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第十三話

 ルナは相変わらず解析に悪戦苦闘していた。その意気は高かったが、いかんせん相手の論理防壁の密度も尋常ではない。いかにルナのような熟練の管制人格でもその分析にはある程度の時間が必要だった。

 その時間を直行は全力全開の電脳戦で稼いでいく。右上からの黒い戦斧を呼び出した橙の鎌の刃で相殺し、左から襲ってくる物を今度は論理攻撃を纏った蹴りで破壊する。そうやってルナに解析の時間を作っていく。

 それは並大抵の行為ではなかった。事実、直行が纏っていた論理防壁はその数を半分にまで減らし、体の所々に論理防壁の残骸である橙色の花弁を貼り付けている。その姿に危機感を抱いたのだろう。和樹が直行のフォローに回ろうとするが、自分のことに集中しろと直行に一喝される。

 その言葉を聞き和樹は躊躇いもせずに自分の仕事に戻る。電脳戦において一瞬の躊躇が命取りになることを、ようやく和樹は理解したのだ。先ほどの突撃においてもあのときの一瞬の躊躇が無ければ、現状はもっとこちらが有利になっていただろう。そう考えると和樹は自分の未熟さを歯噛みして認めるしかなかった。

 だが未熟さを認めたことで変わった事がある。和樹とイリスのミスが加速度的に減少していったのだ。今までのようなどこか荒っぽい対応は鳴りを潜め、一つ一つを脅威度別に分類し危険な物から順番に丁寧に破壊するようになったからだ。

 和樹のミスは完全に無くなったわけではない。しかし和樹のフォローをもこなしていた直行にとって、その変化は望外のものであった。自身の論理防壁の再構築を行える余裕が出てきたためだ。今までは直行の処理限界を超えていた攻防であったが、いつしかそれは余裕を持って対応できるまでになっていた。

 それは和樹の技量が実戦を経験する事で向上していっている事も背景にある。直行が和樹に基本を完璧に叩き込んでいたのは、これが理由だ。応用は実戦の中でしか磨かれない、そしてどこまで応用できるかは叩き込んできた基本に依存する。

 その事を和樹も肌で感じていた。ミスが減ったのは直行の教えを忠実に守るようになったためだからだ。論理攻撃の構成を一瞥しただけで分析し、それに対抗する論理攻撃を淀みなく一息で創り上げる。それは直行に出された課題を解いていく感覚に近かった。

 いつしか和樹のミスはほとんどその姿を消していた。それはイリスも同様である。じりじりとあの黒い影に和樹とイリスはもう一度近づいていく。亀の歩みの様な遅々としたものであったが、堅実で確実な前進であった。

 和樹自身に向かってくるもの、背後のサーバへ向かっていくもの、イリスはそれぞれを分析し脅威度別に選り分ける。そしてその情報を和樹に送っていった。無論、破壊できなかった黒い戦斧をだが。脅威度別に選り分ける前にイリスは可能な限り黒い戦斧を、自身の青い槍をもって相殺している。

 送られてきた情報通りに、和樹は高脅威度の黒い戦斧のみを自身が編み上げた論理攻撃で相殺し、残りは後ろにいる直行に任せる。そうやって少しづつ和樹は黒い影に接近していく。

 黒い影にもそれが分かったのだろうか、和樹に降ってくる黒い戦斧の量が増える。それをイリスと和樹は、時にいなし、時に相殺し、時に防御してしのいでいく。もちろんその背後では、直行が和樹がわざと打ち漏らした黒い戦斧をその橙色の鎌の刃で破壊していっていた。

 そしてついに一足の間合いまで和樹は接近する。それを黒い影は嫌って、間合いを開けようとするが、今度こそはといきまく和樹はそれを許さない。一足の間合いを論理防壁の強度に任せて一息でつめると、いきなりその右拳を繰り出した。それは簡単に回避されるがその回避先にはすでに和樹の左足が翻っている。

 結果、黒い影の論理防壁が一枚破壊され、横に吹き飛ぶ。それを和樹はすぐさま追い、今度は左肘を回すようにして黒い影の頭にぶつける。和樹の論理攻撃と黒い影の論理防壁が一瞬だけ拮抗し相殺される、また一枚黒い影の論理防壁が黒い花弁を撒き散らして破壊された。

 ここに至り黒い影も和樹を脅威とみなしたのだろうか、今まで出しっぱなしであった黒い戦斧をしまう。そしてその両手足に黒い光が集まっていく。攻撃は最大の防御ともいわれる。和樹は格闘戦に持ち込むことでその言葉を実践していた。

 相手に反撃を許そうとしないかのような怒涛の攻撃が始まる。一切の防御を考えないそれは一人であれば決して行わないであろう戦法。事実、和樹の攻撃は一部が反撃の対象にされている。しかしここにいるのは和樹一人ではない。相手が反撃しようとするたびに、イリスの青色の槍が、直行の橙色の鎌の刃がその反撃を阻む。三対一、その事実が和樹に防御を考えさせない攻撃を実行させていた。

 そしてその事が結果としてサーバを守ることに繋がっていた。黒い影は黒い戦斧を編み上げる暇は無く、和樹、イリス、直行の三名の相手に精一杯の様子だ。未だに拮抗状態からは脱していないが、ここに攻守は逆転していた。

 立ち位置が目まぐるしく入れ替わる格闘戦に持ち込まれ、AIはなぜ自身が追い込まれているかを高速で検索していた。理由として第一に挙がったのは沙里亜の真似をしたこと、次に挙がったのは相手を過小評価していたことだ。AIは自分自身の戦法を身に着けなければならないと判断する。

 また目の前の二人が、沙里亜と同程度の電脳戦の技量を持っていると評価を改めた。それは過大評価だと言ってもいいものだったが、AIにそのことは分からない。なにぶん電脳症の人間とは沙里亜以外に戦ったことが無いのだ。比較対象がそれしかないのだから仕方が無い。

 AIは自身の認識を練習から実戦に切り替える。沙里亜並の使い手二人に練習気分で戦っていれば勝敗は火を見るより明らかだからだ。それでも数的不利は当然のようについて回る。事ここに至り、AIは撤退するとの決断に達した。

 そう決断したはいいが、今度はその方法が問題になる。逃走経路を辿られてはならないという条件がつくためだ。その条件を満たさなければいくらでも方法は存在する。しかしながら、その条件は達成不能のように思われた。

 なぜならば、現在守勢に追い込まれているからだ。いかにAIとてこの状態から一切の痕跡を残さず逃走するなど不可能に近い。が、手段が無いわけではない。相手に一瞬でも隙が出来ればその方法も実行にうつせる、それだけがAIの一縷の望みであった。残念ながらその隙を出すような相手ではなかったが。

 AIが撤退を決断した頃、和樹は必死で戦っていた。黒い影と和樹の拳打や蹴撃が所狭しと応酬され、青と黒の論理防壁の残骸がまるで花弁が散るかの様にその空間に舞っている。この様な状況では直行も有効な補助が出来るわけなく、ただ黙って推移を見守る事しか出来なかった。目の前の黒い影に対するルナの解析は未だ終わっていない、そのことに直行は僅かに歯噛みする。

 解析さえ終わっていれば、もっと別の手を打てたかもしれないからだ。少なくとも教え子を危険に晒している今のような状態は直行の本意ではない。しかしながら直行達は相手がどこから接続してきているのかを調べるように厳命されていた、サーバの防衛と共にだ。そうしなければ罪に問えないからだ相手のことを。その要求を突っぱねることも出来たが、電脳症であることを公表するぞと言われて諦めた。

 そう今の和樹の役目は時間稼ぎだったのだ、ルナの解析が終わるまでの。サーバを守るというだけならば相手を守勢に追いやっている今の状態はこちらの勝利といってよかった。事実、あの黒い影は何度も和樹の隙を突いて離脱しようとしている。それを直行は先ほどから邪魔をしているのだ、その橙色の鎌でもって。脅迫による命令を果たすためにだ。

 その事実に、あのくそ爺がと直行は珍しく、本当に珍しく悪態を吐く。それほどまでにここの所長は人を人と思わない人間だった。いかに規格外の電脳症とはいえ、まだ年端のいかない和樹を実際の現場に出すことは直行は反対だった。それが教え子ともなればなおさらだ。しかし所長はそんなこともお構いなしに出来るだろうと言って面倒ごとをこちらに押し付けてきたのだ。

 そのことに腸が煮えくり返る思いをする直行だったが、今が電脳戦の最中であったことに思い至り頭を無理やり冷ます。冷静な思考が戻ってくる。少なくとも現状を維持していれば大過ないだろう。そう直行は判断して、また逃げるそぶりを見せた黒い影に自身の論理攻撃を放ち邪魔をするのだった。


 そんな和樹たちに対しAIは未だに撤退出来なかった。和樹の論理攻撃はまだ幾分未熟でいくらか逃走の準備を行える余裕があったが。いざ逃げようとする段になって直行の論理攻撃が迫ってきて逃走できない状況に追い込まれるからだ。

 直行の論理攻撃はAIの側から見ても、完璧と評せざるを得ないものだった。緻密な構成は言ってみれば芸術作品のような趣を持ち、その鋭利さも一種の美しさになっている。沙里亜の時もそう判断したが、なぜ人間にこれほど完璧な論理攻撃を構成できるのかAIには終ぞ分からなかった。

 それに比べれば和樹の論理攻撃は稚拙もいいところであった。確かにいい出来だAIはそう判断する。しかしながら、そこには人間にしてはという枕詞が付くのだ。これはAIが沙里亜という規格外の電脳症の中でも更なる規格外を基準にしているために起こっている行き違いだ。

 事実、和樹の論理攻撃はすでに人間が構築できる限界を超えていると言っていい。ただその練度が未だ低いため稚拙だと感じられるのだ。もう少し経験と練習をつめば、直行と肩を並べることは出来るようになる。

 さらにその発動時間の違いもある。和樹は未だに体に纏わせる常時発動型の論理攻撃しか扱っていない、扱えない。しかし直行の鎌の刃はイリス達管制人格が普段使う条件発動型といわれる論理攻撃だ。

 常時発動型と条件発動型どちらの完成度が高いかと言われれば無論後者が挙げられる。そしてその威力もだ。発動時間を対象と激突する瞬間に限定しているために威力、精度共に常時発動型とは比較にならない。和樹がそれを扱えるようになるまではもう少し時間が必要だった。


 その解析手法はまるでパズルを解いていくかのようなものだった。未だに黒い影に対するルナの解析は続いている。その論理防壁が和樹によって破壊されていっている現状でもだ。むしろ論理防壁の破壊と再構築が繰り返されている状態だからこそ、解析に手間取っていると言ってよかった。

 せっかく解析した論理防壁が和樹の手で破壊され、黒い影に全く別の論理防壁を再構築される。そんな事を繰り返していたのだ、ルナが放り出さずに解析を続けていたことは感嘆に値する。直行はルナに軽く労りの言葉をかけた。

 『苦労をかけるね』

 『気にすることはありませんわ』

 返ってきたのはこんな状態にも関らず気丈なルナの声。それに直行はある意味救われる、この現状を作り出したのは直行だとも言えるからだ。もし直行が黒い影と一対一で戦っていたら、直ぐに決着がついていただろう。

 和樹に任せている、任さざるを得ない状況に陥らせたのは間違いなく直行の失態だ。もっと確りしていればよかったと直行は後悔するが、もうなってしまった以上仕方ないと諦める。今はこれからどうするかを考えるべきだ。

 そう判断すると直行は黒い影が逃走できないように、いつでも論理攻撃を発動できる態勢をとりながらルナの補助に入る。視界の片隅が十六進法の記号に埋め尽くされる、直行がルナの解析の一部を肩代わりしたのだ。それは管制人格にとっては微々たる補助だったが、ルナにしてみれば何よりも心強い援護だった。

 そして実際にもその微々たる効果が現れていた。ほんの少し、そうほんの少しだけだが解析が進んだのだ。黒い影の論理防壁の再構築によって遅々として進まなかった解析がである。そのことにルナは喜色満面だった。

 そのまま解析をルナは進めていく。和樹の論理攻撃によって黒い影の論理防壁が破壊、再構築されるたびに解析作業は後退する。だが先ほどまでの進捗と後退が拮抗していた状態よりは亀の歩みといえどはるかにましであった。


 解析が拮抗から進捗に傾いた頃、和樹は未だに相手に決定打を入れられない状況に苛立っている。その苛立ちが和樹にミスを誘発させて自身の論理防壁を破壊される。そしてその事が更なる苛立ちを和樹に感じさせる。そんな悪循環が和樹を支配していた。

 その状況にイリスは内心焦っていた。論理防壁の再構築ぐらいしか今のイリスには補助が出来ないからだ。この様な一対一の密着かつ高速の肉弾戦ではイリスの条件発動型論理攻撃はその全てが使えない。和樹自身も巻き込む恐れが出てくるからだ、それは黒い影も同じだった。事実、先ほどから黒い影も肉弾戦のみで反撃している。

 そのためまともな補助が出来ない現在に状況をイリスは嘆いていた。それでもイリスは和樹の論理防壁の再構築を止めようとしない。マスターの補助が管制人格の存在意義でもあるからだ。イリスにとって和樹の補助とは、自身の存在意義そのものだと言っていいほどに重いものであった。

 未だ和樹と黒い影の戦いは拮抗していた。和樹の電脳戦の技量は時を得るごとに向上していったが、それは相手の黒い影も同様であった。未熟ながらもそれは一種の踊りといっていいものであった。

 両者共に相手の呼吸を読み、互いに最善のステップを踏んでいく。時には背中合わせになり、次の瞬間には拳が交わされる。そんなやり取りは一種予定調和じみていて美しいとさえ言えるものがある。

 例えるならばそれは円舞曲であろうか。電脳空間という無機質なホールで踊られる一合ごとに美しくなってい。命がけという状態でなければ、いつまでも見ていたくなる様なものだ。直行とルナはその刻々と成長していく自らの弟子達をどこか遠い目をして見やっていた。


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