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高嶺の花  完全版  作者: 早川隆
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第一章  謀叛 (3)

ところが・・・人の和という点で、家中、大いに問題が起きておりました。お屋形があのような様子ですから、下の諸将がてんで勝手な判断で動き出します。特に、武断派としてさきの対尼子戦の出兵を主導した陶隆房殿は、大敗したあともその強硬姿勢を一切崩さず、再戦を主唱して止みません。捲土重来(けんどちょうらい)を期す多くの諸将がそれに賛同、お館様のご出馬なくとも彼らだけで月山攻めを行いかねない勢い。それに対し、相良武任(たけとう)殿ら文治派の諸将は、さきの大敗の(とが)を陶らに対して問い、愚かな軍事作戦を自重するように求めます。


普通なら、大いなる軍費の散逸のあとでもあり、文治派の主張が家中においてより多くの支持を集めることとなるでしょう。しかしこのとき、まるでお屋形は骨抜き。ただでさえ敗戦の恥辱を晴らし名誉を一刻も早く回復したい武断派諸将にとっては、そうした奢侈(しゃし)に流れるお屋形の情けない姿に切歯扼腕(せっしやくわん)し、それを煽って戦意を意識的に喪わせているかのような文治派に対する憎しみがより一層、増していきます。


当主、大内義隆公のこころのうちに空いた、大きな暗い、うつろな穴が、百年の栄華を(たの)しむ大内帝国に、黄昏の(とき)を運んできておりました。




もうひとつ、覇気をなくした義隆公が、(うつつ)を抜かした悪癖がございます。色の道。それはもう、荒淫、という言葉だけでは表せぬほどの乱れぶり。女色男色相手を問わず、ただ欲望のおもむくまま、獣のように求め、襲いかかり、想いを遂げてはまた次を求める、その繰り返しでございました。


こうした(みだ)れは、家中のありとあらゆるところに毒素となって波及します。風紀は荒れ、統制の取れない紊乱(びんらん)ぶりがやがて武断派どもの沸点を超え、陶殿ははっきりとした叛意を抱くようになったと思われます。いや彼にとってそれは叛意でなく、ただ家内の混乱を正さんがための義挙のうちであったことでありましょう。


それでも、日の本一の商都となった山口の入り口、秋穂浦(あいおのうら)には、門司や赤間ヶ関を経由して内海に入ってきた国内外の様々な商船が日々変わらず錨を下ろし、西国、朝鮮、唐天竺からはては南蛮に至るまで、ありとあらゆる珍奇な文物が荷揚げされ各地に回送されて行きました。それら物資の通るところ、かならず冥加(みょうが)の金が落ち、山口は、そして大内家は、変わらぬ繁栄を続けているように見えたのです。




ここで、かな様、ならびに宮庄の一族を庇護していた内藤興盛(おきもり)殿の置かれたお立場について一言、触れておきましょう。興盛殿は、そのお心は陶殿に近く、武断派諸将の心情に親しいものがございました。自身が実際に馬の尻に鞭をくれつつ月山を攻め、そこから長駆退却して来たのです。多くの身内や部下の命を敗軍の帰途に喪い、汚名を(すす)ぎまた武名を興したい意欲は人一倍でありました。


しかしながら同時に、彼にはまた、地元の経済を牛耳る、「有徳人(うとくにん)」としての貌がありました。すなわち、大内帝国随一の大身として、山口を中心とした各地に所領を持ち、冥加の上がる湊や(とまり)を保持し、その富強は大内本家に次ぐものであったのです。この意味で、乱れは必ずしも利とならず、文治派の主張するごとく、(いたずら)な外征を控え、今は雌伏する時との考えもございました。


すなわち、興盛殿の心は、武断派、文治派、双方からやや距離を置く、微妙な立ち位置にあったのです。このあとお話する大事件の際に、彼の取ることになった極めて奇妙な行動は、この背景を理解しておかなければ、まるでわからぬこととなるに相違ありませぬ。




その後半年にわたり、陶殿と相良殿、そしてお屋形様の間で、さまざまなやり取りや綱引きがございました。相良武任殿は、嫌気がさしたのか、身の危険を感じたか、あるいは断固とした態度を示さぬお屋形様に失望したか、なんども職を辞し山口を去ろうとしましたが、彼を必要とする義隆公がそのたびに連れ戻し、武断派と融和を図るべく、上辺だけの虚しい弥縫策(びほうさく)を講じられるのでございます。が、そのすべては無意味なことでした。ですので、ここでは、細かなことは省きましょう。

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