108話 愉悦
那月は周囲の風が凪ぐのと同時に走り出した。
姫莉目掛けて一直線に駆けていき、彼女の腹部目掛けて掌底を繰り出す。
「はァァァ!!!」
それはスキルで加速されて、瞬く間に彼女の腹部を突き刺した。
しかしーー
「いやいやいや、硬すぎんだろ!?」
彼女の腹筋はコンクリートと同等、下手をすればそれ以上の硬さを誇っており、那月の掌底如きではびくりともしなかった。
姫莉は己の腹部を触りながら困惑する那月を睥睨し、剣を振りかぶった。
「このーー変態が!」
「そういう問題じゃねぇ!!」
頭上から迫る長剣の一閃を横に跳んで回避した那月は、後ろで傍観を決め込んでいる紅蓮に並ぶ。
「おい、何だよアイツ。人間じゃねぇよ!」
「紀紫堂家の鍛え方のせいだな。あそこはビルからコンクリートを落として、下で待ち構えてる奴がそれを腹筋で受け止める、なんておかしなことしてっからなぁ」
「……なんだそれ……」
「ちなみに姫莉のヤツは百階以上の高さから落としたコンクリートを割ってのけたらしい」
「……………………」
とうとう言葉の出なくなった那月は、彼女の細いお腹を眺め、そこに詰まった筋肉の量にゾッとした。
那月はこの学校に入り、人間を逸脱した人を何人も見てきた。
翔を始め、連結先輩まで。しかし、彼女のそれは別ベクトルで人間を止めている。
翔達のそれはスキルがあって初めて『ニンゲン』という一線を超えれるが、姫莉の場合は鍛錬でそれを補っている。
化け物だーー。
普段そう言われている那月は、初めて他人が己に抱いている感情を理解した。
そしてーー
「愉しいねぇ」
愉快げに笑みを浮かべた。
入学から二ヶ月。那月にとって、それ以前の生活は『退屈』の一言で完結する。
なんの色もなく、なんの楽しみもない地獄。
だが、弾二四高校に入学してからはどうだろう。それまでは想像していなかった強敵がいて、それと互角に戦える自分がいて、それを支えてくれる仲間がいてーー。
およそ一言では語り尽くせない経験が、およそ一色では描ききれない光景が、今の那月の目の前には広がっているのだ。
それを愉しいと言わずして、何を愉しいと笑えばいいのか。
溢れる感情に那月が笑みを零すと、それを見た姫莉も口角を上げる。
「まるで子供のような無邪気な笑みをするものだ。こちらまで愉しくなってくる」
「全くだ」
紅蓮が同意を示すように笑うと、戦場が沸騰するほど温まっている事に気がついた。
次の瞬間、心の熱情に突き動かされるままにその場の全員が動き出す。
姫莉が下段から切り上げを行い、それを紅蓮が上段からの振り下ろしでもって相殺。
その隙を狙って那月が拳を繰り出すが、長剣を地面に突き立てた姫莉の右足が、那月の顎を蹴りあげた。
「がっーー!!」
那月が宙に浮いている間に、姫莉と紅蓮が三合切り結ぶ。
着地と同時に那月は姫莉の背後に回り、紅蓮と息を合わせて挟み撃ちに攻撃。
だが、それすらも姫莉には防げてしまう。
「はァァァ!!」
紅蓮の刀を地面に突き立てた剣で防ぎ、柄を握り逆立ちすると、股を割り、両足で那月と紅蓮の額を押さえる。
そして、優しく押してやると、瞬時に地面に足を戻し、剣を振り回し、腹の部分で二人を殴りつけた。
剣の腹とはいえ、それなりの威力はあり、二人は殴られた部分を押さえて蹲る。
その姿を見て、姫莉は鼻を鳴らした。
「ふん。手加減をしても所詮はその程度。不真面目にダンジョンになど潜っておるからそうなるのだ。真の力とは地道な鍛錬の果てにある」
まさに自分のように、と胸を張る姫莉。
那月は、腹を押さえて立ち上がる。
「……確かにあんたの鍛錬には脱帽させられたよ。けどな、俺たちがその半分も鍛錬をしてないとでも?」
「そうだ。事実貴様らは今の私に手も足もでんだろう?」
「手加減」
「何?」
那月の口から放たれた言葉に姫莉は形の良い眉を顰める。
那月と紅蓮は顔を見合わせて不敵に笑うと、二人揃って姫莉に向けて指を突きつけた。
「こっからがーー」
「俺たちの本気だ!!」
二人が声を揃えて叫ぶと、姫莉が目に見えて不機嫌になる。
「舐め腐りおって……!!」
彼女は何かを呪うように吐き捨てると、殺気を纏った剣を肩に担いで構えた。
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