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咎色の徒花  作者: 久條奏
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Ep Ⅰ. - Lieselotte -



 



 ヨーロッパの小国、ヴィロエレフィ王国の北部に位置する小さな村ルノン。

 国の北部に位置するルノンは都市部から離れている事もあり森林が多く、初夏を迎えた今頃は、爽やかな翡翠色の木々が少し乾いた風に吹かれて小波のように揺れている。


 空から見れば、村の葡萄畑の間を縫うように土色の小道が村中に張り巡らされている。村の南部に行けばレンガ造りの商店が並び、週末になればお気に入りの服を着た若い娘や、孫の手をひいた老夫婦たちが買い物を楽しむ。


 北部に行けば森林が徐々に色濃くなり、貴族達の大きな別荘や職人達の小さな工房がぽつんぽつんと点在している。

 そしてその森林に入ってすぐの所には、ポッカリと開けた土地があり、村の中でも一際大きな建物が悠々と佇んでいた。


その建物の名は、


―――王立ルードクロイツ学園


 この学園よりも少し北側に位置するルードクロイツ山脈から名付けられた王立の学園だ。

 その過渡で度々形を変えてはいるが、元を辿ればおよそ300年ほどの歴史をも持つ、由緒正しき学園だ。国立よりも位や学費が高いこともあり、ここに通う生徒の多くは上流階級の家の子である。


 広大な敷地は、成人男性の背丈よりも少し高いくらいのレンガ塀で囲まれており、H字型の校舎の他にも講堂、学生寮、運動場などの施設も内包されている。

 灰色をした石造りの校舎は、巨大ながらも細部まで飾り彫刻が施されていて、所々に三角錐の屋根をした円塔がにょきにょきと生えている。


 歴史ある名家の子が通うのに相応しい、荘厳で壮大な趣を持つ学園である。


 そんな学園の広大な敷地の一角。正門を入って右手前に位置する学生寮、それを囲うように植えられた庭木の一つが、がさごそと音を立てて左右に前後に揺らめいていた。

 その揺れる葉の隙間から、深緋色の何かが木の揺れに合わせて見え隠れしている。


「ああまったく、困るなあ。そりゃあ女子寮に男が入っちゃ駄目ってのは分かってるけど、リーゼロッテが来いって言うんだから表から入らせてくれてもいいってもんなのに……」

 深緋ふかひ色の髪をした少年クルトは愚痴を漏らしながら、慣れた身のこなしで気を登っていた。背の高い木は3階建ての女子寮よりも少し高いくらいまで伸びている上に、寮舎から対して離れていない。それ故、この少年がやろうとしているように、木から女子寮の窓に飛び移れば寮舎に侵入することができるのだ。


 クルトは女子寮の向かいにある男子寮を抜け出して、女子寮3階の一室を目掛けて木登りの真っ最中であった。枝の隙間を縫うようにして木の幹を登り終えたクルトは、ほうっと一息つくと木の真正面、3階のとある部屋の窓を数回ノックした。


 しかし、室内からは何のアクションも無い。そしてそのまま数分が経過する。

「あーあ、まただよリーゼロッテ。君は僕を呼ぶくせしてなかなか出て来やしない。いくら貴族様とはいえ、流石に見下しすぎなんじゃあないかな。でも、多分僕を困らせてるこの時間を楽しんでいるんだろうなぁ」


 赤レンガ製の外壁をぼんやりと見つめながらクルトがボヤいていると、ガラッと無造作な音を立てて上げ下げ窓が開け放たれた。

「やっとだよ。……おじゃましまーす」

 半ば転がり込むようにして室内に入ったクルトは、自分の部屋のものよりもふかふかな絨毯の上に背中から着地した。


「どうした?」

 木の葉を深緋色の髪や肩に纏ったクルトは、頭上から降ってきた少女の少し幼い声にムッとする。

「どうした?ってねえ、君が僕を呼んだんじゃないか」


 文句を言いながら正座をしたクルトの目の前で、部屋の主である少女―――リーゼロッテはコトンと靴音をさせて足を組み変えてみせた。


「………」

 目が眩むほど美しくたおやかな銀髪、森羅万象を見透かしていそうな真紅の瞳。葡萄色と白色のワンピースドレスに包まれた細身の体躯の所々から、白く珠のような素肌が覗いている。

 小さく通った鼻梁に、ほんのり牡丹ぼたん色に染まった頬、16という年齢の割には少し幼なさを残した顔立ち。


 美しい。ただひたすらに美しい少女がそこに君臨していた。

 どんな精巧な銀糸も、彼女の髪には敵わない。どんな高級なルビーも絹も、彼女の瞳には、素肌には、敵わない。


 何度も見ているはずなのに毎回目を奪われるほどの少女リーゼロッテの姿に、クルトは今日もまた見惚れてしまっていた。


「わたしがお前を呼んだ?何を言っているんだね、君が勝手に押しかけてきたんじゃないか」

 貴族男子のような口調に似合わない幼い声で抗議し、リーゼロッテは少し迷惑そうに眉をぴくりと動かした。


「え?あれ?……あっ、そうだ。今日は僕が勝手に来たんだった。いっつも君に呼び出されているせいで、てっきりそんな気分になってたよ。ごめんごめん」

 正座したまま謝るクルトを睥睨へいげいすると、リーゼロッテは彼女が床に脱ぎっぱなしにしていた純白のネグリジェを指差した。正座した膝の上で、クルトがネグリジェを畳む。


「それより、昨晩は暑かったねリーゼロッテ。初夏とは思えない熱帯夜だったよ」

「そうか?」

「そうだよ!あっ、君の部屋には最新式のエアー・コンディショナーがあるからいいかもしれないけど、こっちはなかなか寝付けなかったんだよ。あー、この部屋は涼しいなぁー」


「………」

「いいなぁー、貴族様は」

「ふんっ……で、それで君。一体何をしに来たんだ」

「ああ、それね。そう、それ。またアイツが来てたから報告しようと思ってさ」

「あいつか」

「うん。僕の部屋の窓から見えたんだ」

「あいつかぁー」


 二人がなぜかテンションを下げながら見つめ合っていると、部屋の扉がこんこんと軽くノックされた。続けて「リーゼロッテさぁーん。また警部様がいらしてるわ」という寮母さんの声も聞こえてきた。


「噂をすれば……」

「逆だ。あいつ来てるのを知ったから噂してたんだ」

「まあ、そうだけど」


 女子寮にいるのが寮母さんにバレると面倒なので、クルトは一度タンスの陰に隠れておく。

 隠れ終わったのを見ると、リーゼロッテは「いいぞ、通してくれ」と寮母さんに返事をした。



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