110話 剣剣拳
紅蓮の魔剣が紫色の炎を帯びた頃。
那月は全身の魔力を右の手の平に集中させていた。
「ーー紅蓮、あれとどれぐらい戦っていられる?」
「一分……いや、四十秒と言ったところか」
「なるほど……十分だ」
紅蓮の答えを聞いて、魔力を右手に流し続ける那月は不敵な笑みを浮かべた。
四十秒ーー。それだけあれば足りるだろう。那月の新必殺技を打つに足りうる魔力が。
「ーーーー」
那月の笑みを受けた紅蓮は、剣を構え直し、それから姫莉を睨みつける。
「お前の相手は俺が務めるぜ」
「嫌な予感がする。早めに決着をつけさせて頂こう」
姫莉も剣を構え直し、腰を低く落とした。
それから暫しの睨み合いーー
ーー風がコンクリートの隙間から生えた花を揺らした瞬間ーー
「オラァ!」
「はァァ!」
紅蓮と姫莉が動き出す。
両者の距離が瞬く間にゼロになり、紅蓮は頭上に構えた大剣を、姫莉は腰に構えた長剣を振り抜いた。
刹那の後。二人の間で響いた甲高い叫声。それは果たして剣のなんとする想いが込められていたのか。
片方は自らの力の可能性に打ち震え、また片方は内と外の圧力を堪える。
二人の間で弾ける火花。それは紅蓮の炎に飲み込まれ、姫莉の気迫に押しつぶされる。
一瞬の鍔迫り合い。
剣と剣が反発し、二人の間に空間が生まれる。
それを埋めたのは、無数に繰り出される剣戟の奥州だ。
「オラオラオラオラオラオラぁ!!!」
「セイセイセイセイセイセイっ!!!」
二人の技量は互角。ーー否、正確には紅蓮が圧倒的に劣るのだが、それは性別と武器の差が二人の実力を均衡に保つ。
紅蓮の上段より放たれる斬り下しを姫莉が下段より放つ袈裟斬りで弾く。
即座に剣の弾かれる勢いを利用して姫莉がくるりと一回転。中断の横流しが紅蓮の腹部を狙うが、紅蓮が強引に大剣を地面に突き立て、それを防ぐ。
紅蓮が蹴りを放ち、姫莉は宙返りでそれを躱す。
着地と同時に地面を蹴り、ゼロ距離の肉迫。
「ーーッ」
「ーーっ」
二人は小さな息を鋭く吐き出すと、互いの剣を再び重ね、両者譲らぬ姿勢でその場に踏みとどまる。
少しでも気を緩めた方が、押され、その後の主導権を握る。
誰一人として未だ掴めていないその権利の尻尾を掴んでしまう。
それだけはなんとしてでも防がねばならない事態だ。
その共通認識が二人の剣技を実力以上に昇華する。
紅蓮の炎が更なる揺らめきを持って、姫莉の剣を押し返す。
だがそれを姫莉の自力と剣に新たに込める魔力が許さない。
一進一退の攻防。
それは再びの反発で白紙に戻される。
「くっ、このままでは……」
姫莉が那月の方をちらりと見る。
そこには左手に目に見えるほどの魔力を集めたな那月の姿。腕の血管は浮き出て脈打ち、額を流れる汗の量は尋常ではない。シャツが吸い取りきれず、地面を濡らしていた。
地面の小石が空に浮き、空気が怯えて喉を鳴らす。
それでも那月は魔力を込めることをやめない。
それは姫莉にとっての脅威であり、また好機であった。
姫莉からすれば那月と紅蓮の共闘こそが望ましくない。一体一であればいかに強大な技だろうと避ければそれで良いのだ。
しかし二対一となればそうはいかない。紅蓮の紫の炎も脅威となり、那月の得体の知れない魔力も脅威となる。
片方の処理はもう片方を疎かにし、結果姫莉は負けるだろう。
ならばーー彼女が取るべき手段はただ一つ……
「ここで決める!!」
紅蓮との一体一の隙に、那月が技を完成させる隙に、自らがまだ優位に立っているその隙にーー大技で切り抜ける他に道はない。
「はァァァ!!」
姫莉はわざと大ぶりの剣で紅蓮を後方に飛ばすと、その場で剣を肩に担いだ。
スキルを発動させた時と全く同じポーズ。
それをとって、姫莉は己の武装を解除した。
「武装など逃げ腰の証」
姫莉の魔力量が武装の維持をやめたことで莫大なものへと膨れ上がる。
「いいか、未熟な剣士と、哀れな素人よ」
姫莉の高まった魔力が一点にーー剣身へと注ぎ込まれていく。
瞬く間に剣は眩い光を放ち、ついにはその剣身を光へと変換、さらに巨大なものへと変貌する。
「勝つために必要なもの。それ即ちーー並ぶものなき絶対の暴力だ」
姫莉の言葉は光の咆哮によって掻き消された。
それほどまでに強大な力の塊。それは正しく『暴力』の具現化に等しかった。
その『暴力』を前に紅蓮の膝が無意識に震え出す。息が、喉が焼き潰されたかのように上手くできず、汗が溢れる傍から蒸発し、むしろ寒さすら感じていた。
紅蓮の足が徐々に後ろにむく。ーーしかし、彼はそれを拳で殴りつけ、逃げそうになった足腰に叱咤を打った。
「ーーここで逃げたら剣士の恥だ。いいぜ、その勝負受けて立つ」
紅蓮が剣を真正面に構え、姫莉と相対する。
それを見て、姫莉は大きく口角を上げた。
それは彼女が初めて見せた、戦いへの愉悦の現れだった。
「ーーいざ」
「仁上にーー」
二人の剣使いが足を地面に掛け、二人の間に広がる十メートルもない空間を駆け抜ける。
そして次の瞬間ーー
空気の爆発。
炎と光の入り交じる爆発だ。
それが発生し、当人たちは余波を受けてなおその場に踏みとどまる。
剣を交え、視線をぶつけ、額を打ち付ける。
そうしてただの抜き身となった剣をぶつけあった二人はーー反発する剣を手放し、後方へ吹き飛んだ。
「ーーーーっ!!! なぁつきぃぃぃい!!!」
紅蓮の咆哮が轟く。
その瞬間、静観を貫いた一つの影が空気を肩で殴りつけ、一直線に走り出す。
向かう先にいるのは宙を反り身で漂う一人の少女ーー否、一人の騎士だ。
那月はその騎士の頭上に飛び上がると、目下の騎士目掛けて拳を振るった。
「ーードラグ・ディノ・ブロウ!!!!」
その拳に込められた重力は強化されていない騎士の生身を易々と捻り潰す程だ。
故に那月が殴るのは彼女の体ではなく、空気。
刹那、押しつぶされ、反発した空気は真下に撃ち放たれた、一人の少女を地面に撃ち落とした。
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