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序章 山中の別荘

聡明なる読者諸君の中にも、この物語に対して「あんまり嘘らしい」という批評を下す人があるかも知れぬ。否、足下自身も或いは其一人であるかも知れぬ。が、果たして嘘らしいか真実らしいかは、終末おしまいまで読んで見れば自然に判る。 嘘らしいような不思議の話でも、漸々《だんだん》に理屈を詮じ詰めて行くと、それ相当の根拠よりどころのあることを発見するものだ。(岡本綺堂『飛騨の怪談』)


「嘘か真実か、最後まで読めば分かる……か」

 確かにその通りかもしれないと、私は手元のゲラに視線を落とす。

 再来月号の特集記事で、今年の夏に開催された実話怪談コンテストの入賞作品たちが全文掲載されたものだ。

 ホラー雑誌『怪奇譚』が毎年開催するこのコンテストには、多くの実話怪談が寄せられる。

 ただし「実話怪談」を募集しても、応募作品が必ずしも実話とは限らない。荒唐無稽でファンタジーじみた作品や、ホラー映画や小説の盗作・パロディ、果ては良く出来すぎているがゆえに作り話だと感じてしまうものまである。

 雰囲気のある整った文章で、オチまで綺麗にまとめられた完成度の高い作品であっても、読み終えた時に「実話」ではないだろうなと感じる応募作は少なくなかった。

 逆に誤字脱字だらけで拙い語り文章でも、筆者が体験した怪異が読み手の心に巣くうような作品もあった。そんな話を読み終えた時、私は決まって頭の芯が痺れるような、胸の奥で恐怖が凝るような感覚に見舞われる。 もっとも、それは自分の主観だと自覚している。

 私がリアリティを作品でも、他の選考委員が同様に感じるとは限らないからだ。そもそも寄せられた「実話怪談」の真偽など、当事者以外に分からない。筆者が実話と言えば実話、嘘と言われてしまえばそれまでである。 だがコンテストの選考を振り返った今、思うところがある。

 私はホラー雑誌の編集者として集まった作品を冷静に審査する一方で、無意識のうちに自分が読んだ怪異譚の真偽を選別していたのではないかと。 ゲラをチェックし終えると、時刻はいつの間にか日付をまたいでいた。 私は机の端に放っておいたスマホを引き寄せ、友人にメッセージを打つ。

 大学時代の友人からとある誘いが届いたのは、二日前のことだった。 父から別荘を継いだから、泊まりに来ないか――――という突然の提案にわずかばかりの不穏を感じたものの、前々から抱えていた仕事が一段落ついたこともあり、私は彼の誘いに応じることにした。

 時刻は0時12分。こんな夜更けに連絡をするのは非常識かと思ったが、メッセージを送る相手が重度の夜型人間であることを思い出し、送信ボタンを押した。

 翌週、私はレンタカーを借りて友人の別荘を目指した。

 首都高速を抜け、県をふたつ越え、カーナビの道案内に振り回されながら、事前に聞いた住所へと車を走らせる。

 途中で道に迷って地元の人に道を尋ねつつ、曲がりくねった峠道をのぼること一時間弱。

 目的地付近に到着しましたと告げる案内音声と同時に、坂の上に懐かしい人影が姿を現す。

「久しぶり。よく迷わなかったね」

 車を降りると存外に外は肌寒く、私はジャケットを羽織った。

「カーナビのおかげで、なんとか。それにしてもカーブが多い峠だな」

 三年ぶりに会う友人は、大学の頃からさほど変わっていなかった。

 分厚い黒縁の眼鏡に、レンズの奥の切れ長の瞳。病的なまでに痩せこけた体に、中性的で柔らかな面差し。

 長身痩身にまとう鼠色の紬と、紺地の羽織と帯という組み合わせは、晩秋のこの時期によく似合う。

「妹さんは元気?」

「おかげさまで。その妹から手土産を預かってきた」

 妹から預かった菓子折りを友人に手渡し、私は急勾配の坂の上に建つ「別荘」を見上げる。

 正面を開けて三方を低い竹垣に囲まれた、古い木造の平屋建てだった。

 とりたてて大きな建物ではないが、よくよく見ると母屋の奥には離れとおぼしき小さな建物が見える。

 玄関に続く敷石、手入れの行き届いた庭、雨風で少し黒ずんだ木の外壁。庭のもみじは赤々と葉をしげらせ、来客を出迎えるように玄関前に植えられた小振りな竹の緑との対比が目にも鮮やかだ。

「まさに隠れ家だな」

「そんなご大層なものじゃないよ」

 華美ではないが風情がある。 別荘というより「庵」のようだ。

 俗世を離れた山中の、侘びた隠遁者の小さな住まい――――

「……ん? 他に誰かいるのか?」

 庭を眺めながら歩いていたその時、縁側の奥の障子戸の向こうでちらりと人影が見えたような気がして立ち止まる。 

 何気なく尋ねた私に振り返り、友人……坂之井さかのい真織まおりは小さく笑った。

「ああ、お手伝いさんだよ。父の代から来てもらってる人なんだ」

 玄関の扉が開けられた瞬間、檜の爽やかな香りが鼻をくすぐる。

 荷物を置いてきてはどうかと、真織はまず客室へと案内してくれた。

「狭い部屋だけど、適当にくつろいでよ」

 小さな和室だが、替えたばかりだとおぼしき畳は青々と固く、新鮮な藺草の匂いが爽やかだ。

 丸く切り取られた障子戸には、設計者の遊び心を感じる。

 床の間に飾られた水墨画の掛け軸や一輪挿しの茶の花にも、長時間の運転で疲れた心が和む。

 お手伝いさんがあつらえたのか。それとも別荘の主……真織か彼の父親のどちらかが手ずから用意したものか。

 お手伝いさんの「藤田さん」という初老の女性に出された茶と菓子で一服したのち、私と真織は麓の町へ小観光に繰り出した。


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