第十章 儚き花 (5)
「否めませぬな。」
左座は、あっさりと認めました。
「我ら、ただの指先の爪。思うがままに操られるだけの駒に過ぎぬのかもしれませぬ。されど、すべてを喪い荒野に彷徨うておった幼きみぎり、この世のすべてが自分の敵と思うておった頃、あたたかく迎え入れられ、真摯に育てられた恩は、そこらの武士の忠義にもまさる勁き想いをもたらすものでござる。我ら、ただの指先の爪でござるよ。それで良いのでござる。しかし、氷上は、それ以上のものを望み、そして、それを得られぬままになり申した。」
「まるで、高嶺に咲いた花を取らんとして、落ちていった者のように。」
かな様は、そう言って、畳の上の碧い花びらを手に取りました。あの夜、お堂の後ろの崖に咲いていた、絢爛たる蒼や紫の花々とは違います。もっと可憐で、もっと儚く、小さな花びらでございます。しかし、かな様には、この花のほうが、氷上の心をよく顕しているように思えました。
「実はもうひとつ、お伝えしたき儀がござる。」
しばし、掌のなかの花びらを見て黙っていたかな様に、左座が言いました。
「氷上からの、最後の伝言でござる。」
かな様は、花びらから目を上げ、愁いを帯びた瞳で、左座を見ます。
「氷上殿が申すに、自分はかならず、山口に立ち戻ると。何年掛かっても、どのような手を使ってでも、山口に戻る。そして、かな様を必ず迎えに参ると。」
かな様は、悲しいやら、情けないやら、そんなさまざまな感情が混じり合った笑いを漏らして、言いました。
「あきれたものじゃ。まだ、そのようなことを。」
つと一筋の涙をこぼし、そして、笑いました。
「まるで、夢のような話じゃな。豊後に、太郎殿の居場所は、あるのか?帰ったら、斬られてしまうのではないか?よしんばまだどこか利用価値があるとして、いずれ山口に戻り、妾を迎えに来るじゃと?」
左座は、黙って、聞いていました。
かな様は、ただ、感情のおもむくままに、あてどもなき言葉を連ねます。
「笑わせるな。それは、いつのことじゃ?そのとき妾は、いったい、幾つになっておると思うのじゃ。」
あとは涙となり、かな様は、そのまま俯いて、泣き出してしまいました。
そのさまを、困ったような顔で見ていた左座は、潮時と思ったのでしょう。
「それでは、これにて。」
とだけ言って立ち去ろうとしましたが、かな様は、待てと言いました。
「左座は、これから、どうするのじゃ?もうすぐ、毛利が寄せてきて、山口は戦場となるのであろう。ならば、そちも豊後へと戻るのか?」
「拙者、表向きの役目は、義長公の警固でござる。」
左座は、涼やかな顔で言いました。
「もちろん、義長公がなにか別心持たれたときには、別の役目がござった。しかし、いまその兆候なし。また、存亡の危機に立つ大内に、大友への敵対など、する余裕がござらぬ。そうなると、残るは、ただ義長公の身辺をお護りするが、拙者の務めにござる。」
かな様は、尋ねました。
「内藤すら、毛利と大内どちらに附くかで家内まっぷたつに割れておる。毛利が寄せて来れば、大内に勝ち目はあるのか?」
「ござるまいな。」
左座は、あっさり答えました。
「ならば、いかに致す?」
「どうもこうも。毛利が寄せてくれば、これと戦い、斬死するだけのことでありましょうよ。」
そうとだけ言って、ふらりと去って行きました。