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翌朝


「おはよう」

 聞き馴染んだ声に目を覚ました瞬間、見覚えのない天井が目に入る。

 あわてて飛び起きると、頭の奥に鈍い痛みが走った。周囲を見回すが、声の主の姿はない。

 工具の散らばった文机に、畳の上に敷かれた絨毯。

 どうやら真織の作業部屋で寝てしまったらしい。座布団を枕に、肩には薄手の毛布がかけられていた。

 外から小鳥の鳴き声が聞こえてくる。

「……真織?」

「ああ、こっちだよ」

 奥の襖が音もなく開いた。

 陽光のまぶしさに目をしかめたのも束の間、昨晩の出来事が脳裏によみがえり、ハッと身構える。

 しかし襖の奥には人形も障子戸もなく、朝の光に照らされた美しい庭と、縁側に腰かけ、体をひねってこちらを振り向く友人がいただけだった。

「ちょうど良かった。そろそろ風呂が沸くから、入ってくるといい」

 いつもと変わらない様子に面喰う。

 昨晩の不可思議な出来事は、全て夢だったのではないかと錯覚しそうになった。

 しかし壁際に移動された「生き人形」と、縁側に立てかけられた障子戸が爪で引っ掻いたように無残に破れているのを見た瞬間、現実だったのだと我に返る。

「お前、昨日……」

「うん?」

 言いたいことも聞きたいことも山ほどあった。

 しかしそれ以上に、二日酔いと寝起きで頭がうまく働かない。

「……言いたいことや聞きたいことはたくさんあるだろうけど。とりあえず、先にお風呂と朝ごはんを済ませておいでよ」

 友人の言葉に甘え、朝風呂をもらう。

 ずいぶん汗をかいたおかげで、肌着のみならずジャージまで湿っていた。

 やむを得ず、客室に用意された浴衣を借りる。

「意外と似合ってるよ」

 台所でコーヒーを淹れていた真織が、私に気付いて茶化すように笑った。

 お手伝いさんが用意してくれた惣菜の残りと握り飯で朝食を済ませると、頭痛は嘘のように引いた。

 どうやら低血糖と軽い脱水症状を起こしていたようだった。

「なあ。昨日のあれは、一体何だったんだ」

 障子を貼り換えながら尋ねると、背後で響くヤスリをかける音がぴたりと止まった。

「あれって?」

「とぼけるな。昨日の夜、外で……この障子戸を叩いたり揺らしたりした、真っ黒な化け物だ」

 刷毛を置き、縁側に座って作業する友人を振り返る。

「…………山の神」

「え?」

「祖父や父は、この山の神様だと言っていた。僕もあいつの正体を知っているわけじゃないんだ。ただ時々、あいつは思い出したように、ああして(ひい)お祖母ちゃんの生き人形を狙ってうちに来る」

 裂けた障子から垣間見えた異形の姿を思い出し、腹の底がひやりと冷える。

 そして壁にもたかからせるように置かれた人形を、おそるおそる窺った。

 見開かれ、瞬きもせず虚空に据えられた双眸はガラス玉のように無機質で、昨晩のように目が合うことはない。

「この人形はきっと、肉体を持たないものの器になり得るんだ。だから昨日みたいに、ああいう生き物でも人間でもない奴が自分の依り代にしようと、生き人形を求めて寄ってくる」

 そう言いながら、やすりがけを再開する。

「生き物でも、人間でもない……」

「別に、深く考える必要も信じる必要もないよ」

 友人の声が急に素っ気なくなった気がして、とっさに真織の顔を窺った。

「信じないも何も、俺は現に昨日、巻き込まれたばかりじゃないか」

 言い返すと、自分でも驚くほど低い声が出た。真織がちらりと俺を見下ろす。

「そういえば、そうだったね」

「信じるも考えるも、お前が判断することじゃない。まず話を聞かなきゃ、俺は何も分からないままだろうが」

 怖くなかったと言えば、嘘になる。

 けれどそれ以上に、目の前の友人が自分を拒絶し、理由を話そうともせずに遠ざけようとしていることが無性に腹立たしかった。

 友人は少し困ったような笑みを浮かべ「でも」と反論する。

「話してもきっと、君みたいな健全な奴には理解できないよ」

「いや、何となく分かった」

「え?」

「お前はたぶん、この生き人形の番をしているんだろう。昨日みたいな奴に、人形を奪われないように」

 私の言葉に、真織は切れ長の目を大きく見開く。

「……この人形は、曾祖父が作ったものでね。曾祖父は、自分の妻を生き返らせようとしていたらしいんだ」

 そして紙やすりと手に持っていた木彫りの人形を置き、縁側から立ち上がった。

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