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プロローグ

 今回が初小説、初投稿となります。稚拙な文章ですが楽しんでいただければ幸いです。

 ――以上が事のあらましだ。テストに出るから覚えておけよ。そう言ってどこか遠い目をする教諭の声を聞きながら、芹葉和樹は近現代史の授業は退屈だと考えていた。そんな話は子供のころに大人から誰もが聞かされている。移行期の混乱を知る大人達にとってはともかく、今を生きる少年少女にとってはただの知識の確認作業でしかなかった。故に退屈なのである。それもつい友人同士でチャット――電脳を利用した会話をしたくなる位には。

 しかしながらそんな蛮勇を犯すものはこの教室にはいない。この教諭、黒田直行はその温和そうな見た目に反して、そういうことにことさら厳しく、目聡いことで有名なのだ。もし見つかったらどのような罰が下されるか分かったものではない。そのことに思い至り和樹は自身のコンソールに改めて向き直る。ほんの少し目を放した隙に、授業は直行の趣味全開な近現代史考察になっていた。

 和樹としては指導要綱に沿った退屈な授業よりは、そこから逸脱した直行の考察のほうが聞いていてまだ面白い。だからだろうか直行の言った一言が耳に残った。いわく、電脳とは人が作り出した一種の知性体ではないかとのことだ。

 何を馬鹿なことをと和樹は思う。いつもいつも突拍子もない考察でクラスの失笑を買っている直行であったが、今回のものは度が過ぎていた。と言うよりそんな馬鹿げた理論など、誰に話しても一笑に付されるだろう。

 直行が自身で語ったように電脳は俗称であり、実際に考える頭脳があるわけではない。その実態は人の細胞と同程度の微小機械の塊を自身の脳にくっつけただけであり、言ってみれば本人の思考に対して反応を返すだけの木偶の坊だ。例えるならば、一人一人が情報網に常時接続されたパーソナルコンピュータを頭の中に持っているようなものだと思えばよい。

 電脳を構築する微小機械を体内に注入することを電脳化というのだが、それの恩恵を受けている現代の人間でそれらの事を理解していない者はいない。故に直行の言は、誰にも受け入れられない馬鹿なことなのだと和樹は考える。

 そうこうしているうちに、授業が終わる時間になった。当の本人は自身の考察を完全に披露できなくて少々名残惜しそうにしていたが、仕方なくホームルールをはじめる。この変人、直行が和樹たちの担任なのだ。そのことに和樹は改めて将来のことが不安になるが、考えてもどうしようもないものだと諦める。

 第一、直行は考察癖さえ除けば非常に優秀な人間なのだ。生徒の間では、その癖さえなければこんなところで教諭なんぞやってないだろうとまことしやかに囁かれている。その短所一点が全ての長所を台無しにしている様に思えるが、考えても意味のないことだ。ホームルームはそんな和樹ののんびりした思考とは裏腹に、僅かな緊張感に包まれていた。


 いわく、近場で電脳攻撃が起こったから気をつけろ。和樹は帰りの電車に揺られながら直行の言葉を反芻していた。幸いにもその事件は直ぐに鎮圧されたそうだが、一応の用心は必要だろうとのことだった。直行の言に従うのは少々癪に障るが、和樹とて無用な怪我などしたくない。

 本当に気は進まないが電脳を直接、間接問わず通信網接続から切断しておいた。これでほとんどの論理攻撃から身を守ることが出来る。その代わりに様々な制約が付くが致し方ない、そう嘆息し和樹はズボンのポケットにある財布を確認する。備えあれば憂いなし、こんな事態に備え和樹には今の人間には珍しく財布を持ち歩く習慣があった。

 個人情報も電脳に記録されている現代において、財布や身分証明書を持ち歩く意義はほとんどない。そんな意味では和樹も直行に近い変わり者であった。

 和樹の降りる駅が近づいてくる。もう少しだ、そんな思いと共に、ふと視界の隅に違和感を覚える。――警告、接続切断推奨、和樹の思考が一瞬だけ止まった。そんな表示に重なるように人が次々に倒れていったからだ。その誰もが後頭部を押さえがぁ、ぐがと苦しそうにうめいている。無事なものは和樹や鉄道会社の職員を含めごく一部。その全員が和樹のように電脳を外部に対し閉じていたものばかりだった。

 直行の授業で習ったばかりの言葉が和樹の脳裏によみがえる。通信網を介した外部からの電脳の破壊、通称ワイアード事件。電脳攻撃でも最悪に分類される事態が自身の目の前で繰り広げられている。そのことに和樹を含む全員が呆然としていた。


 逸早く忘我の状態から立ち直ったのは、鉄道会社の職員――運転手の神部洋行だった。緊急ブレーキを使い、すぐさま電車を停止させる。そして直ぐに指示を仰ごうと運転席にある非常用電話を取り上げた。しかし、いつまでたってもその電話は不通だった。非常用の回線ですら完全に沈黙させられていたためだ。

 事ここに至り洋行は連絡を取ることを諦め、現場の混乱を治めることに注力することにした。未だに呆然としている人間。事態を信じたくなくて夢だ、夢だと現実逃避する者。車両の床に倒れ伏しうめき続ける者。現場は未だ混乱の極みにあった。

 その混乱の中にあって、和樹は比較的冷静な方であった。人間、自分より混乱している者が傍らにいると意外と落ち着けるものだ。その冷徹な視線で状況を分析していく。およそ八割の人間が倒れ付し、残り二割も現実逃避している現状をだ。

 僅かな黙考の後に出した結論は静観。事実、既に洋行が事態の収拾に動いていた、ここでの素人の出番は無いと判断していい。むしろ、余計なことをして混乱を酷くする事を和樹は恐れていた。パニックに陥った群衆ほど恐ろしいものはないのだから。

 和樹が静観を決めてからどれほどの時がたったのだろうか、警察の人間も到着し粛々と対応が進んでいく。倒れてた人間は全員が病院に搬送され、無事だった人間は簡単な事情聴取を受けている。

 和樹は既に事情聴取を終えていて、もう帰っていいといわれた。ただし電脳は出来れば開かないようにとの勧告付きではあったが。あまりにもあっさりとした対応に和樹は首をかしげる、警察とはもっとしつこい物ではなかったのかと。

 確かに普段であればもう少し突っ込んだことまで聴取する警察だったが、今日に限ってはそんなことをしている暇はなかった。示し合わせたように多発的に電脳攻撃が起こったため手が足りないのが現状だった。そんな理由で身分照会と電脳を閉じていた理由を話しただけで和樹は解放されたのだ。


 家へ帰る道すがら和樹は自身の電脳を外界に対して開こうとしていた。警察には開かないように言われていたが、今回のことについて少しでも情報が欲しかったためだ。しかしながら、なかなか外部への接続が成功しない。何度試してみても警告、接続不可としか返ってこないのだ。どうやら間接的な接続手段は安全のためか使用不能になってるらしい。

 諦めようとした時に視界の隅の警告表示が消え接続が正常に戻る。と同時に情報の洪水が襲ってきた。それに和樹は倒れそうになるが、何とか踏みとどまる。目の端には先ほどから情報過剰の赤い警告表示が躍っていた。脳内にエラーの警告音が鳴り響く、それに対し和樹は片っ端から接続を切断していく。最後の回線を切断しようやく一息ついた。

 いったい今のは何なんだ、誰もいない道端で電柱にその背を預けながら和樹は独りごちる。返されるはずもない独白に返されたのは、信じられないものだった。――論理爆弾だと思われます、マスター。そんな言葉が耳ではなく脳裏に響く。

「誰だ!! 」

 つい声に出して誰何してしまった。脳裏に響く声は電脳を介して行われる会話――チャットの特徴だ。故に振り返った先に誰もいないのは自明の理であった。回線を開いている本来であればだが。電脳を閉じていても言葉が聞こえるという異常性に、和樹は一切気が付いていなかった。

 振り返った先にいたのは和樹と同年代の少女だった、それも宙に浮いた。腰にまで流れる青髪はまるで水のようであり、意志の強そうな碧眼は猫のように眦が釣りあがっていた。鼻筋はきれいに整っていてその幻想的な出で立ちは妖精を思わせる。

 その現実離れした容姿に反して、その少女は和樹が見知った姿をしていた。赤と黒のチェックのプリーツスカートに淡いピンクのブラウス。青色のネクタイを首に巻き、赤色のブレザーをその身に羽織り自然体でたたずんでいる。どこをどう見ても和樹の学校の女子用制服だった。

 沈黙が場を支配する。和樹はかつてないほどに混乱していた。自身が電脳を閉じていると言うことに今更ながらに気付いたからだ。宙に浮いていることからも実在の人間とは思えない。つまりは自身の目の前にいる存在は、空想の産物だと言うことだ。

 その考えに思い至り、自分は病人になってしまったのかと和樹は頭を抱える。電脳に大きな損傷を受けると幻覚や幻聴が現れることがある事実は広く認知されていた。それを総称して電脳症と呼ばれている。明確な治療法は未だに確立されておらず、不治の病として人々に恐れられていた。

 だがそんな思考は一つの言葉で遮られた。いわく、自身は幻覚でも幻聴でもなく、電脳の損傷も自己修復可能な軽微なものだと頭の中に声が響いたのだ。自身の思考が読まれている、その事実に和樹は愕然とした。

 単なる幻覚や幻聴ならばそんなことはありえない。いったい目の前のこの存在は何なのだと自身に問いかける。その問いの答えは意外なところから返された。目の前の人物が自己紹介をしたのだ、頭の中に響く声で。

『私は擬似神経網管制人格、ID iris457812782164。マスター達の言葉で言えばAIのようなものです』

 その言葉に反射的に反論しようとして和樹は唖然とした。彼女の言を肯定する根拠もなければ、否定する根拠もないことに思い至ったからだ。何度か無理やり否定しようとして彼女に即座に反論される。そんなことが三十分間ほど続きついに和樹は折れた。

 電脳症による幻覚であったとしてもこれほど理路整然とした妄想はありえない。少なくとも相手は和樹の反論を一蹴に付せるだけの知能を持っている存在なのだ。それはすなわち彼女が一個の独立した思考形態を持っていると認めることと同義だ。そうして和樹はそれからの自宅に帰り着くまでの十分間で今までの常識を完膚なきまでに彼女に叩き壊された。


 いわく、ただその言葉を理解できないだけで、誰の電脳にも管制人格は存在するそうだ。自身の管制人格――長いのでイリスと名付けたが――によれば思考言語が根本的に異なるため、相互の意思疎通が限定的なものになってしまうらしい。

 簡単に言えば会釈や握手といったものに限定された話し合いだろうか。そんなもの会話として成り立つわけがない。考えを伝えるのが大変だったとはイリスの言だ。では今はどうして会話が成り立っているのだろうかと考える。その答えはとても簡単なものだった、単純に和樹がイリスたちの言語を覚えたらしい、無意識のうちに。

 論理爆弾などの高速高密度言語に晒された時や本人の能力が極端に高かった場合、自身の人格を守るためにそういう人間が現れるのだとイリスは語った。電脳症と診断される人間のほぼ全てがイリスたちの言語を理解してしまった人間とのことだ。ほとんどの人間はイリスたちを頑なに受け入れないそうだが。

 無理もない、和樹はそう思う。こんな非常識を目の前にして受け入れろと言う方が無茶というものだ。むしろ一部にしろそれを受け入れた人間がいるほうが和樹にとっては驚きであった。受け入れるのが早かった和樹自身が言えることではないが。

 良くも悪くも和樹は現実主義だ。どんな非常識であれ、起こってしまった事を受け入れるのにそれほど抵抗はしない。事実、自身が電脳症であることには和樹は一切の反論をしていない。反論していたのはイリスが幻覚、妄想の類であると言う一点のみだ。

 だがその反論も完璧に粉砕された。未だ信じがたいが信じるしかない。自分の頭の中に別人がいるということをだ。プライバシーもあったものではないと思ったが、そういうところは大丈夫らしい。

 五感を共有しているわけでなく、あくまで五感に一方的にイリス達管制人格が干渉しているそうだ。それもどうかと思うが、個人的な秘密は守られると知り和樹は少々安堵する。イリスはなぜ安堵するのか分からず、首を傾げているだけだったが。


 自宅へと帰る道すがら、和樹は色々なことをイリスと話していた。その途中で別に声に出さなくてもイリスとは会話できることを知り、はたから見れば独り言を言っているようにしか見えなかったことに思い至る。こんな夜遅くに独り言を言いながら歩いている人間など不審者以外の何者でもない。誰にも見られずに良かったと和樹は胸をなでおろしていた。

 イリスとの会話は和樹の今までの経験で言えばチャットと同じ感覚だった。頭の中で話したい言葉を考えるだけで会話が成立するのだ。ただし電脳を外部に対して閉じていても行えるという違いはあったが。このころになると和樹もだいぶ慣れてきたのか、どうでもいい話題をイリスに振るようになっていた。

 で、なんでそんな姿なんだよ、頭の中でイリスにそう問えば。マスターの趣味です、と返ってきた。それに和樹は盛大に嘆息する。色々と言いたいことはあるが、和樹にこんな趣味はない。少なくとも青髪碧眼の容姿など身近にいないし、そんな格好をしている人間とは間違ってもお付き合いしたいとも思わない。

 だがイリスにとってこの姿はどうすることも出来ないらしい。正確には趣味と言うより思い込みと言ったほうがいいようだ。最初にイリスを認識したときに和樹がこんな姿だと想像した結果がこの姿になっている一因だそうだ。確かに色々な意味で常識外れの容姿ではある。良い意味でも悪い意味でも。想像はあながち間違っていないと思われる。少なくとも表現できないくらい気持ち悪い姿をしていなかったことを喜ぶべきだろう。

 そうこうしているうちに、和樹の自宅に着く。今日はもう疲れたと自室に戻り、すぐさま和樹は眠りにつく。後に残ったのは着替えもせずに眠りについた和樹の寝息だけだった。


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