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高嶺の花  完全版  作者: 早川隆
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第十三章  初夜 (1)

かな様を載せた御輿は、嫁迎えの騎馬に先導され、前後の(ながえ)を担いだ若衆の肩の動きにつられて(かす)かに上下しつつ内藤邸の門を出ました。じっとりとした暑さの残る頃合いで、輿の窓は開けられており、純白の装束に身を包んだかな様は、正門の両脇に焚かれた門火が、(ぼう)っとした光を放ち、邸の白壁を物憂(ものう)げに照らしているのを見ました。


このまま輿は、山口の街路を西に数丁ほど進み、新築成った新たな山口奉行、市川経好殿の邸宅へと至ります。そこで市川家の者に迎えられ、輿列に付き添った内藤隆春殿より請渡(うけわた)されたあと、市川邸内での三日間に亘る婚礼に臨むことになるのです。




「色見えで うつろふものは 世の中の 人の心の花にぞありける」

小野小町の歌のとおり、まこと、人の心に咲いた花というものは、それがどんなに美しくとも、眼には見えないうちにいつしか色褪せ、散ってしまうもののようでございます。


そう、かな様は、尾崎局ならびに竺雲恵心和尚らに勧められるまま、さして気乗りのしない市川経好殿との婚儀をその場で応諾(おうだく)してしまわれたのでございました。身重(みおも)の身体では体裁も悪いとのことで、かな様のご出産を待ってからの嫁入りとなりましたが、氷上太郎が去ってから、まだほんの一年が経ったばかりのことでございます。


尾崎局は、貴人の妻らしく、たいへんおおらかで思いやりに満ちた素晴らしい御方ではありましたが、同時に、きわめて慎重で細心なご準備をなされる面がございました。この点、同じような性質で知られるご主人の毛利隆元公と似ているところがあったかもしれません。局は、この縁談に備えてあらかじめ安芸の縁続きの者から適当と思われる男子を探し出しており、それを跡目(あとめ)として宮庄家に据えました。


これにより、安芸からの落去(らっきょ)以来、かな様の双肩に重くのしかかっていた、家の血統を守るといういわば義務が免ぜられることとなりました。そして、ご自身は、いったん内藤隆春殿の養女となり、そこから市川家へ嫁ぐという形になったのでございます。


すなわちあの会見は、あたかも、急な縁談についてかな様ご自身の意向を問うような体裁をとりながら、そのじつ裏ではあちこち手が回され、すべて(あらかじ)(しつら)えられておったのでございます。さすがの「聞かん気の姫」も、否と言うべき隙間もない見事な縁談で、そのあとも流れのまま、すべてするするとお話が()まって行きました。


ひとつだけ、かな様が身ごもっている点だけは懸念されました。世間への聞こえもございますが、将来、その子の父親が山口に舞い戻るようなことがあったときに、市川家の名に傷がつくような事態は避けねばならなかったのです。


しかし、局の準備は、この点でも抜かりのないものでした。毛利家の外交や諜報を扱う者どもらが動き、山口を去った氷上太郎なる能役者が、いまは豊後府内の吉岡長増邸に起居していることをすでに偵知しておりました。諸般の状況から、彼独自の意思で海を越え戻ってこられる見込みが薄いことは明らかで、この結婚になんら支障がないことを、局は予め充分に承知していたのです。


市川経好殿も、腹の子を自らの子として受け入れ、育てることを事前に快く了承しておりました。彼の実直な人柄から、おそらくその言葉が嘘になることはありますまい。すなわちこの婚儀は、長らく漂泊(ひょうはく)の苦痛を味わい続けたかな様にとり、妻として母としての安らぎを得るための、素晴らしいものであったといえるわけでございます。尾崎局らしい、関わる者をみな幸福にする(うるわ)しき取り計らいというべきでございました。

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