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高嶺の花  完全版  作者: 早川隆
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第十一章  滅びの花 (2)

お話を、戻しましょう。


毛利氏の周防、長門への侵攻は、じつは厳島敗軍の直後から始まっておりました。厳島で陶を(うしな)い、その後も離反や内訌(ないこう)が相次ぎ、はや風前の灯と思われた大内帝国が、その後数年だけ命脈を保ち得たのは、ひとえに安芸との国境近くの地侍(じざむらい)地下人(じげびと)たちが、わが命をかえりみず、この毛利の大軍と粘り強く戦ってくれたおかげでございます。


亡き義隆公への義理立てでしょうか、それとも周防侍(すおうざむらい)、あるいは国人としての矜持(きょうじ)でしょうか、とにかく数城が頑強に抵抗を続け、周辺の地侍や一揆勢がこれに合力し、劣勢の彼らは約二年もの長きにわたり毛利勢を苦しめました。


その理由は、いったい何だったのでございましょうか。ひとつには、勝ちに(おご)った毛利将兵どもの傍若無人な振舞いが、(せん)した土地の民草(たみくさ)を疲弊させてしまったことがございます。


このときの毛利軍の中核を成すのは、山深き吉田郡山(よしだこおりやま)の盆地で生まれ育った者どもでございます。山と山との間に空が仕切られた、あいだに立てばすべてを見渡すことができてしまうような、狭く閉じられた世界が、彼らのすべてでした。


それが、元就公の御運(ごうん)()け給うにつれ、風向きが変わって参りました。長年の忍苦(にんく)から解き放たれ、安芸の平野にぞろぞろと降り立って来た彼らにとり、そこはまるで、豊かな海とともにすべてがきらきらと光り輝く桃源郷(とうげんきょう)に思えたことでしょう。そして、山育ちの地金(じがね)が出ます。彼らは、そこに産する豊かな物成(ものなり)や土地などを、あたかも我が物であるかのように勝手に奪い取りはじめました。


元就公はじめ、将らはそれを押しとどめようとしましたが、毛利軍団はまだ野卑(やひ)な山間の豪族どもの寄り合い所帯にすぎず、兵らの欲望と暴走を、組織として効果的に抑止する経験と技倆(ぎりょう)とを持ち合わせておりませんでした。そうした、無統制な毛利軍の略奪への(おそ)れと反感が、人々の、あの徹底した抵抗となったのだとわたくしは思うのです。




周防の国人たちによる、特に凄まじい戦いが、須々万(すずま)沼城(ぬまじょう)での長期に(わた)る籠城戦でございました。山間の小盆地のなかに流れる川を()き止め、その名の通り湿地と沼のなかにこんもりと盛り上がった小丘(しょうきゅう)城砦化(じょうさいか)したこの城へ、二千名もの将兵と、付近の住民とが立て籠もりました。早刈りの稲穂をじゅうぶんに取り込んだ城砦は戦意も旺盛、秋口から始まった毛利の攻撃を数度にわたって撃退し、勝ち誇った安芸の常勝軍へ、逆に大きな手傷を負わせました。


特に屈辱的な敗退を味わわされたのが、元就公の三男、小早川隆景(こばやかわたかかげ)殿です。年若いながらも父譲りの英明さで知られる智謀の将で、厳島の合戦ではひとり、別働隊を率いて堂々と大鳥居の脇へと船をつけ陶晴賢殿の軍勢を追い込んだほどの若武者。彼は勇躍、五千もの精兵を率いて沼城に襲いかかりましたが、足場の悪い攻め口に難渋(なんじゅう)し、若さゆえ撤退の頃合いを見誤り、城方にしたたか反撃され大敗北を喰らいました。おそらく、順風満帆だった彼の人生における、初の敗北だったかと思われます。恥辱に(まみ)れた彼は、心ひそかに城方への復讐を誓いました。


やがてご長子の毛利隆元公、さらには元就公まで加わって、翌年の早春に総攻撃が再開されました。同じ失敗を二度と犯さぬが、名将たるものの資質。隆景殿は、まさに、まぎれもなき名将でありました。彼は、対峙状態だった数ヶ月ものあいだに、あらかじめ城の周囲の沼地をじゅうぶんに偵察し、比較的水位と泥の深くない道筋を見出しておりました。


総攻撃の開始と共に、彼は部下に命じてその道筋に沿って大量の(わら)(こも)、枯れた稲穂など、ありとあらゆるものを投げ込ませながらじりじりと進み、遂に沼地を(わた)って城の一角に取り付き、そのまま、長期の籠城に疲れ切った城兵どもを排除しながら一気に本丸を陥れたのです。

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