表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
咎色の徒花  作者: 久條奏
3/3

Ep Ⅱ. - Visiter -




小気味のいい音を立てて扉を開け、茶髪の青年が一人部屋に入ってきた。茶髪はオールバックで固められていて、伸びた背筋やのりの効いたスーツからは聡明さが覗える。


 スタスタと歩いて部屋の中央に来ると、青年はソファに深々と腰掛けた。

 そしてさっきまでの折り目正しさを一瞬で消し飛ばし、横柄な態度でおもむろにパイプを吸い始めた。


 そして、口と鼻から煙を吐くとぽつりと呟いた。

「密室殺人が起こった。……とだけ言えば、何故私がこの部屋を訪問したのかは解るだろう?」

 随分と態度が大きい青年に、クルトは呆れながら言う。


「何も言わなくても、ニール警部、リーゼロッテの推理を頼る以外にあなたがここに来た理由なんてありましたっけ?」


 ニール警部。


 クルトにそう呼ばれた20代前半の青年は、心底気怠そうに煙を吐き続ける。今日も彼はブレない男。そんな彼がリーゼロッテの部屋を訪ねるのは、いつも決まって一つの理由からなのだが、そもそも何故警部とリーゼロッテが顔見知りなのかというと、話は今から半年ほど前に遡る。



 二人が在籍するルードクロイツ学園には、毎年冬の時期に1ヶ月間の職業訓練がある。生徒たちが自分の関心のある職種の職業訓練に参加するもので、卒業するには絶対に落としてはいけない単位が懸かった行事であった。


 数ある候補の中から、ある生徒はパン屋に、ある生徒は服屋に、ある生徒は鍛冶屋に、家具屋に、喫茶店に、皆思い思いの職業を選択する。


 そんな中、このリーゼロッテという少女とクルトという少年はルノン警察署を選択したのだが、そこでの出来事がすべての発端なのだ。


 パン屋や服屋ならまだしも、警察署に職業訓練に行ったところで学園生徒にできる仕事など殆ど無いもので、案の定暇を持て余した二人は警察署の応接室のソファに座り、そしてこのニール警部のすっかすかな武勇伝を一日中聞かされるだけだった。


 リーゼロッテに至っては貴族の娘であるせいか、彼女の目の前には高級菓子や特上の紅茶などが山のように置かれ、大の大人しかも警察官達がヘコヘコとへりくだっていた。


 二人の学園生徒が警察署に通い、お菓子を食べて帰るだけという生活が半月ほど続いた頃だった。


 村の中でひとつの殺人事件が起きた。

 詳細は割愛するが、その事件はどう考えても犯人が分からないような迷宮入り級のものだった。

 調子よく毎日のように武勇伝を垂れ流していたニール警部も、諦念の様相を顔に貼り付けて、無心でパイプを吹かしてばかりだった。


 しかし、怪奇な殺人事件は思わぬ形で終息を迎えたのだった。

 話を聞いたリーゼロッテが一瞬で犯人と、その事件のからくりを暴いてみせたのだ。

 彼女の名推理にルノン警察署の署員たちは皆一様に驚愕し、彼女の推理力の前にひれ伏した。事件の犯人は無事捕まり、リーゼロッテは迷宮入りしかけた一つの犯罪を徒花あだばなへと変えせしめたのであった………。


 という事件があって以降、このニール警部は難事件怪事件の類に遭遇するたびにすぐに彼女の部屋に来ては、その度ごとに事件の推理を頼んでくるのだ。


 彼は一見プライドが高そうな青年に見えるが、いや、実際に昔はプライドの塊のような人間だったのだが、リーゼロッテの名推理を目の当たりにして以降、プライドという名の垣根がぐんぐん下がり、それどころかもうプライドなど欠片も残っていないのだ。


 そのプライドの低さを買われ、彼はルノン警察署の”リーゼロッテに推理を頼む係”としての役割を一任されているのだ。

 最初の方は署員たちから頼まれて渋々来ていたニールも、今では自らの意思で、事件現場から直行してくるようにまでなっていた。


「貴様もつくづく憐れなやつだなあ」

 リーゼロッテはパイプから一筋の煙を漂わせているニールに、飴玉を投げながら言った。


「なんだこの飴は?」

 目の前の床に落ちた飴を見て、ニールは左の眉と口角を上げながら訝しそうにリーゼロッテを一瞥した。


「この部屋でパイプを吸うなと何度も言っているだろう。そんなに口寂しいなら、飴でも舐めておくのだな」

「口寂しいわけではないのだよ。このね、この煙が良いんだ。たまらんのだよ」

 口答えしてきたニールを、吸い込まれてしまいそうなほど深い真紅の瞳で見やると、リーゼロッテは殺し文句を放った。


「おいニール、つまらん抵抗はやめたまえよ。貴様はわたしの推理を求めて来たのではなかったのかね?無能な貴様の存在価値はわたしの推理によってのみ保証されていることを努努ゆめゆめ忘れるのではない」

「ちっ」


 軽く舌打ちをしたものの、ニールは大人しくパイプの火を消すと飴を口に放り込んだ。リーゼロッテがニールの為に用意した不味い飴を、不味そうに食べている。


「不味いな……。…まあいい、本題に移るとするか。おい、銀髪貴族、とっとと解決してくれたまえよ」

「誰に言っている、今回もそのくだらん怪事件とやらを、徒花に変えてやろうじゃないか」

 不敵に微笑んだリーゼロッテに、ニールは今朝起こった密室殺人について説明しだした。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ