第二十一章 籠城 (6)
元興は、得意満面でこう答えました。
「種子島一丁につき、玉薬は約三百。みなみな、早合にしてござる。我ら手の者、先ほどまで総出で作業して早合を巻き、なんとか間に合わせ申した。あと若干、早合にはできておらぬ玉や火薬もございますれば、これをも併せて、献上つかまつる!」
「どういうことじゃ?早合とは、一体なにか?」
状況がわからず、焦れて、局が左座に声をかけました。
左座は、珍しく歯を見せて笑い、傍らに居た根来者と肩を叩きあい、局のほうを振り返って、こう言ったのです。
「かな様。いや、局。これで・・・これで、もしかするとこの戦に勝てるかもしれぬ目が、出て来申した。」
「なに?」
「いや、先ほどまで申しておった策は、いずれも当方壊滅必至の、いわば、よりよく死ぬための策でござった。しかしこれは・・・これは全く違う。二百の銃に、それぞれ三百もの早合あらば、たとえ敵軍が万ありとても、これに打ち克つことでき申そう・・・かな様。」
左座は、明らかに興奮しております。またも、局を間違えて昔の呼び名で呼びました。
「かな様!この早合なるは、ただの種子島の威力を、倍にも三倍にもする仕掛けでござる。これを上手く使わば、我らの力は恐ろしく強くなり申す。勝てるかも知れぬ。まさかとは思うが、本当に、勝てるかも知れぬ・・・。」
興奮のあまり、左座はここでひとつ息を継ぎました。
局の傍らで、まだ憎々しげな表情の元教様が、はっと気づいて、言いました。
「母上。わかり申した。これら種子島は、噂になっていた林泉軒の、抜荷でございます。おそらくは、豊後に送ろうと岸辺の近くのどこかに隠しおったもの。この騒ぎで積み出せぬと観念し、おそらくは我らに恩を着せ、後日、多額の代金をせしめんが為に献じたものでござる。騙されてはなりませぬ!あの男、この場にて斬り捨てるがよろしかろう!」
「若、ご明察。左座も同じ見立てでござる。おそらくは、これは抜荷。」
左座が、櫓下から届いた種子島を手に取り、ためつすがめつしながら言いました。
「しかしながら、林泉軒を斬るは早計。彼奴の忠心は、おそらくこんどばかりは本物。」
「なぜじゃ、なぜそうとわかる!」
元教様は、左座に食ってかかります。
左座は落ち着き払って、こう答えました。
「この種子島、どこもかしこも第一級の品。豊後に売らずとも、戦の終わりし後、この地にて大内勢へ売らばそれなりの値になり申す。拙者が林泉軒ならば、必ずそう致す。あの利に敏い男が、斯様な商機を逃すはずがござらぬ。それをわざわざこちらへ献ずる・・・これまでの抜荷の罪を不問とさえすれば、それで、よう御座る。」
元教様は、黙りました。たしかに、いまここで林泉軒を斬り、その献じた武具を回収して使い勝利しても、戦後の市川家、毛利家の評判は地に落ちてしまうことでありましょう。逆に、ただ抜荷の件を不問にするだけで、この絶望的な戦に、堂々とした逆転の見込みが出て来るのでございます。
「もしこの戦に勝ち、敵軍を追い返したならば、勲功一等は、明らかにあの男ですぞ!」
左座は、こう言って、眼下を指さしました。
市川局は、つと前に進み、櫓門のへりから元興を見遣り、笑顔を作って尋ねました。
「林泉軒殿。かかる夥しき武具を、献上くださるとな?まこと有難きことなれど、これらはそもそも・・・。」
「その儀は、なにとぞご容赦を。こののちも、その段どうかご詮議無用に願いとう存ずる。献上にあたり、拙者が求めたき、いわばそれが唯一の代価でござる。」
元興は、そう答えました。
「なる程・・・承知した。それ以外の代価は、要らぬというのじゃな?」
「左様。要り申さず。われら日頃から貴家の恩沢に浴し、すでにこれまで、対価の分だけ御恩を頂戴しておりまする!」
「それでは・・・有り難く受取り申そう。我らが勝ち、生き残ったならば、貴殿の忠義、必ずや市川経好殿に伝えようぞ。」
「有難き幸せ。かな様とは、かつて庭を箒で追いかけ廻されて以来の長き御縁。その折、我が父内藤興盛は、かな様を指して、千軍万馬の名将にもなり得る姫と称しました。かな様ならば、この戦、もしかすれば勝てるかも知れぬ。拙者はそう思い、斯様なやり方ではございますが、お味方申した次第。必ず、勝って下され。」
「承知した。勝つ。」
かな様、いや、市川局は、力強くそう言いました。
そして、少しだけ茶目っ気を出して、こう元興に尋ねました。
「必ず勝つが故、そちもこちらに上がり、共に戦わぬか?妾はしょせん女子。箒を持ち、男衆の尻を叩いて廻るくらいのことしかできぬ。内藤家正統の血筋を引く御曹司が、ともに籠城くだされば、これに過ぎる馳走はないのじゃがのう?」
「それだけは・・・それだけは、平にご容赦を!」
元興は大笑いしながらそう言うと、一礼し、馬に鞭を呉れて、一目散に逃げて行ってしまいました。




