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乙黒村⑨

 天気予報では台風が近づいていると言っていたけど、少し湿った風が吹くだけで、空は晴れていた。

 この日のために、ママは浴衣を手作りしてくれた。

 藤色の生地に紫陽花の柄が描かれたその浴衣は、他の子たちと比べてもひときわ大人っぽく、友達からも好評だった。

 しかしお祭りを満喫して家に帰ろうとしたところで、私は思いがけず近所のおじさんに呼び止めらてしまう。

 何かと思えば、鈴音の忘れ物だという郷土学習のプリントを渡された。

「あんたぁ、確か小黒さんとこの親戚やろ。鈴音ちゃんに届けてやってくれんか」

 正直、嫌だった。

 綾音との件があってから、私は「本家」に一度も行っていない。

 けれど別にわざわざ誰かに手渡さなくても、ポストに入れておけばいいかと気付き、プリントを受け取る。

 お祭り会場の神社から本家のお屋敷までは、歩いて十五分ほどの距離だった。

 村の奥の高台にぽつんと建つお屋敷を見上げ、ため息が漏れる。

 せっかくお祭りが楽しかったのに。

 この家を見るとどうしても一年前のゴールデンウイークの、綾音に髪を切られた時のことを思い出してしまう。

 なるべく音を立てないよう、門に備え付けられたポストに、半分に折ったプリントを滑り込ませる。

 本家の人に見つかる前に帰ろうと踵を返したその時、裏のお勝手口がガチャリと音を立てて開いた。とっさに塀に身を隠し、様子を窺う。

 お勝手口から出てきたのは綾音だった。

 去年のお祭りの日に乙黒山でみかけて以来、彼女の姿を見たのはほぼ一年ぶりだ。

 遠目にも相変わらず人形のような、綺麗な顔をしているから、すぐ分かる。

 綾音はあの時とよく似た、真っ白なノースリーブのワンピースを着ていた。そして右手にはスーパーの白い袋。

 さっと周囲を見回し、小さな裏門を出て歩き出す。

 足早に向かっているのは、乙黒山の方角だ。一年前のお祭りの時のことを思いだし、妙に胸がざわついた。

 髪の毛がぐるぐるに巻きにされた私のシュシュ。

 あれは一体、何だったのだろう。

 少し迷ってから、私は気付かれないよう後を追った。

 綾音は予想通り、お祭りで賑わう通りではなく、少し遠回りになる山裾の方の裏道に出た。

 そうして二十分ほど経つ頃には、前方に灰色の大きな鳥居が見えはじめる。

 二ヵ月前にトンネル工事が再開されたばかりで、周囲には立ち入り禁止の看板が立てかけられていた。

 綾音は慣れた足取りで、鳥居の内側の山を登ってゆく。

 私は山に入る前、籠バッグから虫除けのスプレーを取り出し体に吹きかける。ミントの爽やかな香りが、ざわざわする胸を少しだけ落ち着けてくれた。

 浴衣だからかなり動きづらい。

 足や腕にチクチクと、草や木の枝が当たる。慣れない草履で何度も足を滑らせそうになり、鼻緒で指の皮がすりむけた。

 そうしているうちに、綾音は祠の前にたどりついた。

 一年前と同じように、袋から何かを取り出し、足下に放り投げる。

「オグロサマ、どうか**を*****ください」

 やはり以前と同様に手を合わせながら、ぶつぶつと小声で何かを呟いていた。

 綾音が踵を返したその時、私は木の陰から出て彼女の前に立ちはだかる。

「何してるの?」

 綾音はつんのめるように立ち止まった。

 ガラス玉のような瞳を、こぼれ落ちそうなくらい大きく見開く。

 固まった綾音の脇をすり抜けて、祠に近寄る。

 そこに置かれていたのは、何本もの髪の毛が首にぐるぐる巻きにされた、女の子のぬいぐるみだった。

「それ、何? この髪の毛、まさか私の?」

 少し強めの口調で尋ねるも、綾音は何も答えない。

 ガラス玉のような茶色い瞳が、じっと私を睨みつける。

「……ねえ、なんでこんなことするの? 前も私のシュシュに髪の毛巻き付けてここに置いててたよね」

 言い過ぎかと思いつつも、この際きっぱりと伝えた方がいいと思った。

 綾音は言い返してこない。

 気味が悪かったけど、私はぬいぐるみを拾った。

「このぬいぐるみって何なの? なんで髪の毛なんか」

「……さわるな!」

 ひったくるようにぬいぐるみを奪い取られ、私は唖然と綾音を見返す。

「あんたの父親が悪いんやろ」

「は?」

「余計なことばっかしくさって。この山にトンネルなんか空けたら、オグロサマが出てってまうやろが!」

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