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乙黒村①


 今になって思えば、私が最初からあの村を嫌っていたように、あの村も決して私たち家族を歓迎していなかった気がする。


 ゴールデンウイークの初日で混み合う高速道路と、ひと気のない山道を車で約五時間。

 そんな気が遠くなるほど東京から離れた場所に、私たちの引越し先の乙黒村はあった。

 乙黒村に着いた私たち家族が真っ先にしたのは、荷物を運ぶことでもなく新居を確認することでもなく、親戚の「本家」の家に「ご挨拶」にいくことだった。

 集落の高台にぽつりと建つ、いかにも時代がかかった大きなお屋敷を訪ねる。

 大きな黒い木造の門をくぐって、敷石をたどって玄関に向かう。

 建て付けの悪そうな扉を開いて出てきた女の人のが「本家」の人ではなく、お手伝いさんだと言われて心底驚いた。お手伝いさんだなんて、テレビや本の中でしか見たことがなかったからだ。

「ご無沙汰してます」

「よう来んさったね(ただし)くん。まあまあ立派になって」

 広い客間に通された私たち家族を待ち構えていたのは、高そうな青い着物を着たおばあさん。その息子夫婦だという三十代くらいのおじさんとおばさん、その子供だという十歳くらいの女の子だった。

 青く新しい畳はまだ固く、藺草独特の青臭いにおいがした。

 先ほど私たちを出迎えた割烹着姿のお手伝いさんが、お茶とお菓子を運んでくる。

「あんなに小さかった子が、綺麗なお嫁さんもらって、可愛い娘さんまでこさえんさって、まあ」

 着物のおばあさんは始終甲高い声で、お父さんの同級生の誰かがどこに就職しただとか、隣の家の人がいつ結婚しただとか、そんな話ばかりをかれこれ三十分ほどぺらぺらと続けていた。

 話題にのぼる「誰か」は私の知らない人ばかりで、正直退屈でしかない。

「そういえば正くんら、晩ご飯はどうするの?」

 午後三時を回り、部屋の奥に置かれた古めかしい時計が「ボーン、ボーン」とチャイムを鳴らすと、おばあさんはやっと話題を変えた。

「出前でもとるか、適当に外食しようと思ってます」

「この村まで出前なんか来んよ。せっかくやし、うちで食べていきんさい。その方が菜帆子さんも楽やろ」

「いえ、お気遣い……」

 ママがやんわり断ろうとしたのを、パパは「いいんですか?」と遮ってしまう。

「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて」

 おばあさんの斜め後ろでずっと黙っていたおばさんが、隣に座っている女の子の肩にポンと手を置き、おもむろに口を開いた。

「うちにも夏帆ちゃんと同い年の娘がおるんです。この子のひとつ上のお姉ちゃんなんやけど」

「そうなんですか」

 おばさんはくるくると巻いた髪の毛を指でいじりながら、私の方を向いて目を細める。

「子供の少ないところやから、仲良うしたってね」

 本家の人たちの世間話から解放されたのは、それから更に一時間近く後のことだった。

 ここで私たちが暮らす家……昔、おばあちゃんが住んでいたという小さな一軒家に着くと、とっくに引越し業者さんの手で荷物が運び込まれていた。

 本家の人たちとの食事まで、あと一時間半しかない。

 今更言っても遅いと分かっていても、私はパパに抗議せずにはいられなかった。

「なんでパパ勝手に返事するの? ママ断ろうとしてたのに。普通に外食でいいじゃん」

 正直、引越しの片付けも終わらないうちから、親戚とはいっても馴染みのない人たちと食事をするのは気詰まりだった。それにママだって、他所の家なんだから気を遣うに決まっている。

 なのにパパはさも不思議そうに反論した。

「ここから一番近い店でも、車で四十分だぞ。それに引越しで疲れてるんだから、ママだって助かるだろ」

 開いた口がふさがらない。

 横で私たちの会話を聞いていたママも、呆れ顔で小さくため息をついた。

「気を遣ってくれてありがとね、夏帆。その段ボール片付けたらおいで。髪の毛、結び直してあげる」

 しかし六時過ぎに本家に着くと、お屋敷には先ほど会った本家の人たちの他に、何故か近所の人たちが十人ほど集まっていた。

 私たち家族のために用意したという食事の席には、何の予告もなくその人たちまで当然のように座っている。

 挨拶もそこそこに、パパは広間の奥の、男の人達だけが並ぶテーブルに案内された。

 でもママと私は何故かパパの近くではなく、大人の席とは別の、廊下に近い子供たちのテーブルに座らされる。

 私は集まった五人の子供たちの中に、自分と同い年だというこの家の子を探した。

 けれど先ほど会った妹の方はいるのに、それらしき女の子が見当たらない。

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