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高嶺の花  完全版  作者: 早川隆
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第十四章  異国の舞 (3)

元興は、いきなり、元気よくこう言い出しました。


「さて。今後の両家ご昵懇の証と、数多くの品物を持ってまいりましたが、さりとて、物だけでは、当方の誠意を(あらわ)すには、いささか足り申さん。」


何を言いだすのか、市川殿も、局も、その場にいる誰もが好奇の目で彼を見ました。元興は、手で合図して、末席にいた黒ずくめの見慣れない扮装をした男たちを前のほうへ誘いました。


そしてのっそり上座に出てきた三名の男たちの容貌の、異様さときたら。


二名は杉の木のように背が高く、痩せていて、紅毛碧眼、落ちくぼんだ眼窩と、小さく尖った鼻を持ち、赤く照り輝いた(はだ)に渦を巻いて貼りつく髭を生やしております。もう一人は、背はさほど高くありませんが、膚の色がつややかで真黒く、まるで御仏の螺髪(らほつ)のような頭をして、唇と手のひらの色だけが通常の人間の色をしておりました。


これまでは末席にいて、黒い頭巾で顔を隠していたため誰も気づいていなかったのですが、これが南蛮人たちの一団であることは明らかでした。




元興は、言いました。

「これなるは、ぽるとがるの船より参った、ごあ、なる地の楽員どもでございまする。」


三名は、元興の紹介とともに、ぎこちない仕草で、日本式のお辞儀をしました。そして、それぞれ手に取った見慣れぬ楽器を構え、あるいは口につけて、それまで全く聞いたこともないような、奇妙な楽を奏しはじめたのです。


一人は琵琶(びわ)のような木彫りの楽器を抱えてその弦を弾き、やや耳障(みみざわ)りな、しかし深みのある音を立てます。もう一人は、弓のような不思議な形をした枠の中に幾つも弦が張ってあるものを小脇に抱え、長い指で撫ぜるようにそれに触れては、軽やかで(たえ)なる音を奏します。そして、黒い膚をした男が、その膚よりも黒い黒檀(こくたん)の縦笛を吹き、二人の弦の調べに、まったく違った楽しげな音を足して参ります。


聞きなれない、奇妙な、しかしとても美しい奏楽でした。そして、とつぜん、元興が立ち上がり、扇を開いて、ひらひらと舞い始めたのです。その舞もとても奇妙で、それまで誰も見たことのないようなものでした。元興は、軽く青畳(あおだたみ)の上をかかとで跳ね、小さく跳んでは前に後ろに進み、三名の異国人の前を行ったり来たりしました。それどころか、小さく拍子を口ずさみ、なにごとか、わからないような言葉で調子を合わせて、歌い出しました。


誰もが呆気にとられ、時の経つのを忘れました。市川経好殿は、左手にさきほどの硝子の盃を持ったまま、飲むのを忘れてこの珍妙な奏楽に見入っております。  


市川局は、その元興の舞が、日ノ本にあるすべての舞とはまったく別種のものであることを感じていました。舞というよりも、百姓どもが泥田や畔で気分のままに舞うという、田楽踊(でんがくおど)りのようなものでございます。




やがて異国人たちの奏楽が終わり、元興もその動きを止めました。そして、額にうっすら汗をかいたまま、息をついて座りこみ、こう言いました。

「今のは、拙者が、博多に入ったぽるとがる船の船長から習い覚えた異国の舞でございます。まだ修練が足らず、後ろの楽も実は下手でござる。いや、お眼穢(めけが)しでござった。平に、ご容赦、ご容赦。」


そう言って、そのまま平伏しました。彼の額の汗が畳につかないか、局は少し心配になりました。






元興は、異国人どもを下がらせ、自らはまた笑いながら、言いました。

「いや、こんな下手な舞でもお見せしたくなるくらい、拙者、市川さま、局さまと今後の昵懇(じっこん)を乞い願うておるのでございます。この意だけは、()んでいただければ重畳(ちょうじょう)。」


「いやいや、見事でござった。拙者、異国の舞や楽については、とんとわかり申さぬが、皆の眼を楽しませる、よい舞でござった。眼福、眼福。のう、局よ。」

経好殿は、そう言って局のほうを振り返りました。手には、まだ赤い酒の盃を持っております。


「まこと・・・(たえ)なる調べでございました。さきの異国の方々に、妾からあとで褒美を取らせとうございまする。」

局は、あえて元興の舞ではなく、異国人の奏楽に対してだけ、誉め言葉を述べました。なんとなく、次に元興が言いだすであろうことが、わかったような気がしたからです。




その悪い予感は、的中しました。


夫の市川経好殿が、他意なく、こう言いました。

「さて・・・これほどの馳走を受け、なにもお返しできぬは当家の恥。」

すると、すかさず、元興が言いました。

「おそれながら、拙者、舞をひとさし、所望したく。」

「舞、とな・・・当家で誰ぞ、心得のある者はおるか?」

経好殿はまわりの者に尋ねましたが、誰も名乗り出る者はおりません。


元興は、にこやかに、かな様のほうを見上げました。阿るような、あの商人の笑顔です。笑い(じわ)をいっぱいに作って、かな様を無言のうちに、促しました。

そして、その眼は、まったく笑っておりませんでした。

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