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いざなうもの③

 Aは目を凝らした。

 遠目にはCちゃんのようにも、違うようにも見える。

 確かにCちゃんと同じ青いワンピースを着ているようだが、距離が離れていたのと逆光のせいで、顔はおろか全身すらよく見えなかったらしい。

 人違いだろうかと思う反面、本当にCちゃんだった場合、ここで自分が帰れば土地勘のない従姉は迷子になるのではないかとジレンマに陥る。

 にわかにAが悩んでいると、Cちゃんとも別人とも判別のつかない子はくるりと踵を返した。そうして再び走り出してしまう。

 その時、神社裏の坂からずっと道なりに走って来たその子が、初めて角を曲がった。

 青い後ろ姿が駆け込んでゆく先を見て、Aは言葉を失う。

 無秩序に積み上げられた黒いビニール袋。門や家屋を覆うように茂る雑草。

 地面に転がる空き瓶や缶、脈絡なく散らばった陶器やガラスの破片、ぼろぼろの家具や廃家電。軒先から庭まで、敷地内にひしめくゴミの群れ。

 そこは地元でも有名な「ゴミ屋敷」だった。

 Aも二、三どほど車で通りすがった際、遠目に見かけたことはあった。が、間近で見たのはこれが初めてだった。

 不思議なことに、おびただしい量のゴミが放置されているにも関わらず、悪臭はしなかったという。

 ただ、晴れの日だったのに湿った土の匂い……雨が降るときのような匂いがしたそうだ。

 大量のゴミと家屋の保存状態に目をつむれば、それこそ「屋敷」という言葉が似合う大きな家だった。

 所々穴が開きくすんだ色をしていたが、元は白かったであろう漆喰の壁に、黒く塗られた扉や屋根。

 母屋の隣には、大きな蔵がある。

 たじろぐAを置いて、Cちゃんらしき子供は小さな門をくぐった。あろうことか、開け放たれていた引き戸の奥へ入っていってしまう。

 足元に散乱するゴミを極力踏まないように敷居をまたいだ瞬間、Aは自分の体が軽くなったかのような、えも言えぬ浮遊感に見舞われたのだという。

 本人曰く「水の中にいる時の感覚」に近かったのだとか。

 奇妙な感覚に戸惑いながらも、Aはお勝手口とおぼしき引き戸の陰から家の中をそっと窺う。

 文字通り「土」で固められた土間に、古い竈や洗い場がおかれていた。どうやら台所らしいが、日も差さず明かりがないため、薄暗くて屋内の様子がよく見えない。

 もう少し引き戸から顔を出し、奥へ奥へと視線を凝らすと、上がり框の上に誰かが座っているのが見える。

 それは青い着物を着た、見知らぬ子供だった。

 浴衣や甚平ではない、七五三のような、少し仰々しい着物だったという。

 次の瞬間、Aは悲鳴を噛み殺した。

 その子が仄暗い台所の奥から、こちらをじっと見詰めていることに気付いたからだ。

 あわてて目を逸らし、Aは半ば無理やり下を向いた。

 目を合わせてはいけない。

 何故かは分からないが、彼女はそう直感したらしい。

 口元を両手で覆って息を殺し、音を立てないよう引き戸から距離を取る。もつれる足を引きずって、Aは元来た道に向かって一目散に引き返す。

 しかし門を抜けると、目の前に広がっていたのは一面の河原の風景だった。

 泣きそうになりながらも、Aはぐるりと周りを見回す。

 大小様々な砂利が広がる河原を、断ち切るように流れる川。煙るように霧が立ちこめ、対岸とその先がよく見えない。

 何より――――ゴミ屋敷に来るまでに通って来たはずの細い道路や石橋が、どこを見ても無かったという。

 出る門を間違えたのだろうか。そんなはずはない。

 確かに自分は、元来た道を戻ってきた。

 そもそも、家の門をまたいですぐ河川に出るわけがない。

 だが、彼女の目の前に横たわる川は、Aにとって全く見ず知らずの場所というわけではなかった。

 (あし)(すすき)の茂る対岸や、足元に広がる砂利、少しなまぐさい川の水のにおいにはどこか馴染みがあった。

 夏になると、皆でよく遊ぶ河原。

 Aが暮らす町と、この隣町の間を流れる河川に似ていると感じたらしい。

 にも関わらず、ここに来るまでに彼女が渡った石橋はどこにも見当たらない。川の周りを囲んでいるはずの堤防もない。

 薄く霞のかかった周りには、ただ茫洋と河原が広がっていたのだという。

 自分が一体どこにいるのか、Aは皆目見当がつかなかった。

 かと言って、この不気味な屋敷の近くで立ち往生する気にもなれない。

 しばらく歩けば知っている場所に出るか、石橋や堤防が見えてくるだろう。

 そう思い直し、彼女は勘を頼りに、川の流れに沿って砂利道を歩き始めた。


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