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怪至②

「まあ、聞きなよ。そうだね、怪異と言えば……例えば、口裂け女やこっくりさん。君はそれらが実在すると思う?」

 私が「まさか」と否定すると、真織はうっそりと嗤う。

 燭台に点された小さく頼りない光が、痩せた白い顔にどこか歪な陰影をつける。

「だろうね。けれど、それらに遭遇した体験談や目撃情報はたくさんある。口裂け女や人面兼なんて、いい例だろう。こっくりさんに至っては儀式を行った子供が集団ヒステリーを起こし、校則でこっくりさんを禁止する学校まであった」

 怪異が広く認知されることで、架空の存在だったはずのものが、あたかも実在するかのように取り扱われるようになるということだろうか。

 友人が言わんとすることが、見えそうで見えてこない。

「虚実がどうであれ、両者は広く認知されるようになった。それを題材に映画や小説、マンガ、ゲームと様々な作品が作られ、昭和の時代の怪奇譚が今もまことしやかに語り継がれている。なあ、いるといないの境目は実にあやふやだとは思わないか?」

「……何が言いたいんだ」

 真織は人形の前に(ひざまず)くと、右手に持っていたものを胸の穴に埋め込んだ。

 彼が先ほどから作っていた木彫りの箱が、まるであつらえたように、元から人形の一部だったかのように、真四角の穴にぴたりと収まる。

「存在するはずのものを見る、あるいは遭遇する。いるはずがないものを人間は認知し、認知された怪異は僕たちの心に巣食い、記憶の中で、想像の世界で、各々の姿形と魂を持つ」

 私は痺れたようにその場を動けず、友人の言葉にただ耳を傾け、彼の奇行をただ見守ることしか出来なかった。

「そうして生まれた魂を、人形という〈がらんどうの器〉にどうにかして閉じ込めることは出来ないだろうかと。僕の曾祖父はそんなことを思いついた」

 真織は蝋燭の灯りを人形の胸元に近づける。

 中心にはめ込まれた木の箱がオレンジの炎に照らされ、私はおそるおそる目を凝らした。

 自分の手のひらに乗るサイズの立方体の内部に、何かが彫られている。

「これは……」

「どうだろう? 君が聞かせてくれた話を勝手にイメージして作ったんだ」

 それは胸元に何かを抱き、地べたに足をつけて座り込む小さな子供だった。

 背筋がぞくりと冷える。

 四つ身の着物に、耳できりそろえたおかっぱの髪。顔の無い子供が胸元に抱えているのは、角がとれた縦長の五角形の……石像。

 心臓がばくばくと嫌な音を立てて加速してゆく。

 私は真織に石像の詳細は話しても、「青い着物の子」の髪型には触れていなかったはずだ。

「お前、どうして」

「やだなあ、そんな顔をしないでよ。言ったじゃないか、勝手なイメージだって」

  冗談めかすように、真織が笑う。

  しかし、私は顔が引き攣って到底笑えなかった。

 真四角の木箱の中に彫られた子供は髪型といい服装といい体格といい、十数年前、私が見たものとひどく似通った姿形をしている。

 口の中が乾き、唇が小さく震えた。

 何か言わなくてはと顔を上げた次の瞬間、かすかな異臭がむっと鼻をつき――――反射的に吐き気がこみ上げた。

 夕立の前触れのにおい。

 鉄錆にも似て生臭い、濡れた土のにおいと、わずかに混じった腐臭。

 窓も扉も閉め切っているはずのこの部屋に、ものすごい速さで悪臭が充満してゆく。

「なんだ、このにおい。どうして」

 周囲を見回す私とは対照的に、真織はとある一点を食い入るように見つめていた。

 人形の背後、障子戸の向こう……おそらくは庭を。

「真織?」

「来る」

 ぽつりと呟き立ち上がる。そして線の細い、人形とよく似た面影を宿す顔に、かすかな笑みがひらめいた。

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