表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/45

乙黒村⑧

 あの神社は確か、男の人以外立ち入り禁止だと言われたはずなのに。

 見て見ぬふりをしようと思ったけれど、妙に気になった。綾音は一体、何をしようとしているのかが。

 けものみちを少し離れたところからこっそり、足音を立てないよう山を登る。

 木の陰に隠れ、そっと顔を出して綾音を窺った。

 綾音は小屋のような社を素通りし、その奥の小さな祠の前で立ち止まる。

 ビニール袋を逆さにして、中に入っていたものを祠の前に落とす。何を出したのか、綾音の背中に隠れて手元が見えない。

「オグロサマ、どうか**を***ください」

 背中を丸めるように頭を下げ、ずいぶん長いこと手を合わせていた。

 時折、ぶつぶつと独り言をいうような綾音の声が風に乗って聞こえてくるけど、何と言っているかほとんど聞き取れない。やがて綾音は顔を上げると、ビニール袋を片手に、足早に山を下りていった。

 綾音が袋の中に何を持ってきていたのか、妙に気になった。白い後ろ姿が見えなくなってから、私はひっそりと祠の前まで見に行く。

「……え?」

 そこに置かれていたのは以前、私が綾音の家に忘れたシュシュだった。

 ママが作ってくれたもだから、見間違いようがない。 

 白いコットンレースにふちどられた水色のシュシュに、何本もの髪の毛がぐるぐるに絡まって――いや、巻き付けられていた。

 黒くて真っ直ぐな、少し太めの髪。

 まさか二ヵ月前に切られた髪の毛だろうかと、おそるおそる観察する。

 私の髪にせよ、そうでないにせよ、いずれにしても気持ち悪い。

 綾音は一体何のつもりで、こんなものをこの祠まで持って来たのか。

 けれど、それを本人に尋ねる機会には恵まれなかった。

 その日以降、綾音は小学校に来なくなったからだ。

 パパの会社のトンネル工事も再開の目途がつく頃には私は中学生になり、季節はこの村に来てから二度目の夏を迎えた。


「今年のオグロサマは、大学生なんやって」

 校外研修の帰り道で、優奈ちゃんは自販機でジュースを買いながら、ふと思い出したように呟いた。

「大学生?」

「結構かっこいい人やったよ。なんでもこの村の夏祭りを研究するために、名古屋から来てるんやって」

 かんかん照りの日差しを手のひらで遮りながら、優奈ちゃんはペットボトルのサイダーをごくりと飲む。

 去年の夏祭りでオグロサマに扮したパパを思い出し、苦いものが胸の奥にこみあげた。

「……ふうん」

「夏帆ちゃん、大丈夫? なんかだるそうやけど」

 真由香ちゃんに尋ねられ、私はあわてて首を横に振る。

「ちょっと眠いだけだよ。大丈夫」

 実はここ数日ほど夜更かしを続けており、日中はずっと頭がぼんやりしていた。

 海外のドラマにハマって、夜更かししているからだ。

 誕生日に買ってもらったDVDボックスを繰り返し何度も見て、新作もレンタルショップでパパに借りてきてもらって、夜通し見てしまう。

 優奈ちゃんたちと別れ、家に帰る。

 あまりに眠くてだるいから、途中でバス停のベンチに座って少し休憩をとった。

 この山あいの村は比較的涼しく、東京に比べればずっと過ごしやすい。

 でも最高気温が更新されるような今日みたいな日は、やっぱり暑い。

 暑いから早く家に帰ってクーラーで涼みたいのに、体が思うように動かなかった。

 目の前がやけに霞むし、やけに頭が重くて――――――――

「あ、あれ……?」

 ぐにゃり、と目の前が歪む。

「おい、大丈夫か!?」

 座っていられずごろりとベンチに寝転がってしまう。視界が真っ黒に塗りつぶされてしまう寸前、すぐ近くで知らない男の人の声がした。

 目を覚ますと、見知らぬ天井が視界に飛び込んでくる。

 体を起こした瞬間、頭がくらくらした。

「大丈夫?」

 声がした方を振り向くと、見知らぬ男の人にペットボトルを差し出される。

 大学生くらいの、若い男の人だった。

 私はそこで初めて、自分が保健室のような見知らぬ部屋の、小さな白いベッドで寝かされていたことに気付いた。

「とりあえず、飲めるなら水分補給したほうがいいよ」

「ありが……」

 お礼を言おうとしてむせてしまう。喉がカラカラに干上がっていた。

 もらったペットボトルのお茶を一気に半分ほど飲み干すと、ようやく頭がはっきりしてくる。

「ありがとうございます。あの、ここは」

「公民館の医務室だよ。近所の人がおうちに連絡してくれたから、もうすぐお母さんがきてくれるよ。それまで少しでも、休んでいるといい」

 そう言うと、改めてお礼を言う間もなく男の人は部屋を出ていってしまった。

 後から公民館で働いている近所の人から、彼こそが優奈ちゃんが言っていた今年のオグロサマ役で、乙黒村の夏祭りを研究している大学生だと聞いた。

 たまたま近くに居合わせたため、バス停で倒れた私を公民館まで運んでくれたらしい。

 迎えに来てくれたママに病院へ連れていかれ、軽い熱中症だと診断がおりる。たいしたことはないと言われたのに、帰りの車の中で、ママから夜更かし禁止令がおりた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ