第十四章 異国の舞 (2)
山口奉行・市川経好殿は、それゆえ、訪うてきた山内元興を、特に篤く歓待しました。元興は、日ごろは師の山本盛氏に従って安芸の廣島あたりに居ることが多く、この山口に里帰りするのは久しぶりのことでした。煌びやかな肩衣、袴を身に着け、賑々しく屋敷に入ってきた彼は、まず、贈物の品目を並べ立て始めました。数多くの明国の陶磁器、朝鮮の人参、色とりどりの絹糸。麝香や香木の数々、さらには金貨や南蛮の甲冑、巧みな螺鈿細工が施された石火矢など。これら、それまで誰も見たこともないような珍奇な文物の、とりどりの華やかで濃い色彩が、市川邸内の者どもの眼を奪いました。
ひとしきり、そうした交易の産物の目録を読み上げた元興は、毛利家の庇護への感謝と、この山口の復興を指揮する市川殿の働きぶりとを褒めたたえ、皆のますますの繁栄を願う向上を述べ、続いて、市川家のほうから彼の訪問を慰労する宴となりました。市川局は、いつもの通り、この大事な客人をもてなすため裏手で膳の上げ下げなどを差配しておりましたが、今日は特に夫から呼ばれたため、宴の最中の奥座敷に向かいました。
そこには、いつもの柔らかな表情を浮かべた市川経好殿と、満面に笑みを湛えた、武士というより完全に商人顔の山内元興とが並んで座っていました。下座には、相互の家人や下士などがずらりとうち揃い、皆々平伏して、山口奉行の正室に敬意を表しております。
二人は、手に見慣れない透明な硝子の盃を持っておりました。盃のなかの赤い酒が、二人の手の動きにつられてちゃぷちゃぷと波打ちました。
「珍陀酒じゃ。葡萄からつくった、南蛮の酒じゃそうな。なかなかに、美味い。」
少し赤い顔をした経好殿が、愉しそうに、局に呼びかけます。
「局は、むかし、内藤家にて元興どのと昵懇だったそうな。」
横にいた元興が、すかさず言い添えました。
「ご拝顔の栄に浴するは八歳ぶりなれど、相変わらずのお美しさかな。宮庄のかな姫といえば、幼き拙者の憧れであり、また当時、ひとつ屋根の下で暮らしおるは、山口の町雀どもすべてに羨ましがられ、拙者、心ひそかに誇りとするところでございました。」
そして、笑顔。小童だった頃の、あの憎たらしい勝り顔は消え、ただひたすらに、こちらへ阿るような表情です。
昔に較べて、感情の波が少し落ち着いたこのところの局は、いかにも局らしい、鷹揚で優し気な笑みを返しました。
元興は、なおも言葉をつづけました。
「憚りながら、我ら、かつては浅からぬ縁がございました。ここ数年、音信も絶えておったは拙者の不義。しかしながら今では、お陰をもちまして内海を自在に行き来し、多くの商いを続けてござる。今後は、毛利家のため、市川さまと心を一にして粉骨砕身、働いて参る所存。山口に参る機会も増えるであろうが故、どうか、いまひとたびのお見知りおきを願いとうございます。」
こう言って、丁寧に頭を下げました。
市川局も、当然、端正な仕草で腰を折り、挨拶しました。なごやかな雰囲気が座敷を覆い、皆の心が和らぎ、緩むのが感じられました。




