好きです つき合ってください
「はりこのトラの穴」にも載っています。
好きです つき合ってください』
登場人物
ユリエ 高校二年生。女子。康一郎の双子の妹。康一郎役と顔が似ていない役者が望ましい。
夏実 高校二年生。女子。男言葉。
翔子 高校二年生。女子。
いずみ 高校二年生。女子。
アケミ 高校二年生。女子。
啓介 高校二年生。男子。ユリエの双子の兄。ユリエ役と顔が似ていない役者が望ましい。
雄一 高校二年生。男子。啓介より背が高い役者が望ましい。
担任 男性。
開幕
下手にホワイトボード、教卓。下手から上手にかけて生徒用の机椅子が7セットのみ並んでいる。
上手から生徒たちがしゃべりながら歩いてきて席につく。
雄一 「池田さん、おはよう」
夏実 「おはよ」
雄一 「伊吹さん、おはよう」
翔子 「おはよう」
雄一 「松本さん、おはよう」
いずみ「おはよう」
雄一 「市川さん、おはよう」
アケミ「おっはよーっ!」
雄一 「ユリエちゃん、おはよう」
ユリエ「はいっ、義理っ!」
ユリエ、ポケットからブラックサンダーを出して雄一に渡す。
ユリエ「何? 気に入らないの?」
雄一 「いや、ありがとう」
ユリエ、上手の自分の席につく。啓介、雄一に近づく。
啓介 「おい…、なんであいつだけ中村さんじゃなくてユリエちゃんなんだ」
雄一 「おまえと同じ苗字でまぎらわしいからだ」
啓介 「兄妹なんだから当たり前だろ」
雄一 「しかし、この様子は…」
雄一、自分の席(いちばん前)から周りを見回す。
啓介 「ずいぶん広いな」
下手から担任登場、教卓につく。
チャイムの音。
ユリエ「起立!」
生徒、全員起立。
ユリエ「兄貴! 緒方! もっときびきび立て! (間)きをつけ! 礼! 着席!」
生徒、全員着席。
啓介 「先生、いつからうちのクラスは七人だけになったんですかあ?」
担任 「いま説明しようとしたところだ。この七人以外は全員インフルエンザで倒れた」
啓介 「ってことは…」
担任 「学級閉鎖だ」
啓介 「ヤッターッ!」
雄一とユリエ以外、全員思い思いにガッツポーズを取る。
担任 「もっともウチのクラスだけ春休みが短くなるわけだが」
啓介 「ええええっ! 学校オーボー!」
雄一以外、わあわあ騒ぐ。
担任 「やかましい! 今日は出席だけ取って解散するが、寄り道せずにまっすぐ帰れよ!」
啓介 「先生、ほかの連中が休みなのはわかりましたが、机まで無いのはなぜですか」
担任 「今日、隣の教室で研究授業があるんだ。それで机椅子が足りないから運ばせてもらった。次に学校に来た時、みんなに運び入れてもらう」
啓介 「ええええっ!」
雄一以外、わあわあ騒ぐ。
担任 「やかましい! (ユリエの顔を見て)中村!」
ユリエ「起立!」
生徒、全員起立。ただし、雄一以外はいい加減に立っている。
ユリエ「緒方! もっときちんと立ちなさい!」
雄一、背筋をぴんと伸ばす。
ユリエ「きをつけ! さようなら!」
担任 「さよなら」
雄一と担任だけはきちんと礼。
担任、下手側に退場。雄一、席につく。ほかの生徒たちも帰ろうという様子はない。雄一、自分の机の中から何か見つける。机の上に置く。板チョコにメモ用紙が貼ってある。メモ用紙を見る。啓介、めざとく見つける。
啓介 「何だそりゃ、もらったのか? ちょっと見せてみろ」
啓介、手紙をひったくる。
雄一 「おいっ!」
啓介、メモを見てだまりこむ。間。
雄一 「…まあ、見つかっちまったから言うが、『いつものばしょ』ってどこだろうな。全く心当たりがないぞ。行かないと失礼だろうし。差出人の名前も無い。何とか知る手だてはないかな」
啓介 「(手紙を挙げて女子たちを見て)これを雄一の机の中に入れた人はいないか?」
雄一 「何聞いてるんだ、おまえ!」
女子、啓介の方を見る。しかし誰も名乗りでない。
啓介 「みんな集まってくれ」
女子たちが啓介の周囲に集まる。ユリエと翔子の動きは遅い。アケミ、CDデッキを机の上に置いてボタンを押す。『刑事コロンボ』のテーマ。
啓介 「今からこれを雄一の机にいれた人を調べる」
翔子 「はぁ? その子に失礼だと思わないの? 女をバカにしてるとしか思えない!」
いずみ「いいんじゃない? その子への後押しになるだろうし」
翔子 「そうじゃなくて、探偵ごっこみたいなマネをするなって言いたいんだよ!」
夏実 「まあいいぜ。こんな平日に早く家に帰ってもしょうがないし」
アケミ「いいよ、面白そうだし」
翔子 「ちょっとみんな…」
啓介 「嫌なら帰ってもいいぞ」
翔子 「当たり前だよ! だけどあんたたちだけじゃ何を始めるかわからないからここに残るよ」
啓介 「じゃあ、机の向きを変えよう」
啓介、下手からホワイトボードを中央に持ってきて客席に向ける。その前に自分の机を置いて座る。女子たち、ホワイトボードを中央にして机をハの字型に並べて座る。雄一、舞台中央観客席側に机を置き、客席に背を向けて座る。完全に啓介と被る。間。
啓介 「(上手に顔を出して)おいっ!」
雄一 「(上手に顔を出す。啓介の顔と被る)なんだ」
啓介 「(下手に顔を出して)おいっ!」
雄一 「(下手に顔を出す。啓介の顔と被る)なんだ」
啓介 「(立ち上がる)おいっ!」
雄一 「(立ち上がる。啓介より背が高いことが望ましい。顔が被る)だからなんだ!」
啓介 「なんでそこに行くんだ!」
雄一 「おれがここにいちゃまずいのか?」
啓介 「誰がいてもまずい!」
雄一 「普通向かい合って座るだろうが! 何で誰もここに座らないんだ!」
啓介 「はあ…、雄一、こっちに来い」
雄一、ホワイトボードの前まで歩く。
雄一 「なんでだ?」
啓介、手紙と板チョコを雄一に渡す。
啓介 「この手紙の文章をそのままホワイトボードに書け」
雄一 「手紙をくれた人に悪いような…」
啓介 「犯人の遺留品は、このチョコレートと手紙だけなんだ…」
雄一 「犯人て…」
啓介 「差出人がわからなくていいのか?」
雄一 「それは困る…」
翔子 「あんたたち、いい加減に…」
啓介 「では、アリバイ調べを行う。(雄一に)さっさと書け!」
啓介、雄一の机を舞台中央からいちばん下手に持っていく。雄一、首をかしげながらホワイトボードに向かう。「ほうかご、いつものばしょに来てください。きっとおどろくことがあるよ。ハートマークの中に『い』という文字」を書き始める。
啓介 「おれが教室に入ってきたとき誰もいなかった。高彦、おまえは?」
雄一 「最後に教室に入った。たしか、池田さん、伊吹さん、松本さん、市川さん、ユリエちゃんの順で挨拶したことを覚えている」
啓介 「ということは、おれが犯人でない限り、犯人はおれよりも早く来て机の中にチョコレートを入れたあといったん教室を出て、みんなが登校してきた頃合いを見計らって今登校したかのように教室に入ってきたと考えられる。では、登校する前のアリバイを証明できる人は?」
翔子、啓介を睨む。他の女子四人、顔を見合わせる。
啓介 「誰にもアリバイはないみたいだな…」
雄一 「出来たぞ…」
啓介 「ご苦労。では紙を配る」
啓介、A3大の紙を女子たちに配る。
翔子 「いつ、こんなもの用意したの!」
啓介 「学級閉鎖中の数学の課題の裏だ。先生から分けるように言われてた」
女子五人、紙を裏返して悶絶する。
啓介 「裏返せ。裏に『驚く』って漢字で書け」
翔子 「何でそんなことを…」
啓介 「この手紙ではひらがなで書かれている。犯人は『驚く』と漢字で書けないと考えられる」
翔子 「だから、そういう態度が女をバカにしていると…」
啓介 「書けないのか?」
翔子 「バカにするんじゃないよ!」
啓介 「だったら書け」
翔子、しばらく啓介をにらんでいるが、書き始める。
啓介 「できたか? せーの!」
啓介『驚く』と書いた紙を客席に向ける。夏実『おどろく』。いずみ『オドロク』。ユリエ『ODOROKU』。アケミ『踊ろ!く』。
啓介 「踊ってろよ、おまえは…」
アケミ「いやだぁ。あたし、体動かすのはいやだぁ。基本ひきこもりだぁ。家がお金持ちだったら、ホントーにひきこもってた」
いずみ「だったら良かったじゃないの、フツーの家で」
翔子 「(アケミに)それはひきこもりじゃなくてダメ人間でしょ!」
啓介 「翔子、おまえは…」
翔子『翔ぶ』と書いた紙を客席を向ける。
啓介 「なんだよそりゃ…」
翔子 「あたしはね、こんな難しい字だって書けるんだよ!」
啓介 「それはおまえの名前だろうが…、いや、『驚く』はちょっとハードルが高かったか。次は『場所』って書いてみろ」
雄一 「ここからは見えないぞ。だからあそこに座ればよかったんだ…」
女たち、書く。翔子がブツブツ言っている。
啓介 「せーの!」
啓介『場所』と書いた紙を客席に向ける。夏実『ばしょ』。翔子『バショ』。いずみ『BASYO』。ユリエ『芭蕉』。アケミ『婆所』。
雄一 「だから、ここからは何も見えない。普通話し合いって言ったらロの字型かせめてコの字型になるものなのに、何でハの字型になってるんだ?」
啓介 「(書かれたものを見て)突っ込んだら危険なものもあるから何も言わないが、何の手がかりにもならなかったな…。ユリエ、おまえは容疑者から外れた。帰っていいぞ」
雄一 「なんでだ?」
啓介 「このハートマークに『い』は、差出人のサインなんだろう。伊吹翔子、池田夏実、松本いずみ、市川アケミとみんな『い』がつくが、『なかむらゆりえ』のどこにも『い』はない」
雄一 「そんなのは最初からわかってただろ…」
ユリエ、カバンに荷物をゆっくりと詰める。
啓介 「次にこの手紙だが、実に変わった折り方をしている。JK折りとでも言うのか? 犯人は相当手先が器用だと見た。雄一、これをみんなに配れ」
雄一 「何でおれが…」
啓介 「おまえのためにやってることだ」
ユリエ、女子たちに挨拶をして下手に退出しようとする。啓介、ユリエの手をつかんでさらに下手に連れて行く。
ユリエ「放してよ、バカ!」
啓介 「犯人はおまえだな…」
ユリエ「えっ…」
啓介 「しかもあれは雄一あてのものじゃない」
ユリエ「何でそれを…」
啓介 「あれはおれあてだ。『いつものところ』っていうのは、偶に一緒に帰るとき待ち合わせる南館東側昇降口の下駄箱前だ」
ユリエ「だけど確かにあんたの机に入れたんだよ。なんで雄一のところに…」
啓介 「研究授業のためにこの教室の机椅子を出し入れしたらしい。それで位置がおかしくなっていた。今朝早くおまえがチョコを入れた後に、誰かが机の位置に気づいてもどしたんだろう。それで本物はどこにある」
ユリエ「本物って…」
啓介 「昨日夜中に台所から甘ったるい匂いがプンプンしてきて寝られなかったぞ。それに今朝、湯煎に使ったボウルを片づけてないって、母さんが怒ってた」
ユリエ「ボウルにこびりついてたのを後であんたにナメさせてあげようと思って…」
啓介 「それで本物はどこだ」
ユリエ「まだカバンの中…」
啓介 「今の状況で渡せるか?」
ユリエ「この状況を作ったあんたが言う?」
啓介 「あのチョコと手紙があいつの手元にある状況で本物を渡せるかって聞いてるんだ」
ユリエ「無理…」
啓介 「しかしあいつは差出人を知りたがっている。あれで頑固だから簡単にはあきらめないぞ。いっそのこと自分が入れたのを認めて、その流れで…」
ユリエ「いやっ! いくらバレンタインだからって、一日に三回チョコを渡す人なんかいないよ!」
啓介 「あのブラックサンダーは何なんだ」
ユリエ「後で本物を渡すサプライズ前の…、なんて言ったらいいか…」
啓介 「伏線か」
ユリエ「フクセンって?」
啓介 「フラグのことだ」
上手側では雄一が女子に紙を配っている。
いずみ「何これ…」
雄一 「英語の課題だ」
女子四人、悶絶する。
雄一 「それで、それを使って何か折り紙を折れって、啓介が言ってる」
翔子 「まあ、こういうのは好きだからね…」
翔子、いずみ、アケミが張り切って折り始める。夏実、紙飛行機を折って、頬杖をついて飛ばす。
雄一 「池田さん、やる気ある?」
夏実 「全然」
雄一 「だろうね…。池田さんがぼくにチョコをって、ちょっと考えられないし。だけど、それならなんで帰らないの?」
夏実、雄一をにらむ。
雄一 「ごめんね。意地悪な質問だった。だけど、はっきりアピールしないと、あいつには伝わらないよ」
雄一、夏実に背を向ける。
夏実 「オマエが言うな」
下手側で、ユリエと啓介が話している。
啓介 「どっかからビデオカメラを調達してこい」
ユリエ「そんなものどうするの?」
啓介 「大丈夫だ。うまくやる」
ユリエ「だけどそんなもの、簡単には…」
啓介 「写らなくてもいい。カメラの形をしていればいいんだ。早くしろ」
ユリエ「わかった!」
ユリエ、カバンを持ったまま下手側に退場。
啓介、上手に向きおなる。
啓介 「それからこれは森永ダースのミルクで、100均でもスーパーでもコンビニでも買える。何の手がかりにもならない」
雄一 「だったら言うな!」
翔子 「できた!」
翔子、折り紙を両手で挙げる。
翔子 「パンダ!」
いずみ、折り紙を両手で挙げる。
いずみ「ダイオウイカ!」
啓介 「ちっちゃ…。スルメイカにしか見えないぞ」
翔子 「小さいダイオウイカなんじゃないの?」
啓介 「小さくたって大きいよ」
いずみ「折り紙は実物大って誰が決めたの! パンダだって本当はもっとでかいんだよ!」
啓介 「だけどさあ、ダイオウイカの特徴って、デカさにあるわけだし…」
いずみ「だったら、パンダは白黒模様に特徴があるけど、翔子の折り紙はマジックでかいてあるじゃん!」
啓介 「市川…これは…」
アケミ「からあげ」
いずみ「折り紙じゃなくてしわ紙だ」
雄一 「ちっちゃいな…」
アケミ「実物大だ」
啓介 「そういう問題か?」
アケミ「小学校の時に『遠足の思い出』っていうテーマで作った。みんなぐうの音も出なかった」
いずみ「みんな呆然としてたんだよ…」
啓介 「池田…」
夏実、床の上を指さす。紙飛行機が落ちている。
啓介 「真面目にやれ」
夏実 「バカバカしくてやってられるか」
啓介 「だったら帰ればいいだろ」
夏実、勢いよく立ち上がる。啓介、後ずさる。
夏実 「どこにいようとあたしの勝手だ! なんであんたに指図されなきゃならないんだ! あんたになんでそんな権利があるんだ!」
翔子 「そうだよ。なんでそんなことを言う権利があんたにあるわけ? 夏実はあんたの妹でも何でもないんだよ! 何の関係もないただの同級生に命令する権利なんてどこにもないはずだよ!」
夏実、翔子を睨む。翔子、気がつかない。
翔子 「男はね、心のどこかで自分が女より上だと思ってるんだよ。そういうのがこんな時にもいつの間にか出て来ちゃうんだよ!」
アケミ「少なくとも成績は、あんたより中村の方が上だね…」
翔子 「そういうことを言ってるんじゃないの! 男は生まれつき…」
雄一 「折り紙は伊吹さんの方が上手だよ」
いずみ「(雄一に)あんたは黙ってなさい! だけど中村、夏実がここにいた方がいいんじゃないの?」
啓介 「…そうだな。池田、ここにいてくれ」
夏実、何も言わずにカバンを取りに行こうとする。
いずみ「そんな言い方じゃダメなんじゃないの?」
啓介 「池田さん、お願いします。ここにいて下さい」
夏実、カバンを乱暴に置き、もとの椅子に座って頬杖をつく。
雄一 「まったく、ひとの気持ちがわからない奴だ…」
翔子と啓介をのぞいた全員、雄一を睨む。雄一、気がつかない。啓介、下手に行く。
ユリエ、下手から登場。
ユリエ「(他の者から隠すように、啓介に見せる)持ってきたよ!」
啓介 「(手にとって)これはビデオカメラじゃなくて、デジカメだな…」
ユリエ「しょうがないじゃん。視聴覚室のビデオカメラが貸し出し中で、代わりにこれをガメてきたんだ」
啓介 「まあ、ないよりマシだ。おまえ、雄一をひきつけろ。その間におれはあの四人に協力を頼む」
ユリエ「恥ずかしい…」
啓介 「今更何を言ってるんだ…」
ユリエ「だって、あいつと二人で話すなんて、絶対顔が真っ赤になる。誤解される…」
啓介 「誤解じゃないだろ」
ユリエ「何をしゃべったらいいか…」
啓介 「何でもいいよ」
啓介、上手に移動。
ユリエ「緒方…、ちょっとこっちに来て!」
雄一、下手に移動。
下手側。
ユリエ「勘違いするんじゃないよ! 朝わたしたあれ『は』、義理だからね!」
雄一 「それはまあ、勘違いしないけどね…」
ユリエ、不機嫌になる。
上手側
アケミ「32円で告白する人はいないよね」
いずみ「『は』を強調してたように聞こえたけど」
翔子 「どういう意味?」
いずみ「例えば…、(夏実に)中村啓介ってどんな奴?」
夏実 「頭はいい奴だ」
アケミ「(夏実の耳元で叫ぶ)わっ!!」
夏実 「やかましい」
アケミ「強調してみた」
啓介 「そんなことより協力してほしいことがある。あのチョコと手紙を机に入れたのは、ユリエだ」
翔子 「そうなの?」
鈴 「だろうな」
いずみ「やっぱり」
アケミ「考えなくてもわかる」
翔子 「あんた、妹のラブレターを公開するなんて!」
啓介 「あれはラブレターじゃない。ついでに言うと雄一あてでもない。おれあてのメモだ。おれとあいつの机が反対になってたんだ。あの文章の『おどろくこと』っていうのは、雄一に告白した結果の報告って意味だ。だいたい、メモ用紙にラブレターを書く女子がいるか」
翔子 「そういう、男だからどーだ、女だからどーだっていう感覚じたいが…」
夏実 「だったらこの際、あれを使えばいいだろ」
啓介 「無理だそうだ」
いずみ「女の子ならわかるはずだよ。108円のチョコレートで告白できるわけがないでしょ!」
夏実 「そーなんだ。自分が女の子じゃないからわからなかった」
翔子 「だからその、男だから女だからって…」
啓介 「ユリエは、人違いでチョコが渡ったこと自体あいつに知られたくないんだ。だから協力してくれ! ユリエに恥をかかせることなく、告白できるように持っていきたい」
いずみ「告白って、どういう…」
啓介 「あいつは手作りチョコレートをカバンの中に用意している」
アケミ「ベタだね」
夏実 「ベタだな」
いずみ「あたしもベタだと思う。もっと個性的なプレゼントがいいと思うよ」
夏実 「『進撃の巨人』のDVDとか」
いずみ「○○(ジャニーズのグループの新曲)のCDとか」
アケミ「チャーハン唐揚げ弁当とか」
翔子 「お金とか」
啓介 「おまえらのほしいもんなんかどうでもいい! こういうのはベタじゃないと意味がはっきり伝わらないんだ!」
いずみ「『手作りチョコ』で個性を出すとなると…」
アケミ「アフリカに電話してカカオを直輸入して、正真正銘手作りチョコレ…」
雄一 「できるか! 高校生が、っていうより個人でできることじゃねーだろ! 」
夏実 「それよりも、なぜ今まで自分の気持ちに気づかなかったのかという思いを込めて、どろどろのチョコにツバと、細かく切った髪の毛と、爪の粉末を練り込んで…」
啓介、翔子、いずみ、あとずさる。
アケミ「中村…、きっと大丈夫だよ」
いずみ「全然大丈夫じゃないと思う」
アケミ「煮沸してあるから」
雄一 「おれは関係ねーだろ。そんなことより…」
下手側
ユリエ「義理。義理。ギリギリ…。虫歯がぎりぎり痛む。ぎーりーとにんじょおはかりーにーかけりゃー、」
ユリエ、「唐獅子牡丹」をワンコーラス歌いきる。
雄一、あっけにとられて見つめている。
上手側
啓介 「トマトかリンゴのようだ…」
いずみ「歌い始めたけど、途中でやめるのも恥ずかしくなって、結局ワンコーラス唄いきったけれど、やっぱりすごく恥ずかしいってことみたいね」
啓介 「おれが泥をかぶる。誰かこのカメラを見つかりやすいところに隠してくれ。あとはおれがすることを黙認してくれればいい」
翔子 「男って、本当にチマチマしてるね。あたしはそんなのに手を貸すのはいやだよ」
いずみ「(笑って)あたしもやらないよ。恨みは買いたくないし」
アケミ「あたしがやろうか?」
いずみ「あんた…、ちょっとは気を使いなさいよ!」
アケミ「(夏実をちらりと見て)こんなめんどくさいコに気を使ってられないよ!」
翔子 「なに! 女の子は簡単な方がいいって言うこと?」
啓介 「ケンカするんじゃない。おれがやると後で雄一が、『怪しかった』って言い出すかもしれないっていうだけで…」
いずみ「中村! あんたのせいなんだからどうにかしなさい!」
啓介 「は?」
いずみ「夏実に頼みなさい!」
啓介 「おまえにはお願いしてばかりいるみたいだな…。池田さん、お願いします」
夏実、鼻をならしてカメラをつかむと舞台中央に進む。
下手側
ユリエ「ギリギリ…、ギリギリガールズ…。ギーリがすたれえば、」
ユリエ、「唐獅子牡丹」をフルコーラス歌う。
上手側
啓介 「今度はフルコーラスだ…」
翔子 「男、男って、うっとおしい歌詞だね…」
夏実、ユリエが歌っている間に舞台中央奥のホワイトボードの桟にデジカメを置いて帰ってくる。
啓介 「池田、なんであんな所に…」
夏実 「『見つかりやすいところ』って言ったじゃねえか」
啓介 「見つかりやすいところに『隠せ』って言ったんだ。ちっとも隠れてねえ!」
夏実 「だったら自分でやれ」
翔子 「そうだよ、だいたいこっち(客席側を指す)は壁しかなくて、向こう(舞台奥を指す)にはホワイトボードしかないんだから、カメラなんかあそこにしか置けないよ!」
いずみ「そうだよ! だからなっちゃん、落ちこまないで…」
夏実 「落ちこんでねえ!」
啓介 「しょうがねえ…、やるぞ!」
下手側
雄一 「ユリエちゃん…」
ユリエ「(恥ずかしさのあまり目を合わせられない)なに…」
雄一 「歌はへたなんだね」
ユリエ、雄一を殴る。
啓介、中央に移動。
啓介 「雄一、こっちにきてくれ」
雄一、中央に移動。
啓介 「(ホワイトボードを見て)やっぱりこれが手がかりだと思うんだ。何か気づくことはないか?」
雄一 「字がへただ」
啓介 「おまえが書いたんだろうが!」
雄一 「ひとが書いた字をへたとか言えるか」
ユリエ「あたしの歌をへただって言ったくせに!」
いずみ「本当にわからないのかな…」
翔子 「男なんて、チマチマしてるくせに観察力なんかないんだよ」
夏実 「それについては同感だ」
啓介 「ほかには…」
雄一 「あっ!」
啓介 「何か気づいたか!」
雄一 「この『い』っていうのは、名前じゃないんじゃ!」
啓介いきなり桟にあったカメラをつかむと上手側に走る。三メートルほど走り、絶対にカメラを壊さないように細心の注意を払いながら転ぶ。雄一が啓介に近づく。
雄一 「おいっ、どうしたんだ」
啓介、カメラを雄一に差し出す。
啓介 「とうとう見つかってしまったか…」
雄一 「は?」
啓介、起きあがりながら雄一が話す前に一方的にしゃべる。
啓介 「実はそのチョコと手紙はおれのイタズラだったんだよ。おまえがどんなリアクションをするか動画で撮ってたんだ」
啓介、デジカメの画面を雄一に見せる。
啓介 「ほら…、撮れてるだろう? すぐに消すから…。ホラ消えた。いや、悪かった。悪趣味だった。すまなかった、ごめんなさい、申し訳なかった、もうしません、許してください。だけどおまえのバレンタインがこれで終わりかっていうと…」
啓介、ユリエの方を見る。
雄一、机の脚を蹴飛ばす。
雄一 「おまえら、おれをナメてるのかあ!」
全員、ビクッとする。
夏実 「まずいな…」
アケミ「まぁ…、当然だよね」
啓介 「待ってくれ。おれが一人でやったことだ。こいつらは何も知らない!」
雄一 「おまえらずうっとあっち(客席を指す)向いてしゃべってたじゃねえか! 全員でおれに聞かせたくない話をしてたとしか思えん!」
啓介 「いや、それは…」
雄一 「それとも向こう(客席を指す)に誰かいて、そっちに向かってしゃべってたのか!」
啓介 「だから、そういうこと言うのは色々とマズイから…」
下手から、担任登場。
担任 「おまえら、いつまで残ってるつもりだ! 休日じゃないんだぞ。さっさと帰れ!」
雄一 「先生、向こう(客席を指している)に誰かいますか?」
担任 「○○さん(当日来ていることがわかっている知り合いの名前)と、○○さんと、○○さんが…」
雄一を除く全員「見えるのか、アンタ!」
担任 「いや、見えないな…。真っ白い壁しか見えない」
担任、生徒たちの剣幕に押されたかのように下手に移動。立ち止まって負け惜しみのように上手に叫ぶ。
担任 「早く帰れよ!」
下手に退場。
翔子 「(下手を見て)まったく…、こっちの剣幕に押されて逃げたくせに! 能力のない男に限って威張りたがるんだから! 先生がみんな偉いわけじゃないんだよ! みんな、能力しだいなんだ!」
アケミ「指導する立場にいる人は、偉くなくても偉いフリをしなくちゃならないんだよ…」
いずみ「あんたのお父さんも先生だったね」
アケミ「能力なんかなくたって生きていかなきゃならない。男は何の能力もなくても妻子を食べさせなきゃならない」
翔子 「誰にだってできることがあるはずだ!」
アケミ「誰でもできることができたってお金にはならない」
翔子 「だったら自分だけができることを見つければいい!」
アケミ「パパはケン玉がすごくうまいけど、誰にも褒められないよ」
いずみ「あたしのお父さんの特技は、どこででも寝られることだってさ」
夏実 「ウチのオヤジは何でも食べられる。好き嫌いが一切ない」
翔子 「『男が家族を食べさせる』っていう考えそのものが古いんだよ!」
アケミ「パパは仕事が大嫌いだけど、あたしたちのために働いてるんだ!」
翔子 「それでも、努力して先生になったんでしょ! 何でそういうこと言うの!」
アケミ「あんたが『能力』、『能力』ってうるさいから! パパは、何の才能もないけど、世界でいちばんあたしを大事にしてくれる。あたしがあたしでいる限り、パパがあたしを裏切ることはない。たとえあたしの躾のことでママに何も言い返すことができなくても、それだけは信じられる」
翔子 「だから、女たちのそういう態度が男たちをいい気にさせてるんだ!」
啓介 「(雄一に)おまえは、こいつらがおまえをだまして喜ぶような奴らだと思ってるのか!」
雄一 「おまえもそんな奴には見えないな」
啓介 「は?」
アケミ、デッキのスイッチを押す。『古畑任三郎』のテーマ。
雄一 「(舞台中央を指して)おまえはおれがここに座ることを嫌がった。何でだ?」
啓介 「だから、そういうのはヤバイって…」
雄一 「それともホントーに向こうに人がいるのか?」
啓介 「そんなわけねーだろ!」
雄一 「しかしホワイトボードの桟にデジカメがずっとのっていた。これは事実だ」
アケミ「事実じゃないんだけど」
雄一 「ならば、おれがそこに座っていれば確実におれの様子を撮ることができた。しかしおまえはおれをそこに座らせなかった。つまりおまえは、おれの姿なんか撮っていなかったんだ!」
啓介 「さっき消す前に、今日の教室が写っているのをみせただろうが」
雄一 「最初から撮っていたわけじゃない。おれに見せる直前に撮っただけだ。それをおまえは、ずっと前から撮っていた画があるかのようにおれに言って、二、三秒の動画を消した」
アケミ「こいつは利口なのかバカなのか…」
夏実 「バカとか利口とかいうより、鈍いんだろ」
啓介 「ちょっと待て。おまえの話は矛盾してるぞ。もしおれが動画を撮っていなかったとしたら、おれたちは何をおまえに隠していたって言うんだ」
雄一 「そういうところがおれをナメてるって言うんだ!」
雄一、ホワイトボードを指さす。
雄一 「この手紙には、差出人のサインはあるが、宛先の名前がない。…つまり、本当におれあての手紙なのか?」
雄一以外の全員、硬直する。
雄一 「もし、これがおれ宛じゃないとすれば、おまえらがそれを隠そうとしたのもわかる。チョコレートを貰って喜んでいたのが人違いだとわかったら大恥だからな。おまえらはおれにそんな思いをさせたくないと思った。そのことをこそこそ相談してたんだ。ならばこれは誰宛なのか? 男子がここに二人しかいない以上、普通に考えれば啓介、おまえ宛だ。無論女の子が女の子に友チョコを贈るっていうことはあるだろうが、それなら机に入れたりせずに直接手渡すだろう。ならば誰からか? それはここにはっきりと書かれている」
雄一、ホワイトボードの『い』を指す。
雄一 「これは名前じゃない。名前の頭文字を書いても誰だかわからない。しかし家族の中でだけ使われている略号だとしたら? これはもともと『妹』と書いていたのがあまりにも頻繁に使われたせいでしだいに略され、ひらがなの『い』だけになったんだろう。これを見た時おまえは、誰が誰宛てに送ったものなのか一目でわかったはずだ。多分研究授業のために机椅子が出し入れされているうちに混乱して、おれの机に紛れこんでしまったんだろう……、違うか!」
啓介「いろいろアブナイ所はあったが、だいたい合っている。それでだ…」
啓介、ユリエを見る。
啓介 「いや、まずはおれから言うべきか…」
夏実 「(雄一を見て)こいつも頭はいいみたいだ」
雄一 「つまりこれは…、ユリエちゃんから中村啓介へのラブレターだ!」
雄一を除く全員「はあ!?」
アケミ「やっぱりバカなんじゃないの?」
啓介 「ラノベかエロゲの影響でも受けたのか?」
雄一 「『い』がハートマークで覆われている」
啓介 「ただのシャレだ、そんなの! 兄妹なんだぞ!」
雄一 「おまえら、本当は兄妹じゃないだろ!」
啓介・ユリエ「はぁ?」
雄一 「(全員を見回して)おまえら今まで変だと思わなかったのか?」
翔子・いずみ・鈴・アケミ「えっ?」
雄一 「こんなに似てない兄妹がいるか!」
雄一以外、全員絶句。
いずみ「まさか、ここに食いついてくるなんて…」
啓介 「…どうしたらいいんだ」
担任、下手から登場。
担任 「おまえら、早く帰れと何度言ったら…」
啓介 「(すがるように)先生! 四月に全員の戸籍抄本を集めましたよね。おれとユリエが本物の兄妹だと…」
担任 「そういう設定だったよな。顔が似た役者はそろえられなかったけど」
雄一 「設定? 役者?」
担任・雄一以外の全員「帰れー!」
雄一以外の全員、そこらへんにあるものを担任に投げる。
担任 「あたたたた。モノを投げるな!」
担任、下手に退場。
啓介 「あぶなかった…。世界観そのものがブチ壊れるところだった」
雄一 「は? 世界観?」
啓介 「何でもない!」
雄一 「ユリエちゃんの気持ちを受け取るかどうかは、おまえが決めることだ」
雄一、帰り支度を始める。啓介、動こうとするが動けない。夏実、ユリエの机まで行き、ユリエのカバンを開ける。
ユリエ「あんた、ひとのカバンを…」
雄一、自分のカバンを持って下手に歩き始める。
夏実 「作戦を力業に変更する!」
夏実、ユリエのカバンからきれいにラッピングされた大きな包みを取り出し、ユリエに放り投げる。ユリエ、両手で受け取る。
夏実 「もう小細工が通用する段階じゃない! 行け!」
ユリエ「そんな…」
夏実 「また一年待つのか? そんなに我慢できるのか?」
ユリエ「無理…」
夏実 「だったらやれ!」
ユリエ、下手を向き、プレゼントの包みを雄一の頭に投げつける。
夏実 「ユリエ…」
雄一、頭に手を当てて振り向こうとする。
夏実 「走れ!」
ユリエ、下手に向かってドタバタ音を立てて走る。雄一、驚愕の表情。ユリエ、雄一の両脚を取って肩で背中を押す。雄一、うつ伏せに倒れる。ユリエ、雄一を組み伏せて裸絞めにする。
夏実 「いいぞ!」
啓介 「その体勢をキープしろ!」
夏実 「そのままでいいから言え!」
ユリエ「何を…」
いずみ「わかってるでしょう、言いなさい!」
ユリエ「好きです。つきあってください…」
アケミ「もっと大きな声で!」
ユリエ「好きです! つきあってください!」
間。
夏実 「返事がくるまで、何度でも言え!」
ユリエ「好きです!! つきあってください!!!」
雄一 「すまん…」
ユリエ、ビクッとする。
雄一 「ごめん…、ごめんなさい!」
ユリエ、裸絞めを解いて立ち上がる。雄一、咳き込む。
ユリエ「帰れ…」
雄一 「あっ、あの…」
ユリエ「帰れ! 一秒でも早くあたしの視界から消えろ! どっかに行け! 消えろ!」
雄一 「(プレゼントを持って)あの…」
ユリエ「持ってけドロボー!」
陽一 「いや…」
ユリエ「さっさとあたしの前からいなくなれ!」
雄一、カバンとプレゼントを持ち、下手に走り去る。退場。間。
夏実 「ユリエ…、ごめん」
ユリエ「あんたのせいじゃない」
ユリエ、上手に移動。何も言わずに椅子に座る。いずみ、下手を見続けている。間。
ユリエ「ごめん、みんな。ちょっと一人にしてくれないかな…」
啓介 「おまえ…、馬鹿なことを考えるなよ」
ユリエ「馬鹿なことって、なに?」
啓介 「いや…、すまなかった」
ユリエ「あんたには後でじっくり話があるからね…」
啓介 「そうか…、少しくらい遅くなってもいいからちゃんと帰ってこいよ」
いずみ「(下手を向いたまま)ちょっと気になることがあるんだけど…」
啓介 「確証がないなら言わないでくれ」
いずみ「(啓介を見て)そうだね」
啓介 「(全員を見て)帰ろう」
翔子 「ちょっと待ちなさいよ! ユリエがかわいそうだと思わないの!」
ユリエ、ビクッとする。
いずみ「かわいそうって、あんたねえ…」
翔子 「つらい時ほどいっしょにいてあげるのが友達でしょ! 何が『確証がないなら言うな』だ! 自分こそ確証もないのにつっぱしったくせに! 偉そうに言うんじゃないよ!」
啓介 「本人がこう言ってるし…」
翔子 「『心配じゃないの』って言ってるんだよ!」
いずみ「あたしも帰った方がいいと思うよ」
夏実 「自分もそう思う」
アケミ「帰りにコーヒーでも飲んでいこうよ。お金がないから自販機だけど」
啓介 「伊吹…、頼む」
翔子 「なに! なんであたしがワガママ言ってるみたいになってるの! もともとあんたたちが余計なことをしたから!」
ユリエ、立ち上がる。
ユリエ「一人にしてほしいって言ってるでしょ! ケンカなら外でやってよ!」
しんとなる。啓介、アケミ、翔子、いずみ、夏実、カバンを持って下手に去っていく。
夏実 「(去り際にユリエに言う)あんたは…、勇気がある。あたしなんかよりはるかに強い!」
ユリエを残し、夏実を最後尾にして全員退場。
ユリエ「だけど、勝てなかった」
ユリエ、座ってカバンからマンガを出し、読み始める。しかしページはめくっていない。間。
下手から翔子登場。
翔子 「ごめんねえ…。あいつらが『さっさと帰るぞ』ってうるさくって…、『忘れ物を取りに行く』って言って、やっと抜け出してきたんだ」
ユリエ「(マンガから顔を上げずに)ふうん」
翔子 「『一人になりたい』っていう気持ちもわかるけど、ちょっとあたしの話を聞いてよ」
ユリエ「(マンガから顔を上げずに)どうぞ」
翔子 「あたしはもともとバレンタインって、好きじゃないんだよね。要するにお菓子屋さんの陰謀でしょ。男たちが自分の都合で作ったイベントだよね」
ユリエ「(マンガから顔を上げずに)そうだね」
翔子 「『女の子が一年に一度勇気を出す日』って…、これじゃ男の方が女より勇気があるみたいじゃない! あんたもそう思わない?」
ユリエ「(マンガから顔を上げずに)思うよ」
翔子 「ねえ…、あたしの話聞いてる?」
ユリエ「(マンガから顔を上げずに)全然」
翔子 「ひとが一生懸命しゃべってるんだから聞きなさいよ!」
ユリエ「(マンガを机に置きながら)一人にしてほしいって言うのに押し掛けてきて、『話を聞け』って…、あんたも変なコだねえ…」
翔子 「今のあんたの気持ちはわかってるつもりだよ」
ユリエ「夏実から借りたマンガが、一巻で主人公が死んじゃって、これからどうなるんだろう…っていう気持ち」
翔子 「それは一巻のいちばん最後でしょ! あんた最初のページから全然めくってない! マンガなんか読んでないでしょ! あんたが今考えているのは緒方のことだ!」
ユリエ「だったら何だっていうの?」
翔子 「あたしはね、あんたが緒方とカップルにならなくて良かったと思ってるよ」
ユリエ「ねらってんの?」
翔子 「何であんたが緒方に告白しようと思ったのか知らないけどね…、あいつはあんたが書いた手紙を公開したんだよ! あんたをさらし者にしたんだ!」
ユリエ「アニキのペースにのせられたんでしょ。あいつは人を巻き込むのがうまいからね…」
翔子 「あたしはね、あんたのこと尊敬してるんだ…。あんたがそんなにウジウジしているところなんか見たくないんだよ!」
ユリエ「だったら帰ればいいじゃん」
翔子、手を挙げる。スマフォの着信音。ユリエ、右手で翔子を制して左手でスマフォを出して操作。スマフォをしまう。
ユリエ「保留にしたよ。続きをどうぞ」
翔子 「(気まずさを隠すように)あんたは…、美人で明るくて、スポーツもできて、誰からも好かれていて、人をその気にさせる力があって…、あたしの憧れの女性だった」
ユリエ「成績はあんたと似たようなものだけどね」
翔子 「あんたみたいな人にもあたしと似たようなところがあるのもうれしかった」
ユリエ「あっそ」
翔子 「あたしはあんたみたいになりたかったのに! 今のあんたを見ているとイライラするんだ!」
ユリエ「だから、帰ればいいでしょ!」
翔子、ユリエをにらむ。メールの着信音。ユリエ、スマフォを開いて操作する。
翔子 「メールなんか無視しなさいよ!」
ユリエ「これ以上、アニキに心配させるつもりはないよ」
翔子 「校舎内では電源落としときなさい!」
ユリエ、携帯をしまう。
ユリエ「電源切ったよ、それで?」
翔子 「そのあんたが、失恋したくらいで落ちこんでほしくないんだよ! いつか家庭科の先生も言ってたでしょ、『一瞬の男より一生の資格』って…。女性には様々な可能性がある。この男社会の中で男たちよりも活躍している女性がたくさんいる!」
ユリエ「あんたがなんかしたわけじゃないよね」
翔子 「緒方も中村も結局あんたをさらし者にしただけだった…」
ユリエ「あんた、ひとの家族の悪口を言うためにもどってきたの?」
翔子 「何であんたがあんな奴とつきあおうと思ったかがわからないって言ってるんだよ! あいつはあんたにやさしい? 大事にしてる? そんなことないでしょ! あんたに大恥かかせたあげく逃げちゃったじゃない!」
ユリエ「そんなに大げさなことじゃない…」
ユリエ、立ち上がって歩く。
ユリエ「あたしは、あいつの姿を見るのが好きだった。あいつの声を聞くのが好きだった。あいつといつまでも話していたかった。せめてもう少しだけ、近くにいきたかった…。ただそれだけ」
ユリエ、翔子に背を向ける。
翔子 「…カッコつけてるんじゃないよ」
ユリエ、ピクリと体を震わせる。体ごと振り返って翔子を見る。間。緊張感。翔子、口を開きかける。スマフォの着信音(ジャニーズ系の曲)。翔子、ギクッとする。動けない。ユリエ、座って机に両肘をついて手を組み、あごをのせる。
ユリエ「出れば?」
翔子、スカートのポケットからスマフォを出して耳に当てる。
翔子 「中村! …なんてタイミングで電話してくるの! うん、うん、わかったって! すぐに帰るから!」
翔子、スマフォを操作してポケットに入れる。
ユリエ「校舎内では電源落としときなさい」
翔子 「どこまでしゃべったかわからなくなっちゃったじゃない!」
ユリエ「早くしてね。アニキにうそをつくことは許さないよ」
翔子 「中村があんたに何をしたか忘れたの!」
ユリエ「(ひどく馬鹿にしたような声)『カッコつけてるんじゃないよ』までだったね」
翔子 「何が『もう少し近くに行きたかっただけ』だ…。緒方があたしたちに挨拶しただけで不機嫌になるくせに! あいつに他の女の子を構ってほしくないくせに!」
ユリエ「あいつを見ていて切なくなった。なぜもっと近寄っちゃだめ? なぜさわっちゃだめなの? だからさわれるところまで行った」
翔子 「そうさせてくれたのは夏実だよね! 夏実はあんたを『勇気がある』『強い』って言った! だけど中村は自分があんたの後押しをしているつもりだった。あんたの価値はね、男なんかにわからないんだよ!」
ユリエ、机の上のマンガをぎゅっと握りしめる。翔子、気づかない。
翔子 「だからあんたと緒方がカップルにならなくて良かったと言ったんだよ。男に後押しされて、男につき合ってもらうなんて、あんたらしくないよ。あたしは確かに何もしていない。だけどあんたは違う!」
間。翔子、ユリエの目をじっと見る。
翔子 「あたしはあんたに、男の子に好かれるための努力なんかしてほしくない。あんたが男の機嫌を取るところなんて見たくない。あんたはこの男性社会で、男以上に活躍できると思う。男たちに、女の力を教えてあげることのできる人だと思う。男どもを『教育』できる人だと思う。それは女たちだけじゃなく男たちにとっても幸せなことだと思う。『あたしはあんたのようになりたかった』って言ったよね。あたしにできないことでも、あんたならできる」
ユリエ、翔子の目をじっと見る。
翔子 「男たちの『女こどもを守らなければ』なんていう思い上がった気持ちを取り除いてあげてほしい…、中村みたいに、妹のためとか言いながら全部台無しにするようなことをやめさせてほしいし、それが男たちの負担を減らすことにもなる。これがあたしの素直な気持ち……、わかる?」
ユリエ「わかるよ…、あたしはあんたのことを誤解してたみたいね」
翔子 「(ぱっと明るい表情をする)本当? よかった!」
ユリエ「あんたがあたしをそこまで見ていてくれたとは思わなかった」
翔子 「だったら一つだけお願いがあるんだけど…」
ユリエ「今だったら何でも聞くよ!」
翔子 「もし新条がアクセサリーかなんか持ってきて、『いい友達でいてほしい』とか言ったら、ぶん殴ってほしいの!」
ユリエ「フン。未練たらしく、『こんなおれでも良かったら…』とか言ってきてもビンタくれてやるわ!」
翔子 「それでこそユリエよ! ありがとう、元気出してね!」
翔子、手を振りながら下手に去る。退場。ユリエ、笑いながら手を振る。翔子が退場して無表情になる。手を振るのを止める。
ユリエ「(手を挙げたまま)やっと帰った…」
ユリエ、立ち上がり、パントマイムで電灯のスイッチを消す。カチッという効果音。ステージ上が薄暗くなる。ユリエの姿は観客から見える。ユリエ、机に突っ伏す。
間。
下手から雄一登場。パントマイムで壁のスイッチを入れる。効果音。ステージが明るくなる。ユリエの机に近づき、きれいにラッピングされた細長い箱を机に置く。ユリエ、顔を上げる。
ユリエ「あ……」
ユリエ、驚き、警戒したかのように座ったまま後ずさる。
雄一 「今日は曇ってるから電気をつけなきゃ…」
ユリエ「何しに来たの?」
間。
雄一 「(机の上のプレゼントを指して)これ…」
間。
ユリエ「…あたしに?」
雄一 「もちろん」
ユリエ「…なんで?」
雄一 「ユリエちゃんが寝ている間に一ヶ月経った。今日はホワイトデーなんだよ」
ユリエ「うそ…」
雄一 「うそだ」
ユリエ「あんた、あたしをからかってるの!」
雄一 「そんなことを言わなければ渡せないんだ。どうかそういうことにしてほしい」
ユリエ、警戒感もあらわに椅子ごと下がりながら、プレゼントの箱を手に取り、乱暴にリボンをほどき、無造作に包装紙をはがして箱を開ける。中からペンダントが出てくる。ユリエ、雄一をにらむ。
ユリエ「で?」
雄一 「ええと…」
ユリエ「何か言いたいの?」
雄一 「まあ、言いにくいことなんだけど…」
ユリエ「ちょっと待って。あたしは誰かと違ってウソをついたりしないし、誰かと違って誰との約束でも必ず守るの」
雄一 「いいことだね」
ユリエ「あんたが何を言おうとしているかはわからないけれど、何を言ったとしてもあたしはあんたを殴るよ」
雄一 「たとえ殴られても言いたいことがあるんだ」
ユリエ、立ち上がる。右手を水平に挙げる。
ユリエ「あっそう。言えばいいじゃん」
雄一 「好きです。つきあってください」
ユリエ「え………」
雄一 「さっき謝ったのは、『あなたの気持ちを受け止められなくてごめんなさい』じゃなくて、『あなたの気持ちに気づかなくてごめんなさい』っていう意味だったんだよ」
ユリエ、何も言わずに雄一の顔を見ている。
雄一 「すぐにそのことを説明しようとしたんだけど、ユリエちゃんすごい剣幕で、全然話を聞こうとしてなかったし、一度退却してお返しを用意してから言おうと思ったんだ」
ユリエ、何も言わずに雄一の顔を見ている。
雄一 「街まで走ってそれを買って、また走って帰ってきたけどまだ学校にいてくれてよかった。あわてて選んだから気に入らないかもしれないけど」
ユリエ、何も言わずに雄一の顔を見ている。
雄一 「それで告白の返事をもらえないかな…。ビンタでも何でも覚悟はできているから」
ユリエ、何も言わずに雄一の顔を見ている。
雄一 「ユリエちゃん…、聞いてる?」
ユリエ「か…、勝った…。あたしの勝ちだ…」
雄一 「え?」
ユリエ、くずれるように座り込み、ペンダントとプレゼントの箱と包装紙とリボンを胸に抱え、抱きしめて大声で泣き始める。
雄一 「あ、あのー」
ユリエ、大声で泣く。
雄一 「告白の返事を…」
緞帳がゆっくり降りてくる。ライトが全て消える。ユリエの泣き声だけが響く。雄一にスポットが当たる。
雄一 「どうすればいいんだよ、この状況…」
スポットが消える。緞帳が降りきる。
閉幕。