。キミたちとの力の差がよく理解出来たよ」
「そ、そうか? そりゃ良かったぜ」
「でも!」
木菟は大きな声を上げると、ずいと一歩前に出て、紅蓮を間近から睨みつけた。
「僕もこれからは努力する。努力して、キミや那月を超えてみせる。今度は絶対に負けないよ」
「…………ハッ!」
木菟が啖呵を切ると、紅蓮は少し呆気に取られた表情を見せたが直ぐに鼻で笑った。
そして、真っ直ぐに木菟の目を見返した。紅蓮が彼の胸を叩く。
「やってみろ。俺の刀はそう簡単には折れないぜ」
「僕の翼だって……!」
紅蓮と木菟はそういうと互いに同じタイミングで吹き出した。
そしてしばらく笑っていた二人は、除け者にされていたルナが指摘したことで第四試合の事を思い出し、慌てて観覧席へ向かったのだった。
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