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高嶺の花  完全版  作者: 早川隆
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第一章  謀叛 (4)

やがて、噂が(まこと)となる恐ろしい日がやって来ました。八月のある日、とつじょ軍を興した陶隆房殿は、武断派諸将と連携しつつご領内の各所に侵攻、一週間ののちには山口市街に乱入し、大内館を襲いました。攻防わずか数刻、日の本一の武家の総本山はあえなく焼け落ち、周辺は残虐と陵辱の巷となりました。長年月、彼らの怨嗟(えんさ)の的となってきたこの酒池肉林の館に踏み込んだ彼らは、それまでの自重と我慢とが一気に境目を越え、人の心を越えた獣性となって噴出しました。武士や名のある家臣たちが次々と斬り殺されたのはもちろんのこと、都から下向(げこう)してきておられたお公家衆も、容赦なく誅戮(ちゅうりく)され、惨殺されました。都より、ただ歌を詠み楽を奏すためだけにこの館を(おとの)うておられたお公家衆にとって、それはいったい、どれだけの恐怖であったことでしょうか。館内でただ右往左往するだけの哀れな女官や下人までもが、情け容赦なく乱入する侍どもの刀の錆となり、あるいは逃げ遅れて燃えさかる炎に焼かれ、残らず、ただくすぶる灰となってしまったのです。


大内義隆公は、寸前に難を逃れ、山口を落ちました。武断派に属しながらも、この謀叛にいささかでも倫理的な疑念を持つものが、おそらくは勇を鼓して主君に注進したものでありましょう。一行は、市街の外れから山に入り、そのまま山陰に抜け落ちる道を採りました。多くの足弱な女や老人、子供を引き連れながら、なんとか山間を越え、大寧寺(だいねいじ)に至りましたが、そこで追手に捕捉されてしまいました。


もはや、絶体絶命。義隆公をお護りしていた僅かな警護の武士たちは、寡勢にも関わらず勇戦しました。大内家の、長いながい歴史の卓尾(たくび)を飾る、武門として最後の誇りであったことでしょう。ご家中でも武名高き冷泉隆豊(れいぜいたかとよ)殿は、寄せ来る敵勢と斬り結び、数名を(たお)したあと、自らも傷つき、立ち姿のまま割腹(かっぷく)し、(はらわた)を引きずり出して(ひる)む敵に投げつけながら哄笑(こうしょう)し、ただ鯨のように血を噴きながらどうと倒れ、こと切れたそうでございます。


部下たちがこうして必死に時間を稼ぐあいだ、義隆様は、静かに腹を召されました。あとに続く者たちも数知れず。死に際して、公の御胸に何が去来したのかは、もちろん誰にもわかりません。




武断派の一人として、また家内随一の勢力を持った有徳人として。内藤興盛殿は、その身を処すに極めて微妙な、危ない綱渡りを強いられることとなりました。陶殿の挙兵当初は行動をともにし、そのまま一緒に山口まで攻めのぼりました。しかしながら、その後は微妙に彼らから遠ざかり、遂には隠居すると言い出して家督をご嫡子に譲り、そのまま本当に隠棲してしまったのでございます。


もしかすると、主君に対し弓引いたわが行いを恥じてのことかもしれませんが、おそらくは、政治的に微妙な立ち位置の内藤家を、救わんがための行いであったかと思われます。その実力、家柄、人望などを考えますと、仮に武断派諸将からの疑いを招いたからとて、すぐに何らかの迫害がなされる恐れは少ないのですが、事実上、一円すべて陶殿ら武断派が統べる地となったこの時期、その一員でありながら、なにかと文治派にも融和的な態度を取る興盛殿には、いつなんの(わざわい)が降り掛かってくるかわからない情勢でした。


興盛殿の突然の隠棲は、こうした危険を悟った上での、やむにやまれぬ行動ではあったかと思われます。


こうして、吉川興経公討死、宮庄家追放のわずか数年後、十三歳のかな様は、ふたたび乱世の危機のさなかに身を置くことと相成(あいな)りました。ひょっとすると、あのご気性の烈しさは、ただ生まれつきのものというより、御身の置かれたあまりに過酷で非情な戦国の世に対する、幼き娘子なりの必死の(あらが)いのようなものであったのかもしれませぬ。

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