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高嶺の花  完全版  作者: 早川隆
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第十二章  和解 (3)

(おもて)を上げられい、()く、上げられい。」

あやや様は、上機嫌で言いました。

お言葉通り、かな様が目を伏せたまま顔を上げると、

「おお・・・やはり、聞きしに勝るご器量やな。のう、恵心(えしん)どの。」

と、傍らに控えた紫衣の僧を見やって嘆声を上げました。

恵心と呼ばれた僧も、にこやかに同意しました。


内藤隆春殿が、声をかけました。

宮庄(みやのしょう)の姫君よ。お喜びめされい。毛利家は、貴家との過去のいきがかりをすべて水に流し、今後、昵懇(じっこん)にしたきご意向にござる。」

なんのことかわからず、かな様は、きょとんとしたまま隆春殿のほうを見ました。


「これ、亦二郎(またじろう)、話が唐突に過ぎまする。これでは、姫君とて吃驚(びっくり)なさるであろう。」

扇を口に当て、あやや様が弟の先走りを軽く(たしな)めました。そして、かな様を向いて、こう言いました。

「いや、他でもない。妾もこれまで立場ありて、便りなど致すことはできなかったのじゃが、いま、こうして和平が成り、宮庄の姫君と対面することができて、まこと、嬉しいのじゃ。」


かな様は無言のまま、じっと、正面からあやや様のお眼を見つめました。

「おほほ。聞きしに勝る美しさ。そしてお気の(つよ)さ、潔さ・・・あの毛利が、今さら何をと、その美しきお顔に書いてあるぞよ。」

あやや様は、やや戯言(ざれごと)めかして鷹揚に言いましたが、隆春殿は、いささか焦りを面に出し、こう言い添えました。


「宮庄家は、過去、安芸にて毛利家と行違(いきちが)あり、この山口へと落ちてこられた。しかし、毛利家のほうでは、その行違の理非曲直(りひきょくちょく)についてよくよく吟味(ぎんみ)され、御家のほうにも多少の行き過ぎがあったとお考えになられておるのじゃ。尾崎局様は、ご当主、毛利隆元公のご名代として、その旨、宮庄家の姫君と話合に来られた。まこと、有難きことにござるぞ。」


実の妹御であっても、いまはもう遥か格上。新たなる国主のまぎれもなき正室です。隆春殿は、自らの立場を常によくわきまえた御方でした。


かな様は、自分の呼ばれた事情を理解し、つと背筋を伸ばしました。そして、目をかるく(つむ)りました。なにも言いませんが、改まって、毛利の言い分を聞くという態度を、暗に示しました。


現在の毛利・宮庄両家の置かれた立場の違いを考えれば、それは、いささか礼を失した態度であったかもしれません。しかし、毛利では、過去の行違に関する話し合いと申しております。すなわちそれは、両家対等の立場での話し合いになるべきでありました。


凡百の者であれば、ここで、格上の相手の恩情に対し、まずなにはともあれ拝跪(はいき)して感謝の念を示すものですが、かな様は、それを端折(はしょ)りました。ただ凛として、相手の言葉を待ったのでございます。


あやや様は、そのような堂々としたかな様の態度を、大いに好ましく感じたようでした。率直な口調で、このように言いました。

「吉川家をめぐる過去の経緯(いきさつ)、妾も家内でいろいろ聞き大概を承知しておる。そちら宮庄として、毛利を(ゆる)せぬという気持ちがあるはよく判る。判るが、ここらで、手打ちとしたいのじゃ。これは、わが夫、毛利隆元じきじきの意向でもある。」


毛利家の実質的な当主は、いまでも毛利元就公でございます。しかし、元就公はこのとき(よわい)すでに六十歳。家督はとうにご長子、隆元公に譲られ、表向きは隠居の身の上でありました。


(いくさ)ごとや対外的な(はかりごと)などはまだ父上の独壇場でございましたが、隆元公は謹直かつお人柄に優れ、衆をまとめてこれを和するに優れた長者(ちょうじゃ)として知られております。昔の(かたき)を赦し、これと和したいというお申し入れは、まさしく、隆元公らしいご決断によるもの。また、それを伝えるに、宮庄家当主のかな様とおなじ女子のあやや様を差し向けるとは、これまた、隆元公ならではの、細やかなる気遣いと申すべきでありましょう。

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