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夜咄②

「旅先で明かす夜って不思議でさ、いつもはあまり触れない話題で盛り上がることって多いよね」

 真織は作業用の文机に戻りながら、唐突に切り出した。

「怪談に限った話でもないけれどね。悪口や噂話、少し重い身の上話、将来の展望や口に出すのが憚られるような過去、秘密……」

 それは身に覚えのある感覚だった。

 修学旅行や林間学校のような学生時代のイベントのみならず、気心の知れた家族や友人との旅行でも、その手の経験はある。

 夕飯や入浴を済ませた後の自由時間に喋る内容とはまた違う種類の座談会が、消灯の時間を過ぎた頃にひっそりと始まる。布団から顔を出して、話を切り出すタイミングを見計らい、どちらからともなく口を開く。

 耳を澄ませば聞こえる虫の泣き声。聞き慣れない波の音、あるいは川のせせらぎ。あつらえたような静寂の中、周囲をはばかってぽつりぽつりと響かせる低い声。

「地元を離れた開放感や昂揚感が、口を軽くするんだろうな」

 私の言葉に、真織は薄い笑みを浮かべる。

 奇しくも今年の夏、私の担当する文芸誌では、実話系怪談の短編小説コンテストが開催された。

 荒唐無稽なファンタジーから明らかに盗作と分かるもの、背筋がうすら寒くなるような力作まで、様々な作品が集まったものだ。

 寄せられた原稿をいくつも読んでゆくうちに、気付いたことが二つある。

一つは怪奇譚の「不定形性」だ。

 怪談とは不思議なもので、オチが強烈であればあるほど、おぞましければおぞましいほど、怖ければ怖いほど必ずしも深く記憶に刻み込まれるかと言えば、実のところそればかりでもない。

一聞ありふれた話でも、特にオチのない結末でも、不思議と心に残って消えない話はいくつかある。

 もう一つは本人の体験談以上に「他者から聞いた話」作品が、思いのほか吸引力を持つことだ。

 これは私の○○から聞いた話……という、ありがちで匿名性にまみれた、無責任な口上から幕を開ける「伝聞」の怪異たち。

 まさに修学旅行の夜のように、薄暗く狭い閉じた部屋の中で、聞き馴染んだ友人の声が夜更かしの罪悪感をにじませて語る「怖い話」が、時に生々しい恐怖と臨場感を時に生み出すかのような――――


「だから眠れない夜ほど、怪談がよく似合う。そうは思わないかい?」


 真織は木材にヤスリをかけながら、そう嘯いた。

 視界のはしでちらちらと蝋燭の炎が揺れる。障子戸の前に鎮座する「生き人形」が、気になって仕方がない。

「なあ、(ふすま)を閉めていいか? 正直、視線が気になるんだが」

「つれないこと言わないでくれよ。彼女……曽祖母も生前は僕と同じように不思議な話が大好きで、別荘を訪れた地人や親類に、よく怪談会をせがんだらしい」

 曽祖母。

 人形に人格と肩書き、名前を付与されたとたん、無下にしづらくなるのは何故だろう。

 何しろ私は文机で作業する真織と襖を挟んで、《《彼女》》と向かい合う形で座っているのだ。

 いずれにせよ、気まずいことこの上なかった。

「文芸誌の編集者で、怪談コンテストの運営委員ときた。さぞ面白いネタを持っているにちがいない」

「あのなあ。俺の専門はホラーじゃないんだぞ」

 呆れる私に小さく笑い、ヤスリを置いた。

 陽に当たらないせいか、人形に劣らないほど色白な細長い指で、彫刻刀のようなノミに持ちかえる。

「そうかな。ただ贅沢を言えばコンテストで読んだ他人の作品ではなく、君の持ちネタを聞かせてほしいな」

「俺の?」

「そう、君の。それに正直なところを言えば、人の話を聞きながら手を動かすと、存外に作業がはかどるんだ。作業用のBGMとでもいうのかな」

「ちゃっかりした奴だな。でも、本当に集中できるのか?」

「納期が迫って来たからね。協力してもらえると助かる」

 作業の手を止めず、真織は嘯く。

 趣のある別荘に泊めてもらい、美味い酒や肴を振る舞われた身としては、協力と言われて断るのも気が引けた。

「怪談、か……」

 少し迷ってから、私は記憶の奥底からひとつエピソードを引っ張り出した。

「じゃあ、ひとつだけ。これは幼馴染の……そうだな、仮にAとしようか。これは昔Aから聞いた、彼女が小学生の時の体験談だ」

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