第二十章 奇襲 (1)
朝の静寂を破って、市川邸の門前に早馬が乗りつけ、大音声で呼ばわりました。
「開門!開門!大事出来せり!秋穂浦一帯に敵船団出現、大軍が上陸!」
門番の老人が慌てて前をつっかけ、門扉の閂を外すと、走りづめで疲れ果て、湯気を立てた馬体がよろよろと歩み入ってきて、上に乗っていた武者がどうと転げ落ちました。
背に二本の矢を受けています。矢は、ほぼ真横に突き立ち、彼が至近から射られたことを示しています。おそらく、鉄の鏃は彼の背筋を深く抉り、その激痛は耐え難いほどのものでありましょう。
寝巻姿の左座が裾をからげ、奥から飛んで来ました。早馬の使者は顔なじみで、彼は左座の姿を見ると安心したように、差し出された柄杓をとって一口だけ水を飲み、ついで、声を詰まらせながら詳細を語りました。
「払暁、秋穂の沖よりとつじょ大船が幾十艘も出現し、そのまま大軍を下ろして上陸させました。汀はすべて制圧され、付近のお味方は全滅。総勢はおそらく千を越えまする。拙者、急を聞き波打ち際近くまで馬を寄せましたが、敵勢にびゅんびゅんと射られ、これはかなわじと退散、急を知らせにまっしぐらにここまで駈けて来申した。」
「して、敵勢とは?旗印は?」
左座が、怒鳴りつけるように聞きます。
「まごうかたなく、大内菱。幾百も宙に突き立ち、翻っておりまする。」
「なに?」
「大内菱にござる。間違いござらぬ。杏葉紋はひとつとして、見ず。」
「大友ではなく、大内勢と申すか。」
「いかにも。敵勢その数多く、汀にて隊伍を整えております。しかし今ごろは、ここを目指し進軍の頃合い。早々に、早々に、備えられよ!」
これだけ言うと、彼は、まだふらつく足取りで馬の鞍に向かいました。
「手当せよ。矢が立ったままじゃ。」
左座が止めましたが、
「気遣い無用。次に参らねば。」
早馬の武者は、そう言い残し、歯を噛み締めながら蹌踉として馬に跨り、尻に鞭をくれて走り去りました。
このころには、すでに局も門前に出て来ておりました。問われるよりも早く、左座は局に向け大声で簡潔に叫びました。まわりに居る者どもにも同時に聞かせ、ただの一度で、邸内すべてに事態を周知させるためでございます。
「秋穂浦に、大内勢の旗を押し立て大軍上陸。じき、こちらに寄せてくる模様。大友ではなく、大内でござる。」
「大内じゃと!」
市川局も、まだ狐につままれたような表情です。
「なぜに大内が!お家は、すでに滅びたはず。その勢の大将は誰じゃ?」
さすがの左座ですら、このときは虚を衝かれ、焦っておりました。珍しく、局のわかりの遅さに苛立ち、睨みつけながら、ぞんざいな口ぶりでこう叫んだのでございます。
「かな様も、よくご存じの男じゃ!」




