第十二章 和解 (5)
穏やかなお顔になっていたかな様が、屹と、恵心殿のほうを向きました。
「御坊、何と申された?」
高位の僧に対する口の聞き方ではございませんでしたが、かな様の声には、その程度の無礼を、無礼と思わせぬほどの迫力がございます。
「いま、婚儀と。妾は、斯様なこと、全く聞いてはおりませぬ。」
その言葉の勢いに、ややたじろいだ恵心が苦笑しながら、あやや様のほうを見ました。引き取って、あやや様が答えました。
「さきにそのことを、知らせるべきであったな。経好殿、前に来りゃれ。」
かな様の背後のほうに居た烏帽子姿の男が、すかさず膝行して、前に出て参りました。かな様に一礼し、顔を上げました。
やや鰓の張った面の広い男で、肌の色は白く、毛利の荒武者とは思えぬ雰囲気です。ただ、全体として柔らかく優しげな印象のなかで、目の光だけは強く、意志の強さを感じさせる貌でございました。
「市川経好という者じゃ。もと吉川家中の縁続き。いまは別家を継いでおる。」
あやや様は、言いました。
「そして新たなる奉行として、山口全体の統括を任すこととなる。毛利としても、かなり思い切った人事での。わが夫、毛利隆元じきじきに、市川になら任せられると惚れ込んでの抜擢。重責じゃ。」
市川経好殿は、かな様のほうを一瞥し、軽く頭を下げました。
そして、あやや様は、こう言ったのでございます。
「市川は、故あって独り身での。このたび、山口奉行への就任に当たり、嫁御の一人居らぬはなにかと不便。誰ぞよき縁はないか、妾と夫とで悩みに悩み、恵心和尚に相談したところ、なんと、妾の実家に、あの宮庄の姫君が落ち延びて来られているとのことではないか。」
あやや様の横に居た恵心和尚が、少し得意げに、頷きました。
「そして、矢も盾もたまらず、安芸から実家に飛んで参ったのじゃ。姫君に会うてみて、妾もおおいに気に入った。なんら媚びず、ただ凛として美しい。まさに、誇り高き、安芸の武家の血を引く姫君じゃ。どうじゃの、市川殿?」
「拙者などに、勿体なきくらいの麗しき姫君。しかも宮庄家とは、お家柄も素晴らしく、この上なきほどの栄誉でござる。もしご異存なくば、ぜひ。」
市川経好殿は、あやや様にそう答えましたが、あらためてかな様のほうを向き、丁寧に頭を下げました。
あやや様は、そんな市川の挙措を、微笑みとともに見遣りました。そして、かな様にこう言いました。
「そういうことなのじゃ。妾からも、お頼み申す。この市川の、嫁となってくりゃれ。そして、二人で力を合わせ、この山口を、また昔のごとき天下一の、平和で、賑やかな町へと戻してくりゃれ。」




