124話 やな噂
「はぁ? 何が起きた?」
那月は状況が理解出来ずにそう呟いた。
氷華が春馬を攻撃した所までは知っている。
しかし、そこから春馬が勝つまでの間の出来事がすっかり分からないのだ。
砂煙の中で彼が氷華に攻撃したとも考えられるが、それらしき動きや音はなかった。
それに、いくら春馬が強いと言っても、氷華も一瞬でやられる程やわではない。
では、どうやって彼は氷華を一瞬で戦闘不能にしたのか。
それが那月には理解出来なかった。
那月が放心状態のなか、モニターの中の春馬が画像の向こうにいるはずの那月に呼びかける。
『那月! ようやっとタイマン張れるな! ここまで仲良ーしとったけど、次は本気でいかしてもらう。ジブンも本気でこんと、俺が先に最強のプレイヤーになったるかんな! 覚悟しや! ほな!!』
春馬はそうとだけ言うと、闘技台を去っていく。その背中に降り注がれる拍手喝采の音が那月に耳にこびり付く。
那月は気がつけば拳を強く握り、不敵な笑みを浮かべていた。
「那月……?」
日奏が心配そうな目で見つめてくる。
那月は我に帰ると、なんでもないと首を振った。
「それより次は紅蓮と木菟の番だったな! 二人ともがんばれよ!」
「おうよ!」
「うん! がんばるよ」
紅蓮と木菟の返事を聞いて、那月は席を立ち上がる。
「それじゃあ、俺たちは観客席の方から応援してるからな。行こうぜ、日奏」
「うん!」
那月は日奏を連れて控え室を出ると、そのまま観客席に向かった。
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観客席の方へ行くと、百花が手を振って二人を迎えた。
「那月くん! こっち!」
「百花!」
那月と日奏は百花が空けておいてくれた席に座ると、闘技台を眺めた。
闘技台は先程の戦闘の名残が未だに残っており、現在はその修復をしている最中だ。
それにより、次の試合開始時間が遅れているようだ。
「那月くんの試合見たよ。凄かったね。一発で相手の人を倒しちゃうなんて……!」
「ありがとな。けど、あれは相手が弱かっただけだ。なんでこの種目に出れてるのか不思議なくらいだよ」
那月が言うと、隣に座った日奏が顎に手を当てた。
「外園くん……あまり良くない噂ばかり聞くね」
「良くない噂?」
「うん。例えば気に入らないお店は親の権限を利用して潰しちゃうとか、買い物もそれを振りかざしてタダで物を買ったりとかね」
「なにそれ、最悪じゃん」
百花の評価に那月も同意する。
今の日奏の話を聞いて確信を得たが、徹が試合の前に言っていたことはいずれも自分のしてきたことだったのだろう。
それをやましい事だと認識しているという事は更正の余地もあるのだろうか。
那月は考えてみるが、結局答えは出なかった。
「ところで、その外園くんの親の仕事ってなに? そんなに凄いところ?」
「母親は県知事で、父親は大企業の社長だよ。確か、父親の運営する会社の名前は『ガイズ』って言ったかな」
「ガイズ!? それって、『ダイア』を運営しているガイズか?」
「多分そのダイアだと思う」
「まじか……」
那月はよく利用している情報アプリが徹の父親の企業が運営するものだと聞いて、少し複雑な気持ちになった。
ダイアとはとても機能性の良い情報アプリだ。
そんな、人の為を考えられて作られたアプリを運用する人が、息子の愚行を容認していると思うと無性に腹が立ったのだ。
那月が拳を強く握っていると、百花がその手をそっと握った。
「那月くん? 大丈夫?」
「あ、あぁ。大丈夫だ」
「そっか。なら、良いんだけど。もし、怪我してるところがあったら言ってね。私が治してあげるからね」
「百花……」
百花の優しさが黒い影の差した心にじんわりと染み渡った。
彼女の優しさに浄化された那月が百花と見つめあっていると、それを茶化す声が聞こえてきた。
「おうおう、俺と戦う前やってのにオンナとイチャコラしよってからに。そんなんでホンマに最強のプレイヤーになる気か? 那月」
「春馬!」
「まいど〜」
那月が振り返ると、そこには春馬の姿があった。
彼は日奏の隣の席が空いていることを知ると、そこにやって来てきて腰を下ろした。
「春馬、何の用だ?」
「用がなきゃ来ちゃいかんのか? ジブンは俺の友達やろ。友達と仲良ーするんは普通のことや」
「お前がさっき仲良くするのはお終いだって言ったんだろ」
「それは次の試合の話や。今は休戦中。一緒に試合でも見よーや」
「まぁ、いいけど」
那月が認めると、春馬はやった〜と言って、闘技台を眺めた。
それから那月の方に視線を向け、次いで百花に視線を移す。
最後に二人の手元を見て、ニヤリと笑みを浮かべた。
「ところでそのオンナはジブンの彼女か?」
「「違う!!」」
春馬の突然の質問に那月と百花が声を揃えて否定する。
その様子を見た春馬がまた一層ニマニマとした笑みを浮かべるもんだから、那月はその誤解を一生懸命解いた。
そして、ようやく誤解を解いた頃には闘技台の上に二人の生徒の姿が見えていた。
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