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高嶺の花  完全版  作者: 早川隆
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第二十一章  籠城 (5)

輝弘はそのまま、腕組みをして考えこんでしまいました。これは、彼が想像していた成り行きと、ずいぶんと違っております。豊後を出る前の計画では、上陸後、すぐさま一隊を率いて山口に向け進発し、昼過ぎにはこれを無血で()とす積りでありました。そしてなるべく速やかに山口奉行らの一族を捕らえ、邸宅の屋根に堂々と大内菱の旗と馬印を立てるつもりでありました。そして、夫の居ない市川局を我が息子とともに保護し、これまでの経緯(いきさつ)を語って誤解を解き、ふたたびよりを戻して、山口全域を我がものとするのです。


大内家の遺児が、海を越えて舞い戻り、かつての大内帝国の首府を陥とした。この報は自然と、物凄い勢いで各地に飛び、さらなる味方が、周防、長門じゅうからきっと続々参集して参ります。それらを糾合し、万を越える大軍に編成して西へ進み、赤間が関にへばりつくあの(にっく)き毛利元就を討ち取り、海峡をそのまま封鎖してしまえば、毛利家は、首魁(しゅかい)ごとこの世から消えてなくなってしまうのでございます。輝弘は、今は亡き主君の大内義長公を敬い、その人格を敬愛しておりました。主君の仇である毛利一族を討ち、愛する女をその一家の(くびき)から解き放ち、我が胸に取り戻すことは、長年、豊後でひとり、夢に見続けてきたことであったのです。


しかしいま、あちこちからあまりに多く(つど)ってくる味方の小勢力への応接に追われ、すぐと決行するはずであった山口市街への突入が、なかなか果たせませぬ。そうこうしているうちに市川局の一行を取り逃がし、彼女らが、あの、輝弘もよく知る鴻ノ峰へと退がって行ってしまいました。高嶺城が、いまだ完成しておらぬ裸城(はだかじろ)であることは、輝弘もよく知っております。しかし同時に、あの城に籠られ、山の峻嶮さをたのんだ抗戦をされると、少々やっかいです。


わずか数日のことであっても、時間がかかればかかるほど、輝弘の賭けが成功する目は、減って行ってしまうのでございます。上陸の報とともに、市川一族が町をあげて降参してくると期待していた輝弘の希望は、まずは、打ち砕かれてしまうことになりました。




輝弘は、しばし沈思し、やがて次善の策を取ることを決断しました。ずなわち、前方の進路を塞ぐ小勢を、まず配下の数将に命じ排除させる。本日の山口突入は(あきら)め、その合間を、予想以上に膨れ上がった味方の大軍を編成し直すことに充てる。


明日、日の出とともにこれらを整列させ、秩序正しく隊伍を組んで進軍させ、山口の住民と、鴻ノ峰の高台に陣取った敵軍とに、大軍の威容を見せつける。


そのうえで軍使を派し、降伏を促す。さすれば、予定とは僅か一日だけの違いで、目的を達することができるのです。そして、輝弘にとってもっとも大切なもの、すなわち、市川局と市川元教の身柄が、無傷のまま、手に入るのでございます。


輝弘は、傍らに立つ息子、武弘に微笑みかけました。大丈夫、きっとうまくいく。明日になれば、山口が我が手に入り、かなとの、そしてもう一人の息子との対面が叶う。そして、すべての誤解や(わだかま)りを解き、ともに手を携えて周防と長門を()べて参るのだ。大丈夫。明日が来れば・・・。

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