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観光

 小京都と称される古い町並みは、平日にも関わらず多くの観光客でにぎわっていた。修学旅行生も多いが、海外の観光客たちが目立つ。

 しかし彼ら以上に、和装の真織は目立っていた。古い町並みの雰囲気と相まって、まるで時代小説から抜け出した登場人物のようだ。

 着物が珍しいのか、外国人観光客の一人がカメラの望遠レンズを真織に向けた。真織がさり気なく、無遠慮なレンズに背を向ける。

「初めて来たけど活気あるなあ。外国人観光客も多いし」

「市が観光誘致に力を入れ始めたみたいだけど、地元民としては一長一短だね。特に和装をした人間には肖像権がないと、勘違いするお客様の多さには驚くよ」

 私たちの前を塞ぐように歩道を横並びで歩く観光客たちを、真織は冷ややかに一瞥する。

 真綿にくるまれた皮肉に閉口する私をよそに、友人は四辻の手前の小さな土産物屋にふらりと立ち寄った。

「おお、坂之井さん」

 扉を開くと、レジ横の丸椅子に座っていた中年の男性が、真織に気付いて立ち上がる。

「ご無沙汰しております、双樹堂さん」

「いやはや、こちらこそ毎度お忙しい所を急かすようで申し訳ない」

 お気になさらず、と愛想よく笑い、真織は持参した紙袋から四六判大の木箱を取り出した。

 店主らしき男性が、断りを入れてから蓋を開く。

「おお、相変わらず玄人はだしの出来映えですな」

 世辞とも感嘆ともつかない声を漏らすと、男性は箱の中身をつまみ、顔の前まで持ち上げまじまじと眺めた。

 何となく気になって、横目で男性の手元を窺う。

 握りこぶし大ほどの木の塊。

 それは体を丸め、口を両手でふさぐ格好をした猿が彫られた木彫りの人形だった。言わざる……三猿のうちのひとつだろうか。

 よく見れば店内の奥のガラスケースには、似たような木彫りの人形たちが陳列されている。

 人形だけでなく根付や仏像、般若や翁の面まで、様々な商品があった。

 木彫りの工芸品は他にも何点か店に並んでいたが、奥のガラスケースに陳列されたものは他の商品とは少し雰囲気が違った。

 精巧なだけでなく、妙な精気がある。木に彫り出された表情がやけに生々しい。

 今にも動き出しそうな、目が合いそうな動植物や神仏、仮面たち。

「すごいな。もしかしてこのガラスケースの分は、全部お前が作ったのか?」

 感心する私に、本人ではなく店主が肯定する。

「ええ。坂之井さんの木彫りは、うちの主力商品なんです」

 まんざらお世辞だけでもなさそうな言葉だったが、真織は苦笑した。

「こんな若造の道楽にそう言ってくださるのは、双樹堂さんぐらいですよ」

「何を仰いますのやら。道楽で職人レベルのものを作られては、職人さんもかないませんがな。どうぞ、お連れ様もおかけください」

 ソファをすすめられ、断る理由もないので腰を下ろす。

 すると奥の間から和服に白い割烹着をまとった初老の女性が、茶と菓子を盆にのせて運んでくる。

 女性は急須からほうじ茶を湯呑みに注ぎ、私と真織の前にそれぞれ置いた。

「お兄さん、真織くんのお友達かね。根主荘(ねずそう)に泊まっとるの?」

「ねずそう? いえ……」

 そのような民宿があるのだろうか。

 首をかしげる私に、茶をすすっていた真織が湯呑みから口を離した。

「ああ、まだ言ってなかったっけ。うちの別荘の名前だよ。植物の《《根》》に主人の《《主》》と書くんだ」

 出された茶を飲み干すと、世間話もそこそこに、私たちは店を出る。

「昔から器用な奴だとは思ってたけど、すごい特技持ってんだな」

「大袈裟だなあ。単なる小遣い稼ぎだよ」

「そうなのか? 素人目に見ても、本職が作ったものと遜色ないと思ったぞ」

 友人の贔屓目かもしれないが、遜色ないどころか他の品より完成度が高く、洗練されているように見えた。

 何気なく褒めると、真織は何とも言えない笑みを線の細い顔に浮かべる。

「……習作だけどね、あんなものは全部」

「え?」

「いや。ところで、夕食は何にしようか」


 商店街のうどん屋で早めの夕食を済ませた頃には日が傾き、外はめっきり肌寒くなってきた。自宅を出た時には半袖だったが、こちらに到着してからはずっとジャケットを脱げずにいた。

 峠道は外灯が少なく、おまけに日が沈むと夜行性の動物が飛び出してくるという。

 私たちは六時も回らないうちに、早々に峠へ引き上げた。

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