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いざなうもの④

 しかしAが数十分ほど歩き通しても、知っている場所に出るどころか、ここに来るまでにたどったはずの石橋や堤防が見つかる兆しすらなかった。

 元来た道を目指し、南に向かって河原を道なりに進んでいるはずなのに、まるで同じ場所をぐるぐると回っているようだったという。

 ただひたすら、同じような景色が目の前に広がっていた。

 毒々しいまでに鮮やかな茜色の夕陽が、水面を朱く染め上げてゆく。

 そして晴れているにも関わらず、何故か雨のにおいがする。

 鉄錆にも似た、濡れた土のにおいには、かすかに腐った肉ような悪臭が混じっていた。

 それがひどく鼻について、吐き気がこみ上げてくる。

 自分の視界を遮るような芦の群れが、時折、生ぬるい風にあおられガサガサと音を立てて揺れた。そのたび彼女は怯え、周囲を見回す。

 …………ここは一体、どこなんだろう。

 自分のよく知る川とよく似ているが、雰囲気が少し違う。

 自分以外の人影が全く見当たらず、橋も堤防も無い。こんな河原があるのだろうか。

 べそをかきながら、Aは必死で砂利道を歩いた。

 焦りと苛立ち、不安と恐怖で幼い心が限界を迎えてしまいそうだった、その時。

「!」

 Aの耳が、遠くでかすかに響くサイレンの音をとらえる。

 それは平日の午後6時に流れる「ふるさと」のメロディーだった。

 耳に馴染んだ町内放送を聞いた瞬間、安堵のあまり、彼女は初めて立ち止まった。

 A自身も何故そう思ったか分からないが、「帰れる」と直感したそうだ。

 しかしサイレンに気が緩んだ彼女は、すぐそばにあった障害物に気付かずに蹴躓いていてしまう。

「いっ……」

 膝をすりむき、痛みをこらえつつ足元を振り返る。

 まるで小さな岩のような、大きな石が転がっていた。

 よくよく見ると単なる石ではなく、何かが彫られている。

 どうやら石像らしいことに気付き、あわてて立て直そうと触れた瞬間、音も立てずに真っ二つに割れてしまう。

 角のとれた縦長の五角形、その中心に彫られたお地蔵様に似た何か。

 それは神社の裏にある「六体の石像」に、とてもよく似ていたという。

 割れた石を呆然と眺めていたAが、ハッと我に返って立ち上がる。


――――その、次の瞬間。


「……えっ?」

 目の前には、見覚えのある風景が広がっていた。

 対岸の土手に伸びる堤防道路。つい今しがたまで、どれだけ目を凝らしても見当たらなかった石橋。

「Aーちゃーん!!」

 呆然と石橋を見上げていると、背後からAを呼ぶ声が響き渡る。

 橋に取り付けられた鉄棒のような梯子を登り、堤防道路に戻ると、Aに気付いた祖父とCちゃんが駆け寄って来た。

 心配そうな顔で自分に駆け寄ってくるCちゃんを見て、やはり自分が追いかけていたのは従姉では無かったのだと、Aは頭の片隅でぼんやり思った。

「お前、どこ行っとったが! 皆心配したんやぞっ!!」

 普段は温厚で滅多に声を荒げることのなかった祖父が、血相を変えて孫娘を怒鳴る。

 その怒鳴り声を聞きつけたのか、祖母とBくん、かくれ鬼をしていた幼馴染たち、仕事帰りの母までもがわらわらと駆け寄ってきた。

「A! アンタこんな時間まで、一体どこに行ってたの!?」

 見慣れた面々を呆然と見回すAの肩を、母親が叱責交じりに揺さぶる。

 こんな時間まで……その言葉に違和感を覚え、自分の二の腕を掴む母の左腕に巻かれた腕時計をのぞき込み、Aは驚愕する。

 ほんの少し前に六時のサイレンを聞いたばかりだと思っていたのに、 腕時計の針は午後七時過ぎを示していた。

 家に帰るなり、Aはずいぶん家族に絞られたらしい。

 特に祖父の怒りは尋常でなく、同席していた祖母や両親がAをかばうほどだったという。

 雷を落とされながらも、Aは両親や祖父母たちにかくれ鬼の途中から起きた一連の出来事をどのように話すべきかを迷っていた。

 当時、彼女は小学三年生。

 まだ子供とはいえ、自分の身に起きた出来事がいかに非現実的で、整合性を欠いていたか、彼女には十分わかっていた。

 結局Aは青い着物の子供やゴミ屋敷、不可思議な河原のことを伏せ、Cちゃんと別の子を間違えて追いかけているうちに、隣町で迷子になってしまったとだけ説明した。

 祖父は最後まで納得していない様子だったが、両親の厳重注意をもって、その日のお説教はお開きとなったらしい。

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