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高嶺の花  完全版  作者: 早川隆
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第二十一章  籠城 (3)

秋穂浦(あいおのうら)に上陸した大内輝弘は、この地で十年以上、彼の到来を待ちわびていた旧大内氏家臣どもの応接に追われておりました。以前から豊後より多くの間諜どもが潜入し、周辺の村落を()きつけて廻っておりましたが、手ごたえは予想以上で、なんと、この日の昼までに、五千名を越える一揆衆が、ほうぼうからこの浜辺を目指し集って来たのです。


毛利家による占領以来、奉行・市川経好の差配のもと、山口の町は、またかつてのような繁栄を取り戻しているかに見えました。現実に、富み栄え、我が世の春を謳歌している者どもは、数多くおりました。しかし、その陰で、その恩沢に浴することができず、苦しい暮らし向きのもとでひたすら毛利への怨念を抱き続けた者らも居たのです。彼らにとって、大内菱を輝かしく打ち振っての輝弘勢の上陸は、長年の圧政からの解放であり、栄光に満ちた未来の始まりに他なりませんでした。


彼らは、隠し持っていた武具を手に取り、一家一村うち揃ってここ秋穂浦にやって参ります。輝弘としては、まずは何よりも、この地から徒歩で半日ほどの山口を攻落しなければなりません。さりとて、こうした現地の大内家旧臣による加勢を無下(むげ)にするわけにも行かず、人の良さを捨てきれない輝弘は、初動の貴重な数刻を、ただ無駄にしてしまいました。


しかし、あちこちに散った物見どもが、状況を逐一知らせて参りました。もっとも距離の近い峠道は、井上就貞(なりさだ)の一隊によって封鎖されておりました。また、物見のうち蛮勇はなはだしき者どもは、敵の防衛線を越え、そのまま山口の街路にまで駈け入り、様子を注進して参りました。山口市街の備えは(もろ)く、守備兵力は僅少。わずかな数の迎撃隊が編成されこちらに寄せて参りますが、あまりにも小勢のため、物見は彼らを悠々と迂回し、帰りにはまたそれらを追い越して戻って参ったのでございます。


「奉行の屋敷は?市川経好の邸宅の様子はどうじゃ?」

輝弘は物見どもに尋ねました。みな、屋敷に人影なく、家人どもは逃げ散った模様と口々に言いましたが、ひとりだけ、得意満面で血の付いた包みを掲げ、市川邸の門番を討ち取った経緯を語った者がおりました。


この門番の老人は、ひとり端然と門の前に(たたず)み、この物見の者を出迎えました。

「ご加勢ならば、高嶺のお城に参られよ。敵勢ならば、さっさと、豊後へと戻れ。」

こう言うと、静かに、腰へ提げていた錆刀(さびがたな)を抜いたそうにございます。さりとて腕も刀もなまくら、哀れ、勇敢な老人は物見にあえなく討ち取られてしまったのでございます。


物見は、本日の初手柄とばかりに包みを開き、中で半眼(はんがん)を向いた老門番の首を見せつけました。輝弘がかつて氷上太郎として内藤家の門前になんども立ったとき、同情して、なんとかかな姫に話を取り次いでくれようとした親切な老人で、輝弘はその顔をよく覚えておりました。老人は、そのあと、市川家に引き取られてずっと市川局に仕え続けていたのでございます。輝弘は、喜色満面の物見を睨むと、褒賞を期待する彼の気持ちを無視し、言いました。


「では、市川家の者らは、高嶺に退がったと申すのだな?」

「はい、左様でございます。市内に兵は、一人として見当たりませぬ。今寄せれば、やすやすと町を手に入れることできまする。」

「わかった。大儀であった。斯様な下郎(げろう)の首など、まだ手柄のうちには入らぬ。高嶺の城に寄せるとき、より手強き相手の頸を()って我が眼前に据えよ。」

物見は、やや不満そうではありましたが、この貴人による叱咤に恐懼(きょうく)して包みをもとに戻し、後ろに下がりました。

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